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北王の出陣

「ガリア王は――いやさ狂王フィリップめは血迷った!

 なんとなれば我らが父祖伝来の地へ、アッチラなる盗人を招き入れたからである!」

 明確な回答に、はっきりと北王国(デュノー)の将兵達は理解の色を見せた。

 ……真実はどうあれ、今この瞬間から、これが僕らの共通見解だ。

「あろうことか悪徒の一党共は、いまやガリアの中枢にまで食指を伸ばさんとしている!

 かような暴挙が許されてよいものか!」

 客観的にみてガリア中部は、ガリア王の版図だろう。

 なにより彼はローマの侵攻を退けたのだし、そう主張の権利がある。

「かつてリュカめは諸君らに誓った! 何人たろうと許しなくガリアの地を踏ませはしないと!

 いまこそ、この身に代えてでも誓いを果たそう!」

 どう解釈しても良くて内政干渉。悪くいったら勝手に独立した挙句の武力侵略でしかない。

 だが、それでも将兵達には大義名分がいる。

 なにか正しくて尊いものの為に戦うという理由が――さらには命を懸ける理由が。

「南王キャストー殿も我らが義挙に馳せ参じて下さる!

 共に戦おうと――共に裏切り者(トラディトル)を誅そうと!」

 売国奴(トラディトル)呼ばわりは言い過ぎだ。まだ国家という思想も育まれてないというのに。

 そもそも北王国(僕ら)だってゲルマン移民を受け入れてるし、同盟国のベクルギもゲルマン系国家だ。

 さらにキャストーもゴート族との連合軍を率いてくる。アッチラの土地(アッチリア)との連合と違いはない。

 つまりは五十歩百歩。どちらも同じ穴の狢か。

ガリア(我ら)のことはガリア(我ら)で! ただリュカめは、そう申しているに過ぎない!

 父祖の霊も、リュカめに肯かれるはずだ!」

 純粋に権力を巡る後継者たちの争いに、絶体、御先祖様達は眉を顰めらてることだろう。

 しかし、それでも戦う意義があると思えたのなら――

 欺瞞に満ちていようと、立たねばならない。……それで屍山血河を築くことになろうとも。

「我に続かんとする勇士達よ! 剣を掲げよ! 英霊も御照覧ある!」

 呼応して生まれた剣の海は眩く、心を焼き尽くさんばかりだった。




 近衛当番なノルシルが差し出すビタミンU(胃薬)を馬上のまま受け取る。

 この子はルーバン譲りの?機転もありつつ、それでいて盾の兄弟ほど口がさなくないのがいい。

 なにかと手元に呼び寄せてしまい、ジナダンから特定の兵卒を重用を控えるよう叱られたほどだ。

 まあ将来の幹部候補を甘やかされては、軍団長として困るか。

 でも、僕も家令とかに――内向きの人材としてスカウトしたいんだけどなぁ。

 ……いつの間にやら僕らも組織の中核として、次世代を考えるようになっていたらしい。


「なんだよ、兄弟? えらく御機嫌斜めだな? 出発前の演説は良かったと思うぜ? なにより短かったし?」

 まあルーバンならそう言うだろうね! 君のリゥパー(師匠)もそう言ってたし!

「予定と違うというか……理想と違うからだよ、兄弟。けっして悪い陣容じゃないけど……ここまで捗らないと、さすがにね」

 今回の内訳は――

 元々はドゥリトル所属で、そのまま北王国(デュノー)に移籍した感じの騎士(ライダー)や軍団兵。

 常備軍から金鵞(きんが)兵とベクルギ騎兵。

 選王侯ベリエ率いるスペリティオ領と選王侯アンバトゥス率いるフィクス領の軍勢。

 ポンピオヌスくん()の軍団を中心にしたライン南岸の混成軍。

 そして版図内各地から徴兵してきた、いわば北王国(デュノー)の国軍だ。

 もう総勢で三万弱を数えたし、まちがいなく全遠征力ともいえる。これ以上に捻出したら防衛兵力が不足してしまう。



 が、僕の生まれ――未来知識を持つ転生者という立場を考えたら、大失策といえる。

 理想をいうのであれば、常備軍を一、二万ほど組織しているべきだった。

 つまり、金鵞(きんが)兵が一万、ベクルギ騎兵が五〇〇〇、職業軍人が五〇〇〇ぐらいだろうか?

 それならガリア王が挙兵と知った翌日には、敵国首都への電撃作戦が可能だ。

 悠長に版図全域から徴兵なんて、けっして許さなかった。……お互い様ではあるが。


 そして軍勢というものは、練度と人数に反比例して行軍速度が落ちる。

 おそらく常備軍だけ――歴戦な兵士だけの場合と比べたら、その半分も出てないのじゃなかろうか?

 これは戦略レベルの足枷となるだけでなく、戦術レベルでも不都合が生じる。

 徴兵は中世から本格運用されだす方式で、いわば時代の最先端な戦闘教義(ドクトリン)なんだけど――

 まだローマの市民軍団兵式の方が強く感じる。……あれには戦士階級を大量に養う力――帝国の資金力が必須だけど。



 なにより徴兵式は練度が低い――覚悟の決っていない素人が混ざってしまう。

「徴兵した人達に、やたら若い子が混ざってない? それこそ僕と変わらないくらいの?」

「……そういえば陛下も、軍を率いられるには若かったですね。つい、慣れちまってましたが」

 失礼な感想で返すのは()()千人長へ昇進したばかりな舌禍のシスモンドだった。

 でも、まだ数えで十六な総大将が、十五ぐらいの兵士を子供と案じてたら……さすがに異様か。

 いや、とうとう僕より若い兵士というのを目の当たりに? 前世史でいうところの『年下の高校野球選手に驚愕』的な節目!?

「不思議なことに、リュカより下の子は数が多いんだよ」

 突然に珍説をサム義兄さんは披露した。

兄弟(ブラザー)サムソンの言葉は本当に御座います! ポンピオヌスめも自分より下の者から……その……なにかと口利きを求められることが多く」

 やや遠く、なにやら副官(御目付け役)のフォコンから指導されながら、ポンピオヌス君も参加してきた。

 二人も同意なら、どうやら事実っぽいけど……そんなことある? が――

「……あっ」

 心当たりを思い出し、つい、言葉を漏らしてしまった。

 それを耳にして皆は、いつものように納得しちゃうし……また、なんかやっちゃいましたか、だ。



 僕より下の世代が増えたのなら、おそらく『子供が七歳を数えた母親に褒賞』の成果と思われた。

 あれを遠因に生き延びた子供たちが成人を迎えたのだ。……数年の歳月を経て。

 そして僅か――おそらくは数パーセントにも届かない増加でも、母数が大きければ有意な数値となる。

 だけど例によって社会は急な世代増加に対応できないし、どうやら新社会人な年齢層は苦労させられたらしい。

 それで義兄さんやポンピオヌス君も、コネクションとして頼られたのだろうし。

 ……完全に失策だ。配慮しておくべきだった。新規の開拓団を組織するとかで。



 かなりの人数が渡りに船と、軍や徴兵に志願してくれたのだろう。若い子が目立つはずだ。

「いいじゃねえですか、陛下。軍っていうのは、コネのない貧乏人でも雇ってくれる、ありがたい組織なんですぜ?」

 それはそうかもしれないけど、それを軍部の総責任者がいったら駄目だろう。また軍歴の長いシスモンドなら割りきれもしようが、僕は違う。

 なにより命令されるのではなく、する立場だ。……その命を懸けろと、僕より幼い子にも分け隔てなく。



 かくして行軍は、いつもより遅い進みに焦らされるものとなった。

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