なにも起こさせない終わりへの道筋
使者が戻るのを待つも、ポンドールとジナダンの様子が妙だった。
……ジナダンら金鵞兵の子らが、ポンドールに不満を?
「そないに怒らんとって。ウチも、皆と同じなんやから」
「……同じとは、ポンドール様?」
「御傍へ侍っていれば、ウチでも一回くらいは代わりになれる」
いまいち分からないけれど、口論……なのかな?
正直、奥さん達と金鵞兵の子ら――特に近衛の役回りが多い子らとは、仲良くして欲しかった。
そして商家育ちなポンドールのことは、特に心配してたのだけど――
なぜかジナダンは満足げに何度も頷いて!? どういう流れ!?
「御言葉ですが、ポンドール王妃。御身は女性にあらせられる。まずは我らが男らにお任せを」
「……順番を抜かしかけとったようやで、ごめんしてな。
そやけど、お銭で――他の手段で解決できるのなら、そっちの方がええ。それは分かってもらえるんやろね?」
「もちろんですとも、我らが王妃」
よく分からないけどジナダンが何かの順番に言及して、それをポンドールが承諾?
何の順番か分からないけど、絶対に武家は譲らないからなぁ……でも、どうしてか落着はして?
上手くいきそうだから良しとするべきか、きちんと確認しておくべきか悩みかけたところで、ノシノルが戻ってきた。
……誰か、騎乗の者を先導して。
鎖帷子を身に纏っていたし、馬上槍も携えているから、農民ではあり得ない。どこの家中だろう?
「……騎士エロンが御目通りを願い出ております」
ノシノルが、首を捻りながら教えてくれた。ルーバンに比肩するほど賢いノシノルが言葉に困る? どういうことだろう?
とにかく会ってみなければ分かりそうにない。鷹揚に頷くことで応じておく。
しかし、紹介されたはずのエロンも、なぜか困っているようだった。
「そ、某は、騎士の位を賜ったエロンと申しまする。近隣にて、細やか乍ら所領を」
この挨拶で、やっと事情が透けてきた。
基本的に騎士は、「どこそこで鞍を賜った」とか「誰それに仕えし」などと口上で所属を明らかにする。
その当たり前がなかったということは、誰にも仕えていないのだろう。
「もしやエロン殿は……あー……|誰にも仕えていない騎士であられるか?」
「そ、その通りで! さすがは北王陛下! 音に聞こえた御慧眼にございまする!」
少し前のポンピオヌス君家や大叔父上の一党みたいな感じで、色々あって主君と袂を分かった騎士なのだろう。
それでいて独立君主を名乗らないのは、なんとも野心がないし……南部の荒れ具合も透けてくる。
「……どちらかは御身が手勢で?」
「いえ! 決して、このような振る舞いを某は!
近隣の者らより、小競り合いの……その……立ち合いを頼まれまして。
……農民如きが武家の真似事、不届き千万と思わなくもないのですが……」
かといって自力で窘められる程、その権勢はない。そんなところか。
そして両陣営から審判役代わりというか……いざというときの顔にと引っ張り出されたのだろう。いまだって偉い人との交渉を押し付けられているし。
なんというか武家の祖先を――用心棒稼業の原典を見せられている気分だ。
「とにかく! ウチらはアキテヌに行きたいだけや! 御足は出すから、通してえな!」
ヤバい! ポンドールが我慢の限界だ! これは後で八つ当たりされる流れ!?
ただ、なぜかジナダンは沈黙を守って? ポンドールの発言に――任務へ口を挟まれたことに、苛立ちも覚えていないようだし?
よく分からないけど二人は、何らかの合意をみた……のかな?
「陛下はアキテヌへ赴かれると!?
もちろん、尊き方々の道行きを遮るようなことは致しませぬ! 我が祖霊の名に懸けて、この者らに道を開けさせましょうぞ!
また数ならぬ身ですが某を、アキテヌまでの露払いに御使い下され!」
拙いな。がっつりと地方政治に巻き込まれかけてる? エロンにしてみれば仕官の伝手と?
さらにアキテヌ侯キャストーは、着実に勢力を拡大させているようだった。もう南部最有力も過言ではない。
この調子でエロンのような泡沫勢力が旗下へ加わり始めたら、それで南部は収まるだろう。
そしてアキテヌ領都での歓待の宴は、盛大な規模となった。……というか、そうなるよう頼んだ。
表向きは姻戚となったアキテヌ家への私的な表敬訪問だったけれど――
誰も、そうは受け取らなかっただろう。
まず北王の僕と南部最有力とはいえ一領主なキャストーで、主賓用テーブルの席次を対等に分け合った。
これはキャストーを王に――つまりは南王に準えたも同然だ。
まあ例によって人の好いキャストーは、永き盟約と友情の証とでも考えているだろう。
でも、その腹心たる騎士マティアスは了解済みだ。……いつものように苦虫を噛み潰したかのようだったし。
さらに他の列席者だって強烈だ。
北王妃ポンドール、領主の岳父にして北王の大叔父なギヨーム、その娘であり領主夫人のシャーロット、南ガリアへ移住したゴート人を率いるグンテルと――
それこそ後世の歴史家が特筆どころか、もう神話化されてもおかしくない。
……セカンドテーブルでは、ゴートの英雄ジーフリートが面白そうに僕らを眺めてたりもするし!
ただ、当然にグンテルは悔しそうにしていた。
まあ当たり前か。彼はアキテヌや南ガリアにはなく、引連れてきたゴート人に責任がある。……これで恨みを買ったり!?
竜殺しのジーフリートを嗾けられたら、僕なんて一撃だ。私用だからとティグレも帯同してないし!
が、そんなゴート人首脳部より愕然としていた者もいる。
おそらくガリア王か王太子の――東部か西部の息が掛かった勢力だろう。
まるで謀殺でもされかねないと、酷く怯えた感じだけど……そんな面倒なことをするものか。
なにより、この顛末をガリア王や王太子へ伝えるメッセンジャーがいなくなってしまう。
ただ、反応が面白かったので、なんどか微笑みかけておく。
「背の―― 背のk―― 陛下! 止めたってや。趣味が悪すぎや」
罪のない敵対勢力イビリに耽っていただけなのに!
それにポンドールは、なぜか僕のことを『せの』と呼ぶことがあるけど……もしかして帝国訛り?
「ポンドール王妃は、陛下を『背の君』と御呼びしたいのですわ」
なぜか面白そうなシャーロットに勘違いを正された。
嗚呼、母上の真似をしたかったのか!
ポンドールに限らず、なぜか僕の奥さん達は、母上を意識している。
その感情を何と呼ぶべきかは、ちょっと分からないのだけれど……憧れや尊敬が混じっているのは間違いない。
しかし、それを揶揄わられたポンドールは真っ赤かだ。
まあ結婚して以来、このような揶揄にも慣れた。だから、僕は流せなくもない。
でも! どうして同じ新婚なはずのシャーロットに!?
まだ彼女だって新妻というのが相応しいのに、なんというか……もの凄く落ち着いちゃった感じするし!?
「楽しみですわね、ポンドール王妃が御子を『吾子』と呼ぶ日が?」
そう嫣然とシャーロットは微笑むも――
僕には、約定の念押しとしか聞こえなかった。
あの『子供同士を結婚させる』って約束は、本気だった!?
どう考えてもシャーロットの産む子は、南を統べる王となる定めだけど!?
もう二、三年の内に、南部平定は成るだろうし!?
……あとのことは後で考えよう。
とにかく数年の内に南部は落ち着く。それが最優先だったし……それで盤面も詰みだ。




