異世界ゼクシィ
鋭い詰問が応接間に静寂の帳を下ろした。
「――して陛下にあらせられては、いつごろ御成婚を?」
ついに問われてしまった。それも無下にできない相手――ブリュンヒルダ姫から。
彼女の引き攣った笑顔に、イフィ姫とリネット姫も固唾を呑む。
姉同然に懐いたシャーロットが嫁に行き、二人共に寂しくなっていたのだろう。
客分の接待という名目で二人は、なにかとブリュンヒルダ姫と行動を共にしている。
この日もそんな次第だったのだろうけど、しかし、ブリュンヒルダ姫には僕へ不満を呈す権利があった。……それもかなり正当な。
なんとサム義兄さんってば――
「俺はリュカが――陛下が御成婚されるまでは、自分のことなんて考えられない」
と言い逃れを!
そんなの僕だって! 許されるのであれば!
いや、責任はとる! だから僕は非難されるに当たらない!
ただ、今回まだその時と場所の指定まではしていないだけで、どうかそのことを諸兄らも――
……いかん。とてもじゃないが目の前の女傑には通じそうにないぞ、こんな屁理屈。
なにより、まだブリュンヒルダ姫は客分――つまり僕と臣下の関係にない。一応は完全に対等の身分だ。
……というか未来の義兄嫁でもあり、いまから敬うべきですら?
でも、ズルいよ、義兄さん! この女、義兄さんにはキツイこと言わないらしいじゃん!
耳触りの悪い文句は、みんな僕へで……二人っきりの時は甘々なんでしょ!?
目の据わったルーバンから報告は上がってるんだ!
そして少しは助けろよと女官姿のエステルを見やるも、露骨に目を逸らされた。
義兄さんの重大事だぞ!? こんな時に弟妹で助け合わずして!?
さらに盾の兄弟の誓いを結んだルーバンは――
品のない座り方をしながら、エグい確度で首を傾げ、その口を開けっぱなしに! なぜか幻視える! その口から視えない紫煙が!
あれは具現化した……なに? ルーバンの言い分? それとも魂?
なんにせよ僕らの悪知恵袋すら助けてくれないなんて、もう絶対絶――
「ああ、このようなところに! この子は陛下の御所でしたのですね!」
助け舟のつもりなのかイフィ姫が、らしからぬ声をあげてくれた。
しかし、その視線の先には粗末な人形があるばかり。レイル防衛の帰路で拾った、いちおうは初陣での戦利品だ。
誰かが――おそらくは義姉さんかエステルが、悪戯心でも起こし応接間へ飾ったのだろう。
「縁のある御品で?」
興味津々なリネット姫が訊ねるけれど、これは人形に関心がある……訳じゃないよな? その手の類は強請られたことないし?
「私めが子供の頃に作ったものです!」
……え? そんな馬鹿な!? どうしてドゥリトル領境で拾った人形が――
違う。
この人形を拾った後、すぐ僕はベック族と遭遇している!
つまり、人形の落とし主はベック族の少女な可能性があったし――
その少女がイフィ姫でもおかしくない!
「あの時、イフィいたの!?」
「もちろんで御座います、リュカお兄様! 毅然とされた少年騎士の御姿は、いまでも忘れられませぬ!
そして、あの日より私を――我らベック族を照らす御光であられて!」
……愚問か。
あの時、ベック族は一族郎党を引連れていたし、その中にイフィ姫がいないはずもない。
そして僕は知っている! このキラキラした瞳な女の子の強さを! 下手に逆らったら、必ずやギャフンと!
さらに羨ましそうなリネット姫の様子ったら!?
また手遅れなことをも悟らさせられた。
イフィ姫やリネット姫は、いつか御婿さんでも見つけ、降嫁の形で手放そうと考えていたけれど――
そんなことをしたら間違いなく恨まれる。
つまり、この二人にも責任が!? 二人ともエステルより幼いのに!? いやイフィ姫はともかく、まだリネット姫は間に合う!?
……だとしても、もう年貢の納め時か。
だいたいシャーロットにも――
「かならず娘を産みますから、その子と天使ちゃんの息子を結婚させましょう!」
と妙な約束をさせられている。
正直、理解に苦しむ感性なのだけれど……シャーロットを嫁に出した時から時計の針は進み始めて?
一つぐらいは願いを叶えてあげたくもあるし、もう動くべきなのは間違いなさそうだ。
……サム義兄さん! 嫁取る時は、一緒だよ! インガオーホー!
ブリュンヒルダ姫の圧力に負けただけでもないけれど、そんなこんなで話を進めることになった。
しかし、王の婚礼ともなれば一筋縄にはいかない。
なによりローマ・ガリア式では、新郎から新婦の家へ贈り物――結納品がいる。
あらかじめ打ち合わせるなんて無粋と思われるかもしれない。
だが、衆人環視の下で求婚せねばならぬのに、結納品を理由に渋られたら面目が立たない。
スムーズな式次第の為にも決めておくのが吉なのだけれど――
「陛下から頂きたい物は別に」
「そんな見栄より、借金返済を頑張らんとあかん」
「我らは既に、始祖の地を取り返して頂いております」
「陛下には、けっして強請ったりせぬよう父に」
と花嫁側が塩対応だった。自分達が貰う結納品なのに!
家系の創立を願ったグリムさんが、変に目立っちゃったほどだ。
できれば自分の子に臣下として家を創らせ、その家系で僕から学んだ化学を秘伝として守り受け継がせたい……らしい。
なるほどな妙案……かなぁ?
そして似たような展望を、なんと全王妃候補が持っていたから驚く。
なぜか誰もが実家の後継を優先させたがっていた。
いわれてみるとネヴァン姫は、マレー領の総領娘だから後継ぎが要る。
そこまでシビアではないだろうけれどイフィ姫やリネット姫も――ベクルギ国も同様か。……心情からでなく政治的に考えて。
あるいは娘を産んで、地元の有力家系に嫁がせるとか?
また商人や工人の家系は、血縁より才を優先しがちだけれど、それでも可能なら直系に跡を継がせたいだろう。
こうなってくると王家の継承争いが懸念というより、奇妙な譲り合いが!?
……王家だけでも相続法を変えねばならぬから、まあ渡りに船とはいえる。
そして意外にも難航したのが新婚旅行だ。
ガリアの姫君達は、施政者なら省略もと理解してくれてたのだけれど――
帝国寄りな教育を受けたポンドールは、頑として納得してくれなかった。
はっきりと口にはしなかったけれど、どうやら小さい頃からの夢だったらしい。旦那との新婚旅行が。
ここで一つ、胸を張っての御報告がある!
ならば全員でゼアマデュノ辺りへ新婚旅行と言いかける寸前、踏み止まれた!
北王国国内の近場、それこそゼアマデュノへ温泉旅行だろうと許されるけれど、五人同時は駄目らしい!
これをやらかす前に察せれたのだから、我ながら長足の進歩といえよう。
……代わりに新婚旅行を五回もする羽目となりそうだけど。
もう開き直って北王国の巡幸へ当てちゃう? 五回の新婚旅行を!?




