パリスィの戦い(四)
僕らは王太子軍に半包囲されてしまった。
正直、意図が解らない。
王太子軍は復讐に燃えるイコゥナの追撃隊に追われているはずで、逃げ込むように後詰と合流じゃないの!?
いまにも両軍がぶつかり合う寸前、急いで対応を軍議に諮る。
「拙いですね。敵方は七〇〇〇弱、こちらは四〇〇〇強ですから……ほぼ倍です。
金鵞兵の拵えた防御施設があるといっても……持ち堪えられて一週間が精一杯でしょう」
「筆頭百人長の見立ては正しいかと。防御柵は壊されたり燃やされたりしますし、堀も……その……色々な代物で埋め戻されてしまいます」
余程に不思議な顔をしていたのだろう。シスモンドの補足をフォコンがしてくれた。
「でも、一週間あれば! イコゥナの追撃隊か、北王国の後詰が到着して――」
「急ぐよう伝令は送りましたが、一週間以内の到着は絶望的かと」
「イコゥナの追撃隊とやらも望み薄でしょう。何処かの軍勢に追われておれば、自ら挟撃されにいくも同然。このような動きは取れぬでしょう」
僕の主張はシスモンドとティグレから否定され、さらに――
「イコゥナからの追撃が――王の軍勢が近くにいたとしても、それが味方してくれるとは決まっておるまい?」
フィクス侯アンバトゥスに止めを刺された。……そりゃそうだ。
別陣営なのだから、どのように動くかは読み切れない。最悪、敵が増えて終わる。
でも、しかし!? そうなると僕らは一週間後に全滅か、それに近い大敗ということでは!?
そこで自分が一周遅れだったことに気付かさせられた。
軍隊の湧き出す魔法の壺でも持っていない限り、もう敗戦は免れようもない。
すでに可能性の検討ではなく、どう負けるかを考える局面だった。
「なにかのタイミングで一斉に逃げ出し、なんとか北王国の勢力圏を目指すでもいいですが……いかんせん確実性に欠けてます。
やはり、まだ策を弄せる内に、陛下とアンバトゥス様には落ち延びて頂きたい」
とんでもない提案なのに、僕以外の全員は賛成なようだった!
「失礼ながら陛下がいらっしゃる前に、将軍各位には説明を。
パリスィの川まで戻れば、船が使えます。……小舟ですから、そう大勢は乗れませんけど、川を下れば敵に追いつかれはしないでしょう。
よって御二方が乗船を果たされるまで、全軍にて陽動を。
そして目的を達成した後は……各個の判断にて撤退を始め、各自の力量で北王国の勢力圏を目指させます」
無茶苦茶だ! もしかしたらシスモンドは気が狂って!?
だが大敗すれば総崩れとなり、結局は各自の力量に頼った逃避行となる。
そして同じ結果ならば、僕とアンバトゥスを確実に逃がせるだけマシ?
でも、駄目だ! そんなの認められそうにない! ここは絶対に――
「リュカ様? まさか俺らに『王を守れなかった』という不名誉を甘んじよと?」
想定外なリゥパーの抗議に、勢いを削がれてしまった。
いや、でも……つまりは、そういうだったり?
僕が納得いかないのと同じく、騎士にとっては、そういうことなのだろうし。
「判りました。そこまで仰るのなら折衷案です。
まず手筈通りに全力で勝ちを狙いましょう。
それで上手くいかなかったら、御二方には予定通り落ち延びて頂きます」
「……誤魔化そうとしてない?」
「まさか! そもそも全力で勝ちにいこうしなかったら、相手は騙されてくれませんし」
つまりは都合よく負ける為に本気で勝ちにいく?
時々、シスモンドの言うことは複雑すぎてサッパリわからない。
「まあ僭越ながら小官は、負け戦に一家言あります。ここは一つ、大船に乗ったと思し召しに」
絶対、シスモンドは僕を揶揄ってるし、おそらく趣味に違いない。
しかし、全力といった割りにシスモンドの作戦は普通で、もう凡策としか思えなかった。
即ち、機動力に富む兵種で別動隊を編成、敵背後まで迂回させて指令部を襲撃だ。
さすがに――
「そんな誰でも思い付くような作戦で大丈夫?」
と心配してしまったのだけれど、当の本人は――
「定跡というものは、正解だから残ってんです」
と得意げだった。
……この変なおっさんは、とてもじゃないけど理解できそうにない。
そして分らないといえば王太子もだ。
『勝てそう』と『戦うべき』は違う以上、なにか理由があるはずだった。
いや、ここで僕を取り除けば計画を本来の形――王と自分の対立へ戻せる?
だが、それならそれで、別の解決策もなくはなかった。
降伏してしまえばいい。僕の命と引き換えにすれば、この戦争は治まる。
それに兵士四〇〇〇人を犠牲にするだけの価値が、僕の大望に?
また王太子にも――いや誰にでも理由と目的はある。僕だけが絶対の正義ではない。
だけど、それでも――
「始まったようです」
トリストンの言葉で、昏い迷妄から引き戻される。
そして指し示された先――おおよそ三、四〇〇メートルでは、敵陣の後背へ騎兵部隊が突撃を仕掛けるところだった。
この距離間だとスポーツ観戦のような感じで大雑把にしか分らないけれど、辛うじて先頭のティグレと義兄さんは見分けられなくもない。
……薬が効いたといっていたけど、大丈夫だろうか?
「か、華麗だ」
思わずといった体でジナダンが感嘆の言葉を漏らしたけれど、まあ無理もない。
熱で本調子じゃないはずの義兄さんが、僕ですら見蕩れてしまう動きをしていたからだ!
もう無駄が全く無いというか、なんらかの境地へ達してるというべきか……とにかく凄い。
まだ王太子軍は鐙を採用しきれておらず、その分だけ有利ではある。しかし、それを差し置いても、別動隊は奮迅してくれていた。
「サムソンの奴め……どうやら大きな手柄を上げられてしまいそうです」
などとトリスタンも憎まれ口で応じるけれど、興奮を隠しきれていない。
二人にとっては子供の頃から焦がれた理想、それを義兄さんが体現していた。
しかし、作戦としては、あまり芳しくない。
主旨としては本陣を――さらには王太子本人を狙っている。
どうしても包囲側は薄く広がることになるし、その分だけ本陣の守りも不十分となりがちだ。
そこを迂回させた別動隊で本陣を突けば、相手は本陣の守りに兵を割かねばならなくなる。
この分だけ包囲が緩む隙を狙った逆撃が、シスモンドの狙いなのに――
あろうことか王太子は、自身の守りに兵を割かなかった!
いや、さすがに対応はしている。
だが、同数程度の騎兵だけ!? そんなので足りるの!?
こちらが五〇〇程度で本陣へ奇襲をかけ、それに相手が数倍の兵を割く。
しかし、相手が受け合わなかったら?
劣勢なのに兵数を分けて減らしただけ。自分から各個撃破されに行くようなものだ。
「伝令! 騎士ティグレに『王太子の増長を討て』と!」
珍しく怒りも露わなシスモンドが珍妙な命令を口にした。
局所的であろうと同数で戦えば、どちらが勝つかは神のみぞ知るだ。
それに現実は一ひく一でゼロとならないし、罷り間違えば王太子自身が討ち取られてしまう。
だけど君主なんてもの始めて、僕にも分かったことがある。ここ一番で頼りになるのは数じゃなく人だ。
王太子も同意するかの如く、敵軍から騎馬隊が進み出てくる。その指揮官は――
騎士ルーその人だった。
さすがに懐刀を出してくるのなら、慢心とはいえない。僕でも似たような選択をするかもしれない。
「……来ましたぜ」
据わった眼のリゥパーがぼそりと口にする。
まあ、そうなって当然か。
敵本陣への奇襲は、失敗した。いや、失敗しつつある?
どちらにせよ、敵兵力の分散は叶わなかった。
そして七〇〇〇弱から五〇〇を減らしたものと、四〇〇〇強から五〇〇を減らしたのを比べれば、比率では大きく変わる。
つまり、敵が数の優位を増したということだ。
王太子にすれば命を的に作った好機であり、それを使わないはずがない。
総攻撃が始まった。




