パリスィの戦い(一)
しかし、軍事介入といっても、イコゥナ方面への街道を封鎖するだけだった。
これで最前線の王太子は補給が困難になる上、いざという時の退路すらなくなる。
さらには背後も――北部軍による強襲の可能性にも備えねばならず、もはや優勢は無くなったも同然だろう。
ただ残念ながら早馬はともかく、深い森だろうと移動可能な――野伏リや狩人のような伝令までは防ぎようがない。
おそらく北部の参戦は、即座に報告されたと思う。……まあ、それはそれで想定の範疇だけど。
そして伝令を使えるのは僕らもなので、当然に状況はイコゥナの砦へリークしておく。
拠点防衛なんてものは、士気が全てな側面もある。粘れば好転が見込めるのなら、イコゥナの守備兵も奮起するはずだ。
あとは大叔父上の動向が気になるものの――
下手をしたら撤退する王太子軍を、東部軍の追撃とで挟み撃ちにしてしまい兼ねない。
それはそれで戦略的に拙いから……場合によっては、急いでの放棄も入る。まだまだ事態は流動的だ。
が、街道沿いの丘へ設営した本陣には、想定外の問題が持ち込まれていた。
「……王太子軍の後詰が、パリスィの村を占拠? わざわざブブネから出撃して?」
「その兵数、二百程度の模様です」
滞在しておいて何ではあるけど、パリスィの村に軍事的価値はない。
防衛拠点として使うにしても、千人単位の軍隊が相手では時間稼ぎにもならないだろう。
「ちょっと意図が分らないな。いま、この瞬間にパリスィの村とか……意味がなくない?」
「最大限、好意的に解釈して――意趣返し……ですかね? こちらの退路を断ってやるぞ、という?」
首を捻りつつ答えてくれたが、シスモンド本人も信じてはいなさそうだ。
「あの牛野郎に考える頭なんかありゃしません。そこに村があったから押さえたんでしょう」
「騎士オウロッキは、そのきらいがあるやもしれんが……向こうには騎士セルバンもついておろうよ?」
決めつけたリゥパーをティグレが窘める。
しかし、ずっと考え込む風だったフォコンは、逆に賛意を示した。
「意外とリゥパーが正解やもしれぬ」
「何も考えておらぬのが、か?」
さすがのフォコンも苦笑いを漏らすも、それでも自説の披露を続けた。
「リゥパーの見立て通りで、おそらくオウロッキは何も策を弄しておらぬ。しかし、その後ろでセルバンは、こちらを観察しているのではないか?
――我らが、どう対処をするのかを」
「そ……そんなことの為に、二百もの戦力を割いちまうんですか、騎士セルバンは!?」
その人柄までは知らなかったらしく、シスモンドは驚いていた。……今回、人読みには期待薄か。
「つまり、ここで僕がパリスィの村を見捨てるかどうか、を?」
「はい。それを踏まえてセルバンめは、もっとも効果的な策を考えつくでしょう」
あまり気分の良い忠告ではなかったけれど、その分だけ腑にも落ちた。
なんというかセルバンなる人物は、嫌がらせが上手そうだ。それでフォコンとも反りが合わないのだろう。
「なら無視に限ります! そもそも陛下の領地じゃありませんし!
もともとパリスィの村には、なにも期待してませんでした。それが二百ぽっちでも引き受けてくれるのなら……万々歳というべきでは?」
理詰めでいうとシスモンドが正しかった。僕にパリスィを助けるメリットはない。
けれど自然に答えは思い浮かんでいた。
「それは駄目だよ。ドゥリトル家は友軍を大切にする。絶対に僕からは裏切らない。それは強制的に協力させた時だろうとね」
「……きっと御屋形様も、そう仰ったでしょうね」
シスモンドは称えてくれたが、その実、僕を非難するかのようだった。
ずっと傍観を決め込んでいたフィクス侯アンバトゥスが咳き込みつつも口を開く。
「そのように責めぬでもよかろう。参謀殿、我らが戴く王家はドゥリトルなのだ。
……数多くの欠点を持つ家系なれど、その情の深さは信頼に足る」
それで息が切れたのか、ひゅうひゅうと喉を鳴らす。
主君の窮状に慌てた騎士トフチュが駆け寄るも、差出口とばかりに手で追い払う。
「申し訳ない。うつる病ではない故、御安心召されよ」
おそらく喘息だとかの――現代医学なら、それなりにコントロール可能な持病と思われた。
しかし、この未開な時代あっては、命にすら係わる。
それ故か、あまり領外へも出ないというし……なんというか世捨て人の如き雰囲気を身に纏っていた。
でも、そんな半ば隠遁者も同然なのに、僕や王太子には関心があるようだから……これで物見高い質なのかもしれない。
「それでは次善の策として――
全軍で救援にいくのが宜しいかと」
「ええっ!? たった二百を、全員で相手するの!? それも特に価値の無い拠点の奪還で!?」
「全員で纏まっていれば、どんな罠を仕掛けられても対処できます。
一番に悪手は、対応してしまうこと。次点が相手に合わせた数を投入です、陛下」
しかし、落ち着いて考えてみれば正論か。相手が二百人だからって、馬鹿正直に四、五百を送り出す必要はない。
「ですが、参謀長! そんなことをしたら街道の封鎖が解けちまいます!」
リゥパーの指摘に、シスモンドは渋い顔を返す。
そもそもの意見は『黙殺すべき』なのに、それを指摘されては業腹だろう。
「あー……なら、折衷案でどう?
半数の二千五百を率いてパリスィへの救援。残る半分は、引き続き街道の封鎖を継続は?」
「……陛下とアンバトゥス様が救援へ。それも騎兵を中心にお連れになるのなら」
やっと参謀長が折れて、方針決定と相成った。
押っ取り刀でパリスィへ戻るも、しかし、やっぱり敵兵は二百前後しかいなかった。
そして戦争には成立可能な条件というか……人数比というものがある。さすがに十数対一では、戦いとなる前に相手の方で逃げていく。
「いっそのことブブネまで攻め上ってはしまわぬか?」
目の前で繰り広げられる掃討戦を眺めながら、突然なことをアンバトゥスは口にした。
「――殿! 渡河用に船が要りまする!」
慌てて騎士トフチュが小声で主君の間違いを正す。
確かに地図の上だとブブネは近い距離にある。
だが、その最終防衛ラインはロワール川だ。
そしてロワール川こそがフランスの最も長い川で、当然に大河だし、船か橋を用立てねば渡れない。……大陸での軍事行動は、常に森や川との戦いだ。
「逆をいえばロワールを西部との国境にする手もありますから」
御追従の如くいってはみたものの、それはそれで悪くなかった。
国境の三方をライン川とロワール川、そしてカレー海峡とした版図はナイスアイデアだったり?
が、それを意外な顔のトリストンに見咎められた。
「へ、陛下? 陛下は……その……フランスを平らげる御つもりはないので?」
「え? フランス征服ってこと?」
その答えは出ていたにも関わらず、改めて聞かれたら自分でも吃驚してしまった。
「いやフランスは――フランス全土は要らないかな。そりゃ僕にだって、大望はあるけど……それを果たすのに大きな領土が必要でもないし」
他の皆も興味津々に聞き入るものだから、期せずして所信表明演説の雰囲気となりかけて――
「伏兵! 伏兵に御座います! 西の森へ潜んでいた伏兵、およそ二百! しかし、発見されたと悟るや敗走を!」
と伝令が本陣へ駈け込んできた。
なるほど。敵が二百だから倍の四百などという――常識的な対応をしていたら、大敗もあり得たらしい。
が、そんな感想を漏らす暇すらなく――
「……これは良くありませぬ、陛下。ここへ五百ということは……残る四千五百が何処かに」
と騎士トフチュの警告に心を冷やされた。
拙い! その通りだ! まさかパリスィへ割り振った二百――いや伏兵分も加えて五百?――が単なる囮!?
「急いで戻ろう! 僕らは釣られちゃってる!」




