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王都着工

 仮の王都と領都ドゥリトルを往復が習慣となった。

 片道半日以上の船旅は大変なものの、色々と考えたり睡眠などの時間に充てれたし、その分だけ()にも慣れられた。

 ……海にでなく川になのは、王都が河川港――海岸へではなく、河口へ建設した港だからだ。



 ちなみに本邦で河川港は稀だし、河川用船舶の港をイメージしてしまうだろうが――

 大陸においては、全く意味合いが違う。

 語弊を恐れずにいうのであれば北フランスやスペイン北部、イギリスの大西洋側では、必要に迫られて河川港を選択していた。

 なぜなら尋常じゃないほどに波が荒い。

 なんと新大陸方向から世界最大級の海流――メキシコ湾流が、なんの減衰もされずビスケー湾(西海)に直撃している。

 似たような条件の日本で太平洋が穏やかに感じるのは、本州と世界最大級の海流――黒潮が並行しているからだ。


 さらにイギリスとフランスの間――カレー(ドーバー)海峡がまた、都合の悪いことに浅い海底を形成していた。……それもほぼ全域で。

 津波などの学問になるも、波の強さと海底の深さには因果関係がある。

 それは「波が海底の深いところから浅いところへ移動すると高くなる」であり――

 選りにも選ってメキシコ湾流の直撃が、海峡沿岸へ届く際に強化されてしまう!

 ……おそらくフランス北西部に海のイメージが薄いのは、この厳し過ぎる海が原因に違いない。共存するだけでも高い文明力が必要だ。


 この波の荒さで実例を上げれば――

 三、四階建に相当する灯台が、塔頂まで覆われてしまう波が()()()()()

 伝説のビッグウェーブは、フランス北西部海岸がモデルの一つ。

 稀に三〇メートル級の一発大波なども発生し、現代のタンカー級すら転覆させられる。

 などと枚挙に暇がないほどた。

 時代が下って建築技術が発展すれば、この大波に対抗し得る港も整備できようが……中世初期の現在、それは自殺行為だろう。

 謙虚に河口や湾、入り江など、波浪害を考慮した港が建設されている。



 また河川という段階で、やはり本邦と大陸は全く違う。

 なぜなら全ての()()は、例外なく流れが穏やかだったりする。

 これは実に単純な科学――位置エネルギーの問題だ。

 川の水が流れるといっても、それは高いところから低いところへの落下でしかない。

 つまりは山の高さがパワーソースであり、その高低に多少の差はあれど、ほぼ似たようなエネルギー量といえる。

 しかし、大河は必ず長い。長いからこそ、大河と呼ばれる。

 そして日本の河は、どれもこれもが短い。大陸に比べたら、その国土は狭すぎるからだ。

 それで大差が生じている。

 もし理解が難しいようだったら……水源の高さを縦に、河の全長を底辺にした直角三角形を思い浮かべればいい。

 この時に作られる鋭角――斜辺の急さが、そのまま流れの速さとなる。

 つまり、本邦の河川は大陸の数倍速い。

 あるいは逆に、大陸の大河は非常に緩やかだ。

 さらに位置エネルギーを使い果たす河口付近ともなれば、それほど遡上も手間にならない。

 踏まえると河川港を選択は合理的だし、数多の大河が運河に使われる隠れた理由の一つか。


 そしてドゥリトル河口に港がなかったのも、苦労に見合うほど海運や水産に期待できない時代で――

 さらには水深こそ足りてたものの、船舶の出入りに狭すぎたのもある。

 しかし、いまや領都まで航行可能となり、やや手狭と思われていた河口も()()()広がった。

 ……一説には大轟音ともに崖が崩落したというけれど、僕は信じない。

 それどころか最初っから、これぐらいに都合よく広かった気がする。邪魔臭い崖なんて無かったはずだ。

 そういうことにしておこう。……いいね?



 これらの事情から北王国(デュノー)新王都は、前面に小さな湾と化したドゥリトル河口、背中をドゥリトル山に預ける形となった。

 港湾都市でありながら、直接は海岸に接してないという、この時代なりな北ガリア(フランス)らしい様式だろう。

 そしてドゥリトル山を背にするということは、半ば山城であり――

 温泉都市でもある! それも源泉かけ流しで利用の可能な!

 嗚呼、ついに僕は全てを手に入れた! ようやくに異世界転生者?が焦がれる三種の神器――

 トイレ(水洗)! 信頼できる紙! 気軽に入れる風呂を!

 やはり『()()()()』が強く推奨していただけのことはある。状況が許すならば、本拠地は温泉地にすべしと!


 しかし、そんな理想の王都も、いまは本丸の予定地に掘っ立て小屋だけが。……なんと僕の仮住まいにして()()だ。

 その周りを囲むように天幕が設営されていて、まるで戦場の如くだったりする。……まあ使っているのもベクルギ騎兵や金鵞(きんが)兵なんだけど。

 さらに野営地を囲うように、やはり丸太で壁が作られている。……ずばり王城の予定地だ。

 最期にドゥリトル湾とドゥリトル山を結ぶように、これまた丸太製の壁が建てられていて、そこまでが王都となる。……何もない切り株の焼き跡だらけで、まるで荒野だけど。


 それでも将来的に市街地の一等地となりそうな辺りに、一軒だけ大きな家が建てられていた。

 色々と石材や木材なども運び込まれていて、まるで建材屋の如き様相だけど、当たらずとも遠からずか。

 なんとか誘致に成功した石工のオリヴィエ一族が建てた仮住まいだし。



 ちなみに一族規模で石工集団を誘致できたのは、もの凄い幸運だ。

 それというのも石造りの建築には、非常な時間が掛かる。親子どころか孫や玄孫――数世代に渡ってなんてのもザラだ。

 しかし、それだと石工集団の予定は、十年単位で塞がってしまう。

 当然に頼みたくても、引き受けてくれる暇な集団なんていない。

 普通は各地から流れの職人だの、集団と袂を分かって独り立ちする若者だの――とにかく人数を集めるところからスタートとなる。

 もう着工に漕ぎ着けるだけで、数年は要するだろう。


 また今回のようにゼロベースから建都の場合、都民一号は石工集団であり、その彼らは少なくとも百年――下手したら数世紀に渡っての住人となる。

 ……最古参にして最有力、ついでいうなら最重要な役職――防衛能力を担う一族だ。

 王都でも間違いなくオリヴィエ一族は幅を利かすだろうし、どこかで彼らは()()()()()ともいえる。

 なぜフィリップ(ガリア)王は、街道敷設の代金を踏み倒そうとしたんだろ?

 余計な公共事業に腐心した挙句、赤字を当の技術者へ押し付ける。

 ……意図的にやっているのなら、一手で多数の人を不幸にする天才だ。



「ええいっ! もう、止めだ! 止めだ! なんだか頭がフラフラすんぜ! きっと酒の野郎が呼んでるに違えねぇ!」

 酒焼けでもしてるのか赤ら顔の――誰だったっけな? オリヴィエの孫だか甥のプルニアだったかな?

 ……オリヴィエの一族は似たような顔が十人近くで、区別できた試しがない。

「まだ夕暮れには早えじゃねぇか……といいてぇとこだけど悪い考えでもねえな。おし、今日は早仕舞いすんぞ! さっさか片付けちまえ!」

 なんと棟梁のオリヴィエも賛同し、今日の作業は終えてしまうらしい。

 思わぬ幸運に弟子や奉公人(ボー)から歓声が上がる。なんというか……どホワイトな職場だ。


 そんな様子をジュゼッペは批判的に、その弟子なゲイルは羨ましそうに眺めていた。

 しかし、驚くべきことにジュゼッペは大きな溜息を吐くに留めて!?

 ……石工が職人ヒエラルキーの頂点というのも、過大表現ではなかったらしい。

「どこまで御話しましたっけ、フォコンさm――さん」

「城壁に支えが多い理由についてです、親方(シェフ)

「そう、そう! そうでした!

 金鵞(きんが)兵の坊主達は、真っすぐで倒れない壁を造れますぜ? あんなに多くの支えを付けなくても」

親方(シェフ)の仰る通りでしょう。彼らの仕事振りは、私から見ても見事ですし、これなら破城槌を使われても、しばらくは持ち堪えられそうです。

 火攻めにも陛下の……耐火セメント?ですか?が働いてくれそうですし」

 二人は金鵞(きんが)兵とベクルギ騎兵の作業を――耐火セメントで被覆する様子を眺めながら、互いの意見を交換していた。

「この早さで建てられる城壁としては、ほぼ申し分ないのですが――

 軽いのが良くありません。軽すぎる壁は、容易く引き倒されてしまうのです」

 ……数字へ直したら、絶対にトン単位だと思う。それでも何十人かでやれば引き倒せちゃう?

「あー……なるほど。それで支えを多めに引っくり返され難く……どうやら素人が差出口を申し上げたようで――」

「いえいえ。親方(シェフ)と違って我々は、壊す方の専門家ですから」

 どうやら王の技術顧問たるジュゼッペと城普請の責任者たる騎士(ライダー)フォコンは、上手く協力関係を築けているようだった。


 それにジュゼッペはいまいち納得のいかない様子だったけど、いずれはオリヴィエ一族が石造りの立派な城壁に建て替えてくれる。

 いわば繋ぎの仮設に過ぎなかった、この『木造モルタル耐火城壁』は。

 しかし、急場凌ぎでも建てておけば、攻め手は攻城兵器が前提条件となる。

 それだけで半端な勢力からは攻められなくなるし、仮に大梯子や破城槌を使われたとしても、そう易々と突破もできない……はずだ。

 むこう十年を誤魔化すのには十分……であって欲しかった。……ライン南岸の城々も同じ築城方式な訳だし。

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― 新着の感想 ―
[一言]  まー、本来使われるべき目的のためにだけ使われたのなら、ノーベル氏も文句言わんでしょ(笑)。
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