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応急な王宮

 光を従がえし者、光の王(ライト・ロード)、西海の盟主、北の守護者……はやくも過大評価されちゃってるけど、その宮廷は質素なものだった。

 というか、引き続きドゥリトルに間借りだし。

 しかし、その内訳は意外にも充実しつつある。

 まず早くも『選王侯』と呼ばれ始めたドゥリトル、マレー、ゼッション、スペリティオ、フィクスの五領主または代理人(先代)

 そしてライン南岸を代表してウシュリバン、ベクルギからはアンヲルフの息子なヒルドブランドが。

 もちろん実務官級の文官も、出向の形でドゥリトル(じいやの部下)から参加している。


 結局、新王朝といっても父上たち選王侯は国家運営のベテランだ。やるべきことを心得ている

 また北王国(デュノー)の方も、まだ統治するべき領地がない。

 将来的に王国の直轄領とするか、それともドゥリトル領として袂を分かつか不明なものの、いまのところは治まっている。なんの問題もない。

 そしてライン南岸は新しく切り取ってきた領地だけど、その殆どは自前で指揮系統を持っている。細やかに世話を焼かずとも大丈夫だ。……いまのところ泣き付かれてないし。


 これは近世と違って、実際は連合な王国の強みか。

 ただ『ガリア』から『デュノー』と看板を変えるだけで、新体制へ移行できてしまう。

 ……まあ僕や王太子がやったように、その分だけ政変(クーデター)も起こしやすいのだけど。

 かといって中世後期のような絶対的な王権も、それこそ重商主義にしないと維持できない。

 つまるところ一長一短で、地方分権と中央集権の違いだろう。



「それでは陛下? 日和見を続けていた者の成敗は、このロッシめに? さすれば必ずや奴らには、跪かせての謁見を」

「あまり事を荒立てないでくれると助かります。ベック族や――いえ、ベクルギ騎兵や金鵞(きんが)兵を伴いますか?」

「直轄軍を動かすようでは、それこそ大事というもの。また動かすとしても、ドイツ(ゲルマン)の動向を見据えてからの方が」

 なるほど。父上の指摘は尤もだ。

 同意の証に、軽く頷くも……目に見えてヒルドブラントは意気消沈した。



 ヒルデブラントは、この夏に戦士となった(成人した)ばかりなほど若く、まだ評議の場では力不足な点が目立つ。

 しかし、これで故郷へは戻らない――いわばベクルギ系デュノー国民の指導者格だ。

 また、やはり残留を選んだベクルギ騎兵――ルギ族からも参加者がいるので、そう呼ぶのが適切だろう――の指揮官でもある。


 これは忠誠と強さで折り紙付きなベック族の騎兵が、規模は縮小といっても残留してくれた上、将来的な人員補充すら期待可能で……もう君主が夢見る軍隊のうち一つだろう。なにより近世へ入る前に騎兵隊を確保と見做せる。

 それにデュノーは多民族国家への道――ガリア人やゲルマン人が混在の国へ舵を切ってるし、両民族の懸け橋となってくれるかもしれない。

 ちなみに前世史では両者の血が混じった結果、フランス人となる訳だけど……またも歴史の強制力(オカルト)が? どう抗おうとも、起きることは起きるという?



「逸るではない、若いの。……御身らの出番は、すぐじゃろうしの。

 ――陛下、王太子めはブブネを目指すようじゃ。それでも静観か?」

 ヒルドブラントを窘めつつ、ソヌア老人は翻意を促してくる。

 東部と西部の戦いにおいて、不介入を選択が気に入らないのだろう。

「いま参戦してしまったら、それで勝者の選択となってしまいます。

 そして王に助力してしまったら、大勢は旧ガリアへ傾くでしょう。我々は出奔した形ですから、それは上手くありません。

 かといって王太子に助力するのも……」

 やはり妥協案となるも「勝ちそうな方が判明したら、その足を引っ張る」がベターに思える。

 ただ、それでは徒に戦乱を長引かせてしまう。

 ……天下三分の計は名案にみえて、結局は苦肉の策か。いつまでたっても戦争が終わりやしない。

「なるほど。ブブネを押さえられても困りますな」

 敢えて濁したのに、ウシュリバンに指摘されてしまった。……まあ誤魔化すのも難しいか。

 ブブネ――日本語表記だとブルボネーとかブルボネであり、ほぼフランスのど真ん中といえる。

 前世史では何度かフランスの中枢となった要地で、これを他勢力に取られるのは痛い。

「じゃが、いくら王太子(ノワッセル)が戦上手といっても……そう簡単にブブネを落とせるのか? 彼奴めであろうと、善戦が精一杯に思えるがの?」

 ロッシ老が妥当な見解を口にする間、慎重にソヌア老人を観察しておく。

 ……どうやら同じ読みかな? つまり、僕とは持っている情報が違う。


 自然な流れで父上が『王の後見』や『宰相』の立ち位置となったように……ロッシ老が諸侯軍を監督し、ソヌア老人が外交や諜報を担当となった。

 ようするに内務・軍務・外務の三大臣といったところか。

 補佐役が父上なのは頼もしいし、歴戦のロッシ老であれば諸侯にも押しが利く。

 そしてソヌア老人は自前の諜報網を持っていて、これよりの適材はいない。

 この三人が敵に回らなくて助かったというか……この影響力があってこそ、デュノー建国も成ったというべきかだ。



 しかし、そんなソヌア老人すら掴んでない情報を、僕は得てしまっていた。

 なんと大叔父上(ギヨーム)からの伝言が、従叔父上(ランボ)経由で届いたからだ。

 きっと僕は忘れられないだろう。こざっぱりに身支度を整えた顔面蒼白なランボの顔を。

 下手をせずとも内通を疑われる。損得勘定でいえば、握り潰してしまってもよかった。それでも命を賭して信頼に応えてくれたのだと思う。


 そんな密書から()()()()()を要約すると三つ。

 まず、なんとも驚くべきことに戴冠を祝う言葉だ。

 そして王太子軍は東進と機密を漏洩。

 さらに自身は、ガリア(フランス)南東の国境沿いからゴート諸族(イタリア北部)王の勢力(東部)へ攻め入る計画を。


 なるほど値千金の情報といえたし、王太子の動向にも合点がいった。

 大叔父上が陽動を仕掛ければ西部と東部の戦いは、王太子が勝つ。勝算あってのことなら、その人物像にも相応しい。

 ただ、それをリークした意図が分らない。

 順当に考えれば、自分(王太子)という勝ち馬に乗らせる――つまり西部(王太子)北部()で連合し、東部()を打倒?

 あるいは趨勢を仄めかすことで、少なくとも北部と東部の共闘を阻む?


 これは大叔父上の決起が虚偽(ブラフ)でも、僕に知らせた時点で成果を期待できる。

 辛い見方をすれば、たんなる諜報戦とすら受け取れた。……巻き込まれたランボ兄妹には申し訳ないけれど。


 ただ、僕の中で何者かが囁く。

 王太子の()にしては変だ。少なくとも思い描いていた人物像と一致しない。

 なにより数多の選択肢があるはずなのに、この様な虚偽に頼った介入は……()()()思えない。


 またブリタニア(イギリス)からも「工作の頓挫した形跡あり」と警告を受けている。

 それを踏まえると……利を得ようと握手を促しながら、その背も刺そうと?

 だが、それなら同時でなく順番に――握手が成ってから刺すか、刺したことで握手を乞わせねばならない。

 どちらか成功すればOKの手順は雑過ぎだろう。


 この読みが正しい場合、この伝言は大叔父上の独断となる。もう僕へ向けた私信とすら?

 ようするに『僕あるいはドゥリトルへ好意の一環として、王太子の動向が漏らされた』となる。

 ……なにをしたいんだ、大叔父上殿は!? いや、ここまで含めてが王太子の罠だったり!?

 考えれば考えるほど、深みへ嵌っていく気分だ。



 そんな理由で僕は、西部と東部の争いを傍観する他なくなった。

 やはり大叔父上の動きを確認してからの方が、妥当に思える。

 まあ、おそらくは西部が優勢となり、その足を引っ張るようだけど……はやくても秋頃、下手をしたら冬か来年の話だろう。

 つまり、ちょっとした時間的余裕が生まれた。

 それこそ勢力圏内の中立勢力を平らげたり、ソヌア老人の情報網へ食指を伸ばしたり、王都選定の下見をしたり、直轄軍の充実を図ったり……――


 人生最大の試練へ立ち向かったりもできてしまう。

 ……どうしたものか。

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― 新着の感想 ―
[一言]  人生最大の試練? うん、そろそろ決めてあげないとみんな不安だと思うしね……。
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