森での啓示
想定外の窮地に、父上と顔を見合わせる。
「……まいったね、リュカ」
「全くです、父上。この森は、我ら親子に特別な悪意でもあるのでは?」
そうとでも考えねば、ドゥリトル家だけ獲物が取れないはずがない! さすがに恣意的過ぎる! 不自然だ!
父上との鹿狩りは、想像に反し盛大な規模となった。
……まあ賓客に前領主が二人、やや格落ちとなるも城代格の騎士で、もはや完全に外交イベントだ。
おそらく父上の想定されていた、ごく身内だけでの鹿狩りとは、かなり趣が違う。
……複数の記述が残され、正式な記録として――歴史として残るレベルな可能性すら?
これは先代領主という立場が、現代人が思うそれとは違うのも重視すべきか。
そもそもソヌア老人やロッシ老は、先代といっても現役を退いてない。
ただ単に領主の責務を息子に譲っただけだ。それで細々とした雑事から解放され、より自由な活動をしている。
例えばロッシ老ならば、ゲルマンとの戦いに専念を。ソヌア老人ならば、おそらくは政治的な諜報活動などを。
この時代、引退は認められない。死ぬまで何かの役割に封じられるのが、封建社会というものだった。
……ローマ人だけは、空気を読まずに早期リタイアしちゃう例も多いけど。
そしてロッシ老が雌鹿を。ソヌア老人は、外道となるも大きな山鳥を仕留めた。
鹿狩りチームとしては、最低限度の成果を確保で頼もしいけれど……僕らドゥリトル親子にとっては違う。
主催者と、その息子なのに丸坊主なんて!
だが、そろそろ他の者にも譲らねばならない頃合いだった。
……自分達が獲れるまで順番を占有しても怒られはしないけれど、それはそれで度量の狭さをアピールするようなものだし。
つまり、父上も僕も、あと一、二回のトライで恰好をつけねばならなかった!
「……仕方がない。まだリュカには早いと思ったけれど……今日、この場にて一族秘伝の奥義を授けよう!」
「そ、そのようなものがッ!?」
「あるともさッ! しかと見届けよ、血脈の伝えし技をッ!
――サムソン! 今日はまだ、狩りの指揮を執ってなかっただろう? 順番を譲るから、僕の代わりにドゥリトルへ誉を!」
ま、まさか奥義とは他力本願!? いかにガリアにてドゥリトルは最弱と誹られているからって……
――違う!
父上の言葉に、涙を隠しきれない古参の騎士が! これは――
親友の忘れ形見に、このような大舞台で声を掛ける。それも自身は、まだ猟果を上げていないというのに!
な、なんて器を大きく見せる方法なんだ! 有耶無耶に誤魔化したいことがあるなんて、とてもじゃないけど思えない!
ポンピオヌス君の狩りを父上と二人で眺めながら、よもやま話に興じる。
……ドゥリトルの御曹司にあられては、なんと親友に狩りの順番を譲られた。いまだ自身は成果なしだというのに、なんたる謙虚!
「彼が――プチマレの跡継ぎが、第一の騎士かい?」
べつだん地位や称号がある訳でもなかったけれど、最初に剣を捧げてくれた騎士に『第一の』と冠したりもする。
「……いえ、僕の『第一の騎士』は、サム義兄さんです。それが許されるのなら」
しばしの沈黙の後、父上は感慨深げに肯かれた。
「それも良いかもしれないね。サムソンの父親も、きっと喜んでくれるよ」
少しずつ蟠りが溶けていく。それが分った。
僕には覚醒前――物言わぬ生き人形だった頃の記憶があるけれど、父上にすれば慣れない話し相手だ。
多少はギクシャクしてたのも仕方のないことだろう。
「でも、そこは嘘でもいいから『父上に御願いしたい』と言って欲しかったな」
そう父上はお道化られるけれど、正直いって意味が解らない。
「……リュカめに剣を捧げるなんて、絶対に起こり得ないのでは?」
「へっ? でも、リュカ……君は北ガリア?の王様になるんだろう?
ドゥリトルの領主として、新たなる王国に忠誠を誓うのは吝かでもないよ?」
「……北ガリアを建国の折には、父上が即位されるのでは?」
「誰が言いだしたんだい、そんな突拍子もないこと。僕は息子の手柄を奪ったりしないよ。というか――
捧げられし剣は、剣の主とて勝手に譲ったりできない。
これは絶対のルールだけど……クラウディアに教わらなかった?」
……全面的に父上が正しい。僕が間違ってた!
ライン南岸諸侯は、僕に忠誠を誓った。ドゥリトルの名代にではない。
それは誰にも違えられないし、譲ったりできる性質のものでもなかった。
唯一の例外が、跡継ぎに忠誠を誓い直すよう頼むことか。それだって一応は拒否権が認められているし。
そして父上は即位を先延ばしではなく、選王侯として指名を保留しただけ!?
「いやッ! でもッ! 僕はドゥリトルの跡継ぎですしッ!」
「そんなの何とでもなるよ。北ガリア王?にしてドゥリトル領主でもいいし……他に誰かを立てたっていいし……まだまだ僕だって、領主の責務を担えるしね」
「でも……それだと……リュカめはドゥリトル領主になるより先に、北ガリア王に……」
「そうなるだろうね。でも、それに何の問題があるんだい?」
……非の打ちどころがなかった。僕が王になるという一点にさえ目を瞑れば。
「あばばば……父上! 慎み深いところを披露して、北ガリア王は御辞退を!」
「だから僕は北ガリア王になんてならないって。それはリュカの責務だよ?
あとドゥリトルの者なら、友軍として戦ってくれた人達を冷遇してはならない。ここは要請に応えなきゃ。
聞けば、誰も彼もがリュカ――君ならばと助けてくれたそうじゃないか」
……拙い。ありとあらゆる全てを読み間違えてる!
遊興に時間を費やすより、全身全霊で玉座から逃げ出すべきだった!
「……儂らは乗る船を間違えつつあるのか?」
「王に成りたがる狂人よりは、ずっと信頼できる。
叙任の段取りも考えた方が良かろう。従士の王など聞いたことがない」
「それもそうじゃが、しかし、坊は誰に忠誠を誓うのだ?」
老人二人勝手な雑談に、どんどん外堀が埋められていくのを悟った。
でも、五人しかいない選王侯格のうち、三人までもが賛成票!?
ヤバい! このままだと数えで十三歳にして騎士叙任、さらには至尊の冠を戴き、何十人もの大丈夫に剣の主と!?
こんなのおかしいよ! なんとなく回避できてたはずなのに!
か、考えろ! な、何か言わないと決定しちゃう!
「ぎょ……玉座? 玉座が……」
嗚呼! どうでもいいことを口にしてしまった!
「……王都のことかい? それは僕もリュカに聞きたかったんだよ。
北ガリア王国?を統べるのに、ドゥリトルは向かないんじゃない?」
確かに、もっと版図の中心でも良かったし……ドゥリトル領内としても河口辺りの方が、便は良さそうだ。
この分だと北ガリア王国はドゥリトル川とライン川、そして北部海岸を中心の――川と海の国となるだろうし。
「って! どこが良いとか考えてる場合じゃなくて!」
「なにを騒いでおるんじゃ、陛下。残念じゃが仕事ぞ?」
いつの間にやらソヌア老人は、旅装姿の男から羊皮紙を受け取っていた。……知らない顔だし、老人の手下だろう。
「なにごとです?」
「王太子が動いた。儂らとではなく、王と――フィリップ王と事を構えるようじゃ」
それは意外な選択に思えた。
北部と東部――王の勢力圏を比べたら、まだ北部の方に隙がある。
なんといっても組織化が遅れているし、版図を広げた分だけ戦力も疎らとなっているからだ。
東部は重荷おろしで経済的に混乱中といっても、さすがに防衛戦なら対応してくる。
そして西部にも、討って出るだけの余力があったのか疑問だ。なぜに王太子は、このタイミングで?
つまり、いま王を攻めることで、なんらかのメリットを? あるいは外国勢力との兼ね合い?
考え込む僕に配慮したのか、気づけば静まり返っていた。
……また「やっちゃいましたか」だ。
こんな風に何かが起きるたびに口を開くから、それが倣いとなってしまう。
しかし、だからといって黙ってもいられなかった。僕にも渇望がある。
「とりあえず、少し早いですが昼食にしましょう。鹿を焼きながらでも善後策の検討はできます」
鹿狩りに付き合ってくれた皆を労ってからでも、間に合うはずだ。
それに賽は振られたというか……僕が振った訳じゃない。ならば出目を見てから動く方が良いだろう。




