北方征討(三)
中央の拠点――旧クラウゼ村は、二日も持ち堪えた。
籠城期間を週や月でなく日数で計った方が適切なんて、ボロ負けに近いけど……さすがに物量と数が違う。違い過ぎる。
手厚い援護射撃の下、一気に詰め寄って城壁を焼き、脆くなったところをジナダン達による攻城槌の突貫で終わった。
……丸太で作った防壁は、安くて手軽だけれど可燃性なのが欠点だ。
僕らのように焼夷油を持つ軍勢だと、狙いどころでしかないし。
これはクラウゼ首脳陣が無能というべきか、街へ発展の前に叩いたことを自画自賛しておくべきか。
そして中央の陥落を見て東西の拠点も降伏の交渉へ入った。じきにクラウゼでの戦争は終わる。
眼下を見下ろしてみれば、中庭でリジードに率いられたドル教の神官達が儀式に忙しいようだった。
敵味方の関係なく戦士階級の死亡者は、手厚く葬らねばならぬという。
彼らが勇敢だったと祖霊達に受け入れられるように。また再びこの世に生を受けるべく、冥府へと迷い込んでしまわぬように。
なんと捕虜にしたクラウゼの神官達も手伝いを申し出ていて、かなり重要な儀式らしい。
ある程度は認めるしかないけど……なんというか癪ではあった。
勝手について来て、頼みもしない『戦勝祈願の呪い』とやらで、僕らの勝利に手柄顔は如何なものか。
さらには停戦とみるや、訳知り顔で出しゃばってくるし。
まあ迷信深いというか験を担ぎたがる者は、この時代なりに多い。
色々と言いたくなっても我慢する他ないけど、やはり納得は……――
「邪魔をするでない、この『死体呪い』共が!」
「この者は主の教えに恭順しております! その証拠に聖印を身に付けている! 火葬に付すなんて!」
また唯一神教ファスティス司祭とドル教リジード神官の喧嘩が始まった。
古ヨーロッパでも火葬は珍しかったが、客死した場合には散見できる。遺骨とすれば持ち帰り易いからだ。
しかし、審判の日に復活を説く唯一神教にとって、火葬は言語道断な蛮行といえる。とてもじゃないが容認不可能らしい。
けれどドル教徒にすれば、遺体を一族の墓へと持ち帰れる現実的な折衷案だ。
土葬を――遺体の維持を重視し、その辺へ葬っての妥協は、むしろ死者への冒涜となってしまう。
「こんなところで我らの邪魔をする暇があるのなら、むこうで好きなだけ死体を呪うがいい、大工の御機嫌取り共め!」
「なっ!? あれは臨終の秘跡で、主に赦しを請う最後の機会ですぞ!」
が、門外漢に言わせると『死に際と聞いたら馳せ参じ、罪の告解と称し秘密を強請り、さらには改宗しなければ地獄落ちと脅す』とも受け取れた。
「死体呪い」という侮蔑は言い過ぎだったが、そう見当外れでもない。
「貴方達こそ、どうして身分の高き者しか弔わないのですか!」
痛いところを突かれ、さすがの神官達も黙った。
これは古代宗教が『救世』や『救済』を重視していないからだろう。
あくまでも荒ぶる自然や神秘の力――神々や祖霊との仲立ち役であり、つまるところ通訳でしかない。
……語弊を恐れずにいうのであれば、現代人には聖職者より魔法使いと――神秘を扱う専門家といった方が正しくニュアンスも伝わる。
そして両者は似ているようでも、その立ち位置の違いから異なる対応――今回でいえば上得意客優先――を示すことが多い。
睨みあう両者の傍を、軽蔑も露わにカーン教の聖母テチュ達が通りすがる。
……小さな背丈で分からなかったけど、もしかしたら走っているのかもしれない。
どこの戦争へもカーン教の僧侶はついてくるのだけど、その理由は驚くべきものだったりする。
いや、どうやらカーン教は大乗宗教めいた考え――衆生救済の理念を持っているらしく、その身分に拘わらず分け隔てなく死者も弔う。
だが、それよりも優先して奴隷の救済――つまりは新しいボーの誓いが適切かの監察に忙しいようだった。
……さすが奴隷制度撲滅に人生を捧げたオラ様の啓いた教団なだけはある。
そして聖母テチュ達が目を血走らせているのも、無理もなかった。
まだ終わってないけれどクラウゼ側の戦死者は、五〇〇から一〇〇〇人ほどだろう。
残る住人六、七〇〇〇人の内、元クラウゼ族だった三〇〇〇人近くは捕虜であり、つまりは奴隷へ落とされる。
ちなみに二〇〇〇人近くは元ベック族か元ルギ族で、逆に奴隷の身分から解放だ。
そして残る一〇〇〇人近くは、奴隷から奴隷へ――主が変わるだけで、あまり境遇に変化はない。
つまり、約四〇〇〇人近くが新たにボーの誓いを立てる。あるいは立て直す計算だ。
カーン教の理念に従えば、その四〇〇〇人が少しでも救われねばならないのだから、聖母テチュ達が忙しくしているのも無理はなかった。
ちなみに四〇〇〇人の奴隷とは、前世史の価値で八〇億に相当する。
そして今回の建前は解放戦争だから略奪などをできない。これが粗利の大半だ。
しかし、動員も八〇〇〇人弱だから、兵士一人あたりでは百万円程度だったりする。
短期決戦かつ大勝を成し遂げられたから大丈夫なものの、これでは赤字もあり得た。
もう軍略的な意義がなければ徒労といえるし、数多の戦争で略奪に熱中も当然か。……やらなければ自分達が飢えて死ぬのだし。
また元現代人的には、カーン教の理念に賛成したいところけれど……僕の立場は奴隷を売る側の鬼畜君主だ。
少しでも利益を上げるべく、聖母テチュ達に抗わねばならない。
……結局、良い意味でも悪い意味でも、宗教勢力とは関係を深めないのが吉か。
「御呼びであらせられると、リy――いえ、総大将閣下」
「いまは名前で呼んでくれた方が適切かな、プチマレ家のポンピオヌス殿。
実はプチマレ家に頼みというか……提案があるんだ。御父上も御呼びだてしちゃってるし……えーと……リジエ家?だよね? ジョセフィーヌさん家は? ……ポンピオヌス君の許嫁の? あちらの御当代もで」
軽く揶揄いながら架設されたテーブルへ地図を広げる。
これは軍官僚に描いてもらった新しいもので、広く川に沿った西側と河口を中心とした東側へ二分されていた。
「察するにベック族の新領地で? とれば河口側は……ルギ族?でしたか?」
「いや、さすがに、そこまで御人好しに親切は……東は君ん地だよ」
「……キミンチダにございますか? 寡聞にしてポンピオヌスめは、キミンチダ族なるは――」
「そうじゃないよ! どこから出てきたのさ、そのキミンチダ族!
僕が言いたいのは、プチマレ領と河口側の領土を交換しないか、だよ!」
「りょ、領地の交換?と申されたか!?」
想定外の提案にポンピオヌス君は、開いた口が塞がらない様子だった。
……なら今の発言の主は誰だろ? そう不思議に思って振り返ると――
オノウレ――ポンピオヌス君の父上と見知らぬ中年男性が吃驚した顔をしている。
隣は、リジエ家当代のウシュリバンかな?
「しかし、我が家の所領と、その河口の地では……全く釣り合っておりませぬ!」
ようやく立ち直ったポンピオヌス君による想定外な抗議で、失敗しかけてることに気付いた。
「うん? 違うよ、ポンピオヌス殿。これはお友達に忖度とか、そういう話じゃない。むしろ難しい御願いごとの部類だね。
――アンヲルフ殿も戻らないで! 御同伴の方も!
お二人にも関りあることだから、御呼び立てしたんだよ!?」
臨時司令部の入口で回れ右し掛けたアンヲルフ達も呼び止める。
……見慣れない顔の方は、ベック族の頭だった人物……かな? 凄く窶れてるし、これまでの苦労が偲ばれてならない。
「この地を直轄は考えてないんだ。船なら一週間といっても、さすがに遠いし。
ただ、誰かが監視監督の必要はある。ここはゲルマンの南下を防ぐ最重要拠点だしね」
予想と違ったようで、五人は共に驚いていた。……まあ僕の提案が、時代の常識にそぐわないのもあるけど。
「そして個々に対価は約束といっても、勝ち戦なのに皆を手ぶらじゃ帰せない。特に西海の方々は、同盟関係にもない他所の君主だしね。
具体的にはイベリアとブリタニア、マレー領には専用の埠頭を――正確には、その建設権利を譲り渡す。ああ、もちろん家の分も――ドゥリトルの分もで。
念の為に租借契約としておくけど、事実上の外国領になるね」
これは見方を変えれば、四つもの国を実質的な防衛戦力にできる。
関税などで多少の損はするかもしれないが、後の繁栄を買ったと思えば遥かに安い。
しかし、いまいち五人は呑み込めてない様子だ。
外交特権すらない時代だと、さすがに現代科学チート過ぎる? ……あとでポンピオヌス君に説明しておこう。
「最後にウシュリバン殿への配慮というか……ようするに前渡しの報酬だね」
「と、申しますと?」
そう問い質したのは、それまで婿――ポンピオヌス君に会話を任せ、注意深く僕を観察していたウシュリバンだった。
……油断ならなさそうだけど、その分だけ期待も?
「西方からの……あー……客将の方々?をまとめ上げた手腕には、期待してます」
「……それで我ら無駄飯喰らい共を伴われたのですか」
何かを察したようだけど、もちろん食べた分だけは働いて貰わねば。
「そう大事でもありませんよ? 簡単な仕事と聞いてますし?」
しかし、どうしてか僕の言葉は、信じられないようだった。




