北方征討(一)
「同胞たる勇士諸君! 我らは北方の従兄弟に甘く処し過ぎてきた!
まず諸君は、その間違いを振り返るべきだ! さらには結果を! そして今の惨澹たる有様を!
誇りを知らぬ彼奴等めは、まるで我が物であったの如く奪いに来る!
我らの富を! そして土地を! さらには同胞達の命をも!」
幾つもの巨大メガホンで増幅され僕の声は、居並ぶ全軍へ届けられていた。
楽勝ムードで緩んでいた空気が、徐々に張り詰めていく。……入りは成功か?
ガリアの者は、誰もが民族大移動に苦しめられている。全員が直接的な、あるいは間接的な痛みの記憶を持っていた。
それを刺激され、征討軍数千の軍気は昂り始めていた。しかし、まだ足りない。
「心優しき我が勇士達よ! その美徳を剣へ持ち代え、盗人共に思い知らせる時がきた!
我らの土地は、我らのものであると!
もう二度と同胞達が故郷を追われ、兄弟達の血が流されては為らぬ!」
ゆっくりと一つひとつ枷を外していく。
道義的責任は、指導者が負うべき罪だ。兵士達には免罪を与えねばならない。
……欺瞞で侵略戦争を、国土防衛と錯誤させようともだ。
「ここにリュカめは宣言する! ラインより南は我らの地であると!
そして一歩たりとも譲らぬ! 剣を交えることになろうとだ!
もはや何人たろうと、我らが許しなく、ガリアの地を踏むことはない!」
さらに突然な話のスケールアップで聴衆を圧倒する。
ライン川防衛構想なんて初耳だろうし、この場で真意を見抜ける者など一握りもいまい。
だが、それでも十分だった。
分かり易い大言壮語は、容易く人を魅了して酔わせる。……その対価が命であろうとも。
「同胞よ! 我が勇士諸君よ! いまが! 今日が、その日だ!
もう我らは土地を! そして同胞達の命を喪わない! 今日この日より永久に!
また此度は父祖より受け継ぎし地の奪還――正当な征伐である。祖霊達の御加護もあろう!
さあ! 我に続かんとする勇士は、剣を掲げよ! 英霊達も御照覧ある!」
そして手本とばかり青光りを抜き放つと――
全兵士から即座に応じられる! ……まるで光の海だ。
なるほど。戦争狂の指導者が生まれるのは、これの中毒が理由か。怖いほどに人を魅了してくる。
「もう少し演説を練習された方が良さそうですねぇ」
それでは進軍となるも、参謀長シスモンドの嫌味で迎えられた。
「今日のは上手くいった方だったでしょ!? それに加減しろっていったのシスモンドじゃないか!」
「良し悪しは分らねえですけど、俺は感激しましたぜ。とにかく演説は短いのが一番です!」
……なんだろう? 騎士リゥパーは、違う意味で厄介な論客の気がする。
そしてルーバン! ここで吹きだすのは、ちょっとばかり不人情すぎやしないか!? 友人としても、リゥパーに付き従う従士としても!
「それでは総大将閣下、予定通りに進軍を始めても?」
「ちょっと待って下せえ! 本当に、ただ愚直な前進をする御つもりで? 『迂回挟撃』だとか『包囲殲滅』を御考えには?
偉い人々の間では、奇を衒って華麗な戦術を披露の義務があると小官は耳にしましたが?」
例によってシスモンドが煽ってくるけど、もう意図を理解できる。それらは悪手と言いたいのだろう。
「曲がりなりにも攻城戦で、どうやって『包囲殲滅』するのさ? あれは相手に攻めさせてこそでしょ?
『迂回挟撃』にしても戦力を分散するメリットがないし、川側からの攻撃で挟撃になるじゃない。
それに『大軍に兵法なし』ともいうでしょ? まっすぐに征くべきだよ」
「若様は正しい! 正しいのですが、しかし、ちょくちょく引っくり返されてるのも事実で……」
おそらく『寡兵よく大軍を破る』の用心で、『驕兵必敗』と諫めたい……のかな?
「参謀長殿の御心配は分かりますが、ここは総大将閣下の御采配が正しいかと」
もう一人の副将、なんでもできるフォコンの執り成しで話は収まった。さすが頼りになる。……あとで胃薬を下賜しておこう。
「それじゃ……全軍、進軍……――いや蹂躙せよ」
指揮杖で『クラウゼ』を指し示すと同時に、何人もの伝令が走り出す。作戦開始だ。
ただシスモンドの警戒も、違う意味で分からなくはなかった。
実際、僕達は圧倒的だ。彼我の戦力差があり過ぎる。
なにより目標の『クラウゼ』にしてからが、ギリギリで街と呼べる程度の規模しかない。
そもそもはクラウゼ族の村がラインの南岸に、その川上にベック族の村が。
川下には別の部族――たしかルギ族とかいった――が住んでいて、それら三つの村を武力併合し、現在の『クラウゼ』となったとか。
それは恐れていたゲルマニアの成長そのものだったし、放置しておけば人口万単位の大都市へ発展したことだろう。
しかし、それには十年や二十年は――下手をしたら百年以上はかかる。
いまのところ総人口は七、八千人ぐらいか。……非戦闘員――女子供まで含めて。
さらに元々は三つの村だったことが災いし、川沿いにへばりつく様に広がっちゃっている。
小さな拠点が三つといった方が現状に即していたし、全てを守ろうにも戦力が足りない。
……まともな戦力と呼べそうなのは、おまけして二〇〇〇弱だろうし。
つまり、地の利を得れてない相手に戦力比四対一だ。
これで負けたら北部ガリアは、しばらく立ち上がれなくなる。……物理的にも、精神的にも。
そして民族大移動の風向きも大きく変わってしまうことだろう。
だが、この程度の戦力差なら、理由があれば引っくり返せたりする。
中でも一番に怖ろしいのは、個の強さで捲られることか。史実にも項羽とかレオニダスなどの異常者が散見されるし。
常々シスモンドは戦争を馬鹿比べと嘯いてきたけど……今回ばかりは、負けたら『SSR馬鹿』と歴史に名が残ってしまう。正直、プレッシャーだ。
「奴さん達、討って出ることにしたようで。騎士リゥパーの読みが当たりですね。……もしや信頼のできる手練れが?」
自ら悪手と切り捨てていたのに、シスモンドは難しそうな顔で考え込んでしまった。
これが合理的判断の結果なら理由もあるはずだし、そうであるなら非常に厄介といえる。……つまりは特殊個体頼りで。
「単純に、勝つならこれしか手が無えからじゃ? もう奴らは野戦で一発逆転するよかねえんですから」
この期に及んで勝ちを前提なんてリゥパーは頼もしいというか……少し問題ありというべきかだ。
「小官なら東と西の拠点――元ベック族の村と元ルギ族の村は焼き払って、真ん中の村――元クラウゼの村に全員で立て籠もりますけどねぇ」
さらに前以て非戦闘員を逃がしておき、相手が音を上げるまでの我慢比べに持ち込むという。
ちなみにフォコンは折衷案というか――三つの村へ分散しての立て籠もりと読んでいた。
反対者の説得や焼き払いの作業に時間が要るので、戦力集中は難しいという読みだ。
そして相手の選択は一縷の望みを託して野戦を挑みつつ、残りが三か所へ分散……に思える。
もっとも中途半端だ。衆兵を前に、寡兵がさらに兵力分散は。
各個撃破の好機だけど、乗るべき? なにも罠はない?
「騎士ティグレ! 敵は野戦を挑んできました。騎兵にて――」
さすがに言い淀んでしまった。自重して黙っておくべき?
「若様?」
「……うちの人達には話したと思うけど、この戦争は短期に……そして華々しい戦果と共に終わらせたい。それこそ何年も語り草になるような、ね。
繰り返します! 騎士ティグレ! 敵先遣隊を殲滅せしめよ!
ただし、弓兵との連携を強く意識すること。また投降者の殺害は、堅く禁じる」
「御下命、しかと承りました!」
嗚呼ぁッ! 超嬉しそうにニヤリと笑い返されちゃったッ! 嫌な予感しかしないッ!
うちの騎士達に発破を掛けちゃうとか……僕は取り返しのつかない過ちを犯してしまったのでは!?




