受け継がれしもの
しかし、ガイウスが帰国してからも、来訪者は途切れなかった。もう本当に千客万来で困ってしまう。
正直、内向きのことで手間取ってる暇はないのに……。
いまごろ西部では王太子が、同盟家系を食い荒らしていることだろう。
こちらとしては対抗して東部へ赴き、王太子派を調略し返してやりたい。……それでフィリップ王を利することになってもだ。
いや、徐々に重荷おろしが世紀の愚策と判明しつつある。多少なら問題はないか?
やはりというか東部と南部は金融恐慌へ――有力商人の破産を端に、しばらくは収拾のつきそうにない大混乱へ陥っている。
……これで僕の発言力が強まったほどだし。
そもそも北部は王への抗議として、さらにはドゥリトルへの配慮で重荷おろしの実施を延期していた。
しかし、この分では実施も見合わせるだろう。やらなければ重荷おろしの実害は被らないで済む。
……代わりに北部と西部には「戦時出費をいかに穴埋めするか?」という宿題が残されるけれど。
ここにきて古代大帝国の圧倒的アドバンテージを思い知らされた。
停戦――引き分けなのだから、帝国だって赤字のはずだ。むしろ出征側な分だけ、ガリアより戦費は嵩んだかもしれない。
しかし、帝国は次に勝てばよかった。それで全てがチャラとなる。
出征を何回失敗しようとも、ただ一度の成功で採算が取れてしまう。
だが、被征服側――ガリアは違った。
負けは終わりに等しく、失地回復も尋常ならざる苦難の道だ。
それでいて勝っても死を免れただけ。なに一つとして好転はしてない。
もしかしたら王太子は現状までを見越して、盤面を「次に勝てばチャラ」とするつもりだった?
だが、そうだとするとフィリップ王を生贄に捧げたも同然となる。さすがに人の心が無さ過ぎだろう。
また統一戦争を起こし、さらには勝利を得る為に……自ら祖国を割って?
自作自演も甚だしいけれど、ガリア再建策として『なし』でもない? さすがに穿ち過ぎか?
踏まえるとフィリップ王へ接近は、ある理由で思わしくなかった。
開き直ったら王太子が、二極化を容認しかねないからだ。
負債だらけの無能な味方を押し付けられるのは、絶対に避けねばならない。
かといって王太子との共闘も、なんだかゾッとしないけれど。
まあ結局は、三つ巴な現状を維持するか、それとも何れかと手を結ぶか……あるいは全く別の選択かだ。
しかし、どれを選ぶにせよ、情報と人手が足りなかった。
……弁の立つ外交官さえいれば! できれば信頼を寄せれて、ある程度は任せられる人材が。
なんといっても現状は外へ介入すべき局面で、客を迎えて干渉されてる場合じゃない。
僕が身動き取れないのなら、せめて代理人を派遣しないと! それも早急に!
そんな事情など与り知らぬ若きアキテヌ侯キャストーは、伏して許しを乞い求めてきた。
「ドゥリトル候レオン殿に賜りし御厚情! 命ある内に必ずや御恩を返さねば! それだけを思うて、生き恥を耐え忍んでおりまする!」
慌てて一段――謁見の間で領主座を据えた一段高くしたフロアから降りる。
「キャストー殿、リュカめごとき若輩者に跪いてはなりませぬ」
「だが、俺は口下手ゆえ、いかに心情を伝えればよいのか分からぬのだ」
なんとなく差し出した感だった両手をガッチリと掴み、切々と訴えかけてくる。
人目を憚らずキャストーは号泣していた。円らで大きな瞳から零れる大粒の涙を拭いすらしない。
もう育ちの良さが開けっ広げに伝わってきて、こちらが恥ずかしくなってくるほどだ。
そもそも謁見の間の空気は、けっしてキャストーを歓迎していなかった。
事情が許した騎士という騎士が領内中から集まっていて、なんと入りきれない者達が廊下へはみ出してるほどだ。
そんな一触触発、下手をすれば生きては帰れぬ状況で、ただ真摯に飾らない気持ちを吐露する。
見た目通りに裏表がない正直者なのだろう、キャストーは。
父上が助力した理由は、もちろん盟約が求めたからだろうけど……この人柄を惜しんだのもありそうだ。
「なんでも御命じ下され! もし御名代が、我が身を剣に投げよと仰れば、いますぐにでも御覧に入れよう!」
「いえ、キャストー殿……それでは我が父レオンの志を違えてしまいます。
盟友なれば、互いに窮地で助け合うが当然というもの。キャストー殿の誠意には、却って恐縮してしまうほどで……
――騎士ボラック、キャストー殿を御案内、そして兵を纏めての帰国、御苦労でした。我が父レオンに成り代わり礼を申します」
話題を変えるべく、そして機先も制したかったので、数歩下がっていたボラックへ言葉を掛けるも……さらに深く平伏してしまった。
拙い。完全に自らを敗軍の将と準えて?
「ボラック? 僕は名代として、また領主レオンの子として、御身に感謝しておるのです。ドゥリトル家は、必ずや忠勤に勲を以て報いましょう」
強く肩を揺すぶって、真正面から目を合わせる。……信じてくれたか?
それから謁見の間を――詰めかけた騎士達を見渡す。
「この沙汰に意義ある者は、身分の上下を問わず申し出よ!
だが、騎士ボラックは、我が父レオンの意に沿うたまでのこと。その献身に罪科などあろうはずもない。
なにより、この場に父上がおられれば、共に戦った友軍を責め立てぬはず」
「仰る通りです、吾子。我が背レオンの名に懸けて、騎士ボラックの名誉は守られましょう」
母上の援護射撃もあって、少しだけ場の緊張は緩み始めた。
どうやら大敗北――ドゥリトル的には負け戦だろう――の責任を、ボラック一人へ背負わせず済みそうだ。
「名に負う『ドゥリトルの友誼』に、このキャストーめも感涙を禁じ得ませぬ!」
……って、また泣き出したよ、この人。
しかし、ただ感想を述べたかった訳でもないらしく、なにやら大事そうに布包みを解き始めていた。
贈り物なら、後にして欲しいのだけど――
「盟友レオン殿より、御世継たるリュカ殿へ、預かり受けしものが」
包み布の上へ載せるようにして、一振りの剣が差し出された。
「……若様、御屋形様の佩剣に――青光りに相違ございませぬ」
一目で素性を見抜いたウルスが教えてくれる。
「レオン殿は――御父上は『為すべきを為せ』と御言葉も」
なぜか僕にも幻視えた。船上の父上が微笑まれながら、袂を分かつキャストーに青光りを預ける姿が。
否やがあるはずもない。ただ粛々と家伝の宝剣を押し戴く。
「確かに、承りました」
ふと思い立ち、鞘を払って青光りを天窓へ掲げる。
刃毀れ一つない黄金色の青銅剣は、射し込む陽光を眩しいほどに照り返す。
でも、輝きは僅かに青味がかって? なるほど青光りの銘は、これが由来か。
俄かに大きな物音が――謁見の間へ入りきれないほどに詰めかけた騎士達が、一斉に跪く音が重なる。
正直、見誤っていた。謁見の間で後継が家伝の宝剣を授かるという意味を。
もはや家中に僕の権威を疑う者はいまい。この青銅剣は、実だけでなく名も重過ぎるほどだ。
でも、これは父上が御助力して下さったと考えるべき?
「父上は、不運にも囚われの身となりました。
しかし、すでに解放を求め、帝国と交渉を開始しております」
新たな情報にざわめきが起こるも、それを手で制して続ける。
「王との対立を招きかねない手順を、問題に思う者もいることでしょう。
また西部における王太子殿下の不穏な動きも、看過しかねます。
この瞬間にも北の従兄弟共は、虎視眈々と機会を窺っているに違いありません。
いまやドゥリトルは、四面楚歌も同然な窮地にあります!
この預かり受けし青光りに懸けて、いまこそ騎士諸卿に求めましょう! 剣の誓いを果たされる時がきたのです!」
感極まった若手の騎士達が立ち上がり、思いおもいに叫びだす。
「ドゥリトル万歳」とか「御屋形様の御帰還を果たそうぞ!」などと、まあ好意的な内容を。
やや遅れて年嵩の騎士達も立ち上がり、拳を突き上げて賛同を示してくれた。
どうやら御眼鏡に適ったらしい。世継かつ名代として。
とりあえずドゥリトルの空中分解は回避できた……と思う。あとに残るは、それこそ外への干渉か。
次こそ外交に着手を――




