予兆
「しかし、どうしてトリストン達にもお話を? 秘匿されるおつもりなら、知らせない方が良かったのでは?」
さすがに皆の知恵袋というか――悪巧みの参謀役なルーバンは、細かいことによく気が付く。
「いや計画を凍結といっても技術研究は続けるつもりなんだ。
今後は金鵞城の軍団から信用できるメンバーを選抜して、いざという時――もう使うしかなくなった時に備えておきたい」
使わないのが最適解ではある。
しかし、数年後も――硝石の供給が整った後も、同じとは決まってない。
前世史の様にヨーロッパが細分化しての戦国時代へ突入するかもしれないし――
逆にドゥリトルが帝国に匹敵する一大勢力へ発展の可能性だってある。
それに技術を盗まれても悪用可能な勢力がいない、または自分達こそ最大限の利益を享受できるのなら、本格的な銃士隊の運用も選択肢と成り得た。
……どちらの場合でも、世界に覇を唱えることになりそうだけど。
しかし、帝国と伍する勢力にまで膨れ上がってしまったら……もうビゾントン帝国とペルシア帝国の両方を討ち果たすしかないだろう。
それで初めて平和が訪れる。ローマ帝国の最盛期を超える大帝国に統合されて。
ヨーロッパが戦国時代へ突入しても同じだ。
似たような勢力で相食み続ければ、全員が疲弊しきるのは目に見えている。
かといって火の粉を振り払い続けていれば、いずれは一大勢力へならざるを得ず……その場合も帝国との戦いへ?
……どうしてだろう? なぜか戦乱の呼び声しか聞こえない……。
「その厳選したメンバーとやらが裏切ったら……どうなさるおつもりで?」
「トリスタンやジナダンが――さらには二人が選んだ人達が、ってこと?
いや、あり得ないでしょ、そんなこと。それに、そうなったら……――
大人しく諦めるよ。二人に裏切られるなんて、僕が悪いんだろうから、きっと」
意地悪なルーバンの物言いに、半ば混ぜっ返したつもりだったのに……どうしてかトリストンとジナダンは、その場へ跪いて!?
「御信頼へは、一命を以てお応えしたく!」
「我ら一同、永久の忠誠を捧げる所存で!」
……ちと大袈裟ではなかろうか?
僕としては義兄さん達と変わらぬ信頼という話なんだけど、なぜか二人のスイッチをゴリゴリと押してしまったらしい。
そしてポンピオヌス君は、羨ましがらないで! 君は独立騎士の跡取りでしょ!
「なあ? やっぱり若さんってそのケがあるんちゃうん?」
「そんなこと無い……と思うわ! だって、あの子の名誉の為に秘密だったのだけど――
あの子、乳房が好きなのよ! それも凄く!
どんなに機嫌が悪い時も、母さんが胸を開けて御乳を……――」
「それは御空腹であられたからでは?」
さすがに常識人のグリムさんがツッコミをいれてくれたけど……その拍子に大きなものが揺れ、思わず生唾を呑み込んでしまう。
そしてエステル! はしたないから自分の胸元なんて確認するんじゃありません!
「ダイアナ! それにポンドール嬢! こういう時、淑女なら黙っているべきだろう!」
「なにが淑女よ、偉そうに! さっきから私達をほったらかしで、男の子同士でイチャイチャと……真の紳士こそ、淑女を蔑ろにしないものでしょ!」
「私は……男の子達が無防備にワチャワチャされていて眼福としか――」
「そこまで! もうグリムは黙っときぃ。可哀想に……皆、顔を真っ赤にしてはるやないか」
最近の僕らは、女の子達の前だと借りてきた猫も同然だった。……多少は耐性があるのも僕とサム義兄さんぐらいだし。
どうして十代の男の子は、女の子に弱くなってしまうの!?
え? お前は違うだろ? 少なくとも精神的にはオッサンじゃないかって?
でも、ドキドキするの! 女の子が近くに寄ってきたりすると! 悲しいことに身体はピチピチの十代なんじゃよ!
ダイ義姉さんやエステルでもヤバい時があるのに、ポンドールやグリムさんとか無警戒にスキンシップとか平気らしくて、僕は……僕は、もう……――
「まあウチらにも黙っている様にと。そういうことでしゃろ?」
「うん。皆が秘密を漏らして歩くとは考えてもいないけど……あれは部外者に知らせたい情報ではないと、きちんと分っていて欲しかったんだ。
知っていると悟られるのも駄目だよ? その知識を狙われたら、普通に危ない」
幸いにもドゥリトルで銃を見知っている者――その真価までもを知り得るのは、この場にいる十二人だけだった。
そして身体で威力を思い知った者は、誰も彼もが黄泉の住人となったし……見たかもしれない者達にも、いずれは口を閉ざしてもらう。
まだ訊くべきことが残っていて未処理だけど、そう遠くない将来には必ず。
「それは俺も、ってことかい、若様?」
「ゲイル! お偉い方が話されてたら平民は黙っているもんだ!
――すいやせん、まだ礼儀が理解できてねぇもので……」
「ああ、いいよ、そういう堅苦しいの。……まあ僕以外の人の時は、礼儀?的なのを弁えた方がいいかもだけど。
それに秘密を守るべきというか……二人は銃の現物を作れちゃうんだから、技術者として価値が計り知れないレベルなんだよ? もう少し危機感を持って!」
しかし、僕の忠告にジュゼッペとゲイルの子弟コンピは怪訝顔だ。
これで二人は後世の偉人候補なんだから驚く他がない。
ジュゼッペの制作物は、きっと本人発案と誤解されるだろうから……もうダ・ヴィンチに匹敵レベルな扱いだろう。
その弟子なゲイルだって、サライのように逸話が残りそうだし。
嗚呼、幻視える! 『謎の天才ジュゼッペの生涯に迫る』とかテレビで不思議に世界を発見されてるのが!
「よく分からなかったけど黙っていろっていうなら、もちろん黙るぜ。
でも、これを賃金交渉のチャンスと考えるのは、お許し下さるだろ?」
「もちろんだよ。増額分は聖母様へ渡しておく。……期待してもいいよ」
にこやかな雇い主の承諾に、なぜかゲイルは顔を青くした。
この不良少年は、なんだかんだで悪に徹しきれない。きっと悪ぶりたいだけで、性根は真っ直ぐだからだろう。
哀れに思ったのかジュゼッペが、親方の拳骨で叱りつける。
「それじゃ若様? 制作中の品物は、トリスタンさんとジナダンさんへ引き渡せば?」
そう指し示されたのは、わざわざ持ってきたのか研究途中な色々だった。
鉄で作ったレンコンみたいなのは、回転式拳銃の回転弾倉だ。……薬莢も兼ねた珍品の。
前世史の最先端技術を参考に造られた――火薬そのもので薬莢を成型した薬莢無し弾などは、銃マニアでも首を捻ることだろう。
それに小銃ではなく、携帯を念頭に置いた拳銃などもある。
「引き続きジュゼッペの管理下で。二人には試作を続けて貰わなきゃ困るし。
でも、そうだね……地下の射撃場からは、持ち出しを禁止にしておこう。
……あの場所の管理とかも、トリスタンとジナダンに一任するようかな」
期せずしてドゥリトル城の地下は、半分が暗部となってしまった。……残り半分も拷問室と特別な牢屋だし、ほぼ全部か。
「って! ステラ! そんなもの弄ったらいけません! めっ、だよ!」
気付けば拳銃を興味津々なエステルが玩んでいて、思わず叱り飛ばしてしまった。
しかし、怒られるとは予想もしていなかったらしく、頬を膨らませる。
「やっ!」
「やっ、て……ステラ……それは本当に危ないんだから、そんな風に遊んじゃいけないの! なにか玩具が欲しいのなら別に、もっとステラ向きのを――」
「本当、義兄さん!? 約束してくれる?」
「もちろんだよ、ステラ! これまで僕が嘘を吐いたことがあるかい?」
……どうしてかエステルは難しい顔で考え始めてしまった!
それへ他の女の子達も同調するし!? なぜに!?
「御愉しみなところ申し訳ないのですが、御用意された方が良さそうです、若様」
いまのが楽しそうに見えたの、ルーバンには?
しかし、その不満をぶつけるのより、既視感のある姿――窓から様子を窺う姿に警戒を覚えてしまう。
「どうしたの? また騎士ルーが謀反でも?」
「謀反だけは、絶対になさそうです。
御仕着せの白で縁取った青のチュニックに赤のマント――来客は王の軍団兵なようですから。おそらく王都からの使者でしょう、あれは」




