事後分析
実のところ砦と城――というよりも軍事拠点と都市では、全く攻略の難易度が違ったりする。
例えばドゥリトルを攻める場合、まず都市部を敵軍は抜けねばならない。
そして下町と城下町を合わせると、ざっくり九千人ほどの住人が居る。
この四分の一前後が十五歳から四十五歳の男で、さらに半分としても……なんと千人超の民兵と見做せた。
城へ迫り寄るだけで、少なくとも同数以上の戦力が必要だ。
その上、城には本職の騎士や兵士達も別にいる。当然、必要な兵数もさらに増えてしまう。
踏まえると都市に隣接した城は、大軍を率いて攻め込まねば落とせなかった。
そして大軍になってしまうと奇襲も難しくなり、相手に対応の時間を与えてしまう。
だが一部の砦は、事情が異なっていた。
軍事的な都合だけで建設され、街や村としては不適当な立地の場合すらある。
金鵞城はうち捨てられていたほどで、当然に城下町など無いというか、いまのところ非戦闘員に至るまで全員を収容している。
それだけスペースも余っているし、べつに城中へ入れない理由も無いからだ。
ただ、そのような砦は孤立する。
金鵞城であれば、深い森の海にポツンとある丘の上へ、唐突に建てられている感じだ。
いや、そもそもは昔の軍事的な中継地点に過ぎず、いま現在だって硝石丘の為に人里から離れた結果だけど……――
敵勢力にしてみれば、いきなり城壁まで忍び寄れてしまう。
また仮面を脱いだ騎士ルーは、その見た目に反して手堅い性格だったらしく、砦落しの常道を守った。
まず砦の攻略に先駆けて、少しでもいいから敵兵を外へ追い出さねばならない。籠られたら面倒なことになるからだ。
そこで現役の騎士という肩書を利用し、本物の伝令に虚報を持たせた。「ラクスサルスに出陣されたし」と。
あの苦笑いを誘った作り話すら――騎士ビィレツが功に焦って勇み足という説明すら、むしろ逆に警戒を緩めるのに一役買っていた。
……作り話と断じるには、あまりに馬鹿々々しかったからだ。
そして出陣したトリストンやジナダン達――軍団兵とベック族は、騙されたと知って急ぎ戻ったものの、帰還を果たすまでに数日を要した。
しかし、その数日の不在で十分だ。金鵞城を攻め落とすのには。
さらには自分自身が潜入し、陽動に火まで放っている。
砦や城を落とすには内側から城門を開けさせるか、取り囲んで干上がらせるのがベストだ。無理攻めは、最悪で最後の手段でしかない。
その鉄則を守ったのだから、戦術的には大正解だろう。
しかも破落戸が二、三十名、騎士ルーの手下が二十名弱と――総勢五十名にも満たない戦力で、見事に陥落せしめている。
史実には、もっと少数で城や砦を落とした例も散見できるけど……それらに勝るとも劣らぬ大成功だ。
しかし、この評価も戦術レベルに限定される。戦略レベルでは首を捻らざるを得ない。
なにより『戦略目的』が不明瞭だ。
そもそも戦略拠点としての価値が金鵞城にない。
現状、拠点として運用し続けられるのはドゥリトルだけな上、そのドゥリトルですら不要と放棄していた。
なにより再建した僕自身ですら、戦略拠点とは見做していない。
第二の研究所であり、糞尿の集積場かつ硝石丘、反射炉の設置場所、常設軍の――トリストンやジナダン、ベック族の本拠地で……つまるところ城にあった秘密基地の別館だ。
確かに壊されたり、奪われたりしたら困るけど……機密狙いなら他の方法があるだろうし、そこまでの確信は得れてないはずだ。
もちろん要人テロや暗殺は警戒すべきだったけれど、狙いが僕では貫目が足りないように思える。
あくまでも何人かいる北方諸侯のうち一人。さらには、まだ後継者に過ぎない。
突き詰めてしまえば僕を亡き者としても、その穴を埋める方法は幾らでもある。致命傷とは成り得なかった。
さすがに従叔父のランボは難しそうだけど、従妹叔母のシャーロットに婿を迎えてもいい。
さらなる遠縁から養子縁組も選択肢の内だし、まだ弟や妹が生まれる可能性だってある。
……相続が危ぶまれると政争の危機な分だけ、その回避手段も潤沢だ。
もっとノーリスクでなら検討の余地はあるかもだけど、今回のような多大な犠牲を払ってでは……――
なんというか妙だし、らしくない気がする。
というのも騎士ルーが、僕の想像をはるかに超えて有能だったからだ。
顔だけが取り柄で、貧乏籤を押し付けられがちな若手に見えて……その隠していた本性は、ガチガチの武闘派だった。
もう自身の武勇だけでなく、統率力や作戦立案能力も及第点以上が確実だ。
そして無理筋にも近い任務を長年に渡り果たす精神力!
ドゥリトルで偽りの家臣として過ごした年月は、下手したら十年以上となる。
生半可な忠誠心では心が折れるか、どこかで破綻するか、露見でもしてしまうかだろう。
もう値千金に勝る、真に得難い人材といえた。……細目でないのが不思議なくらいだ。
これは世界各地の戦国時代で暗殺の成り立たなかった反証か。
全く割に合わないのだろう。暗殺などという一か八かの博打で、敵対勢力の中枢へ入り込めた人材を浪費するのは。
かといって、それぐらいの身分でなければ要人に近づけすらしない。
可能な状況下では人的損害が大きすぎるし、それを軽視できる場合は不可能だ。
もう僕で例えれば、王に仕える騎士として義兄さんを送り込めたのにも等しい。
詳しい内情が確実に入手できるだけで十分以上、慎重にやればノーリスクで何度でも妨害工策などが可能だ。
それなのに代わりがいる相手の暗殺を挑ませてしまう。それも成功失敗に関わらず撤退前提で。
絶対に帳尻は合わないし、ナンセンスの極みだ。
百歩譲っても狙うのなら、歴史に名を残すような大英雄で、それも現役の当主な場合に限る。
それですら命懸けとなる現場の人間は、最後まで納得いかないはずだ。
ましてや見込みのある後継ぎ狙い――リスクに対し極端にリターンが見込めないのなら尚更で。
一体全体、なぜに王太子陣営は焦っているんだろう?
敵勢力に騎士と登用されたほどの人材に、その立場や命を賭けさせた理由は?
などと僕は、トリストンとジナダンを相手に見解を披露していた。
襲撃から数日後、それもドゥリトルへ戻ってからのことだ。
しかし、僕としては可能な限り客観的に意見を述べたのに、なぜか二人は言葉に詰まってしまった。
二人して冷や汗を流しながら、しきりに目配せしあってるし!
「そ、その……裏切者にも理屈はあったと申しますか……」
「彼の者も、その先見だけは褒めてやるべきかと……」
なんだか歯切れが悪い。
もしかして敵の策略に釣られたと、まだ自分達を責めているのかな?
「いや、皆が出陣したのは問題ないんだよ? 誰よりも僕自身が承認したし?
あの時点でルーの送った伝令は、正式な手続きを踏んだものだったからね。
むしろ訳もなく無視したり、独自の判断をされる方が困っちゃうよ」
これは命令系統の基本原則だし、『命令に従った兵卒を絶対に罰しない』という鉄の掟でもある。
「ですが、事実の確認を先にすれば……」
「ラクスサルスの様子を調べさせるだけでも……」
どうやら藪蛇だったらしい。また二人は落ち込んでしまった。
確かに早馬を送っていれば、確認も取れただろう。
だが、それを相手が警戒しているかどうかは別の話だし、援軍の出陣も確実に遅れる。
……こんな場合に正解を選べるかどうかなんて、もう運や才能の領域なんじゃないだろうか?
「ちと弄り過ぎでは、若様? 放って置けば、ちゃんと二人は反省しますよ。
――お前らも慣れろ! リュカ様は、こういう方なんだよ!
これからは親衛隊として侍るんだろ? そう心得ちまうしかないぞ?」
黙って様子を見ていたはずのルーバンが、暴言すれすれのアドバイスを口にした。
それへ余計なお世話だとばかりにトリストンとジナダンは、下品なハンドサインと舌だしで応じる。
……候補生崩れである二人は、義兄さん世代の従士達と微妙なようだ。
「でも、俺は騎士ルーに指摘されて気が付いたよ。ルーの動機に納得できないのは、正直いってリュカの短所だと思う。
リュカは自分で思っているより、ずっと凄いし……皆も頼りにしてるんだよ?」
義兄さん!? そういのは『ネタにマジレス』とか『ボケ殺し』といって……ルールで禁止されてるんだよ!?
不覚にも顔が赤くなりかけたところへ――
「ですが奥ゆかしいところも、リュカ様の美徳にございまする」
とポンピオヌス君も悪ノリしてくるし!
『褒め殺し』とか悪辣な! 皆して、どこで覚えてきたの!?
「ば、馬鹿なことばかり言ってないで、本題! 本題に入るよ!
今日は、それについて話しておきたいから、皆を集めたんだから!」
手持無沙汰に義兄さん達が弄っていた銃を指し示し、強引に話題を変えてしまう。




