コラテラルダメージの決定
とにもかくにもと城へ戻るも、シスモンドに引き留められた。
「御曹司、少しばかり御時間を頂きたく」
なぜに筆頭百人長がメッセンジャーと不思議だったものの、どうやら話があったらしい。
「急ぎ……なんだろうね。着替えながらでも良い?」
ようやく仕立て上がった梳毛に袖を通しながら応じる。
「……なんなんですかい、その……うーん……テカテカした布は?」
「梳毛だよ。そのうち領地の名産物にするつもり。シスモンドも仕立ててみるかい? 安くしてあげるよ?」
「こんな時は、御下賜していただける流れじゃ?」
「……僕のお古で良ければ下げ渡そうか?」
「とんでもねえです! 俺が若様のお古なんて! それこそつんつるてんに!」
しかし、シスモンドは固辞したものの、サイズが合っていたら喜んで受けとったかもしれない。
意外なことに梳毛は、身分の高い紳士たちが興味津々だった。これは戦装束に拘るからか?
まあ、そのうち一匹かそこいら贈っておこう。このビジネス問題人物に賄賂が通用するなら、それだけで儲けものだ。
「で、話って?」
気を利かせた女官が捧げ持つ鏡で、身嗜みを検めつつ訊ねる。
仕立てが良く肌触りも良さそう、しかし、その素性は謎という……見た目のインパクトはバッチリだ。
次いで女官達へ下がるよう仕草で伝える。どうやら筆頭百人長は、内密の話がしたいらしい。
「これで良いかい?」
「ありがとうございます。実のところ、また総大将の人選が悩ましいんでさぁ」
「うん? 僕じゃ拙いの?」
「今回も御親征を?」
指摘されて初めて気が付いた。僕が出陣する必要性はない! ……いや、それともある?
「戦場こそ違えますが、今回は前回の焼き直し……どころか筋道が作られてあるだけ、政略的な厄介ごとは無えように思えます。都合が良いことに?口煩そうなスペリティオは当事者ですし」
それはそうかもしれなかった。
前回の借りがあるフィクス領は、それ相応の誠意を見せるだろう。
いよいよ明日は我が身となったゼッション領も、この共闘体制こそが命綱となりつつある。
そして当事者なスペリティオ領は、否応なく頑張るしかない。
また言い出しっぺのドゥリトル領だって、不参加とはいかなかった。
「……ふむ。どこも数は揃えてくるだろうし……確認してみなきゃだけど、まあ戦力は足りる? その為の早期に援軍を送る戦略だし?」
「若様に特別な腹案でもなけりゃ、誰が率いても同じかと。戦後処理も前回に倣うことになるでしょうし」
ただ、誰でも可能といっても、目ぼしい将官は帝国と戦争中だ。
そしてシスモンドは総大将にはなりたがらないから、消去法で前年の副将だった――
「タウルスに頼むようかな?」
「それでも問題ねえです。タウルス殿なら十二分の才覚と実績をお持ちですし」
……なるほど。ここまでが話の枕で、本題はこれからだったらしい。
「推薦したい人でも居るの?」
「御理解が早くて助かりますぜ。騎士ティグレ、騎士フォコン、騎士リゥパー……あの辺りから――若い世代からの登用を。なかでも一番に推薦したいのは、騎士ティグレですね」
「その三人からだとフォコンは駄目。従士のポンピオヌス君を城から遠くへは行かせられない」
反射的に応じつつも、かなりギクリときていた。
「あの坊やだって武家の後継ぎですぜ? いつまでも過保護に扱えば……むしろ水をやり過ぎて草花を枯らすが如くになっちまいますよ?」
「その通りだけど! だからって数えで十にも満たない子を戦場へなんて早過ぎるよ! なんかこう……もっと……その……紛れの起こり難い時に……――」
しかし、シスモンドの批判的な視線に、そこまでしか続けられなかった。
「ポンピオヌス君についての提言は聞き入れるよ。でも、今回は駄目!」
「御理解いただけると信じてましたぜ」
してやったりのドヤ顔が気に触る。シスモンドは有能かもしれないけど、宮仕えの才能に恵まれなさすぎだ。
「信頼に応えられて、なによりだよ! それよりティグレを推す理由を聞きたい」
「まず俺やタウルス殿なんかは、どこまでいっても御屋形様に――若様の御父上に忠誠を誓った配下ってことです」
「そりゃそうでしょ。僕の直属なんて、まだ金鵞城の子達だけだよ」
「あの坊主どもについても申し上げてえことはありますが、まあ後にしましょう。
問題なのは将来に代替わりされた後も――先々に若様が御当主に成られても、俺らは『先代からの家臣』なことでさぁ」
「どういうこと?」
「もちろん継承の折には、全員が忠誠を誓い直します。しかし、そうしたところで『先代からの家臣』のまま変わりません。このままだとティグレ殿やフォコン殿、リゥパー殿……そして同じ世代の騎士全員もです。
そして『若様の家臣』っていうのは、従士サムソンと同世代からになるかと。また、その子らが一人前になるにも、あと十年は掛かるでしょう。……少なく見積もって、で」
なんとなく言わんとしてることが分かってきた。
あまり良くないことだけど、世代的派閥が出来てしまうことも珍しくなかった。ごく稀に滅亡の遠因となることすらある。
「いまから重用することで年上の騎士世代にも影響力を持てってこと?」
「明け透けに申し上げれば、その通りですし――
騎士ティグレや従士サムソンを飼殺すは惜しいという老婆心からでもあります」
「そんな訳がないよ! さすがに言い過ぎ!」
「しかし、そうなりつつありますぜ?
確かに騎士ティグレはやっとうが強いようです。その薫陶を受ける従士サムソンも、必ずや長じることでありましょう。
……武将ではなく、若様専属の護衛として」
一言も反論できなかった。
なにより拙いのが、それでも問題は起きないことか。
君主や後継の護衛官という職務は、決して軽んじられたりはしない。むしろ忠誠や武勇が認められてこそだ。
しかし、騎士本来の――武将の務めではない。
僕専属の護衛としてティグレや義兄さんを登用し続ければ、いずれは誰もが二人を武将とは考えなくなる。……必要なだけのキャリアも積めないだろうし。
「筆頭百人長に感謝を。取り返しのつかない間違いをするところだった」
「いえいえ。諫言を申し上げるのも、給料の内ですから。……どうしてか偉い人は御認めになられねえんですけど」
この余計な一言だろう。周りからの評価に但し書きがつけられちゃうのは。
「僕に随行してるからじゃなく、僕とは別行動の時に、若手騎士としては大抜擢な総大将へ?」
「ですね。さすがにティグレ殿の年齢で総大将は、やや早めですから……これは若様の肝煎りと、すぐに察してもらえるでしょう。騎士の人達は、あれで政治的な生き物ですし」
「……そうなの? あとは副将にフォコン……うーん……いや、やっぱりポンピオヌス君に初陣は、早いと思うんだよね。妙な忖度とかじゃなくて。今回はリゥパーに頼もう」
それなら従士ルーバンも一緒だし、なにかの折に義兄さんを助けてくれるかもしれない。
「ただ蛮族を追い返す。それも他所の領地で、ですぜ? 危なくなったら逃げちまえば良いんですから、そう御心配なられずとも」
「その『逃げを選べる』かどうかが、心配なんだよ。もちろん副将として若手騎士を補佐してくれるよね?」
おどけて肩を竦めて返してきたけど、たぶん織り込み済みだろう。
まあ、抜け目のない幕僚長を手配できたのだから、良しとするべきか。
「あとベック族に助勢を頼みたいですし……金鵞城の坊主ども――若様の手勢もお借りしたいですね」
なるほど。まだまだ本命が残っていたのか。さすがのビジネス問題人物だ。
「ベック族? 僕がいないのに大丈夫?」
「逆ですぜ。若様の旗下でなくともベック族は遠征へ出る。それはお互いの為に必要な証拠立てなんでさぁ」
……そうなる……のかな?
そもそもベック族の反乱だとか裏切りなんてのは、非常に考えにくかった。
ほとんどがドゥリトルの領民扱いになったといっても、感情的には同じベック族のままで……つまりは人質と見做せてしまうからだ。
むしろ、武勲を立てて役立つところを知らしめたいまである?
「僕の言うことしか聞かないなんて思われたら、色々と困るしね。それに族長アンヲルフは誇りを知る方だし、まず大丈夫か。
でも、トリストンやジナダン達の初陣かぁ……」
「坊主どもを樵や大工にするのでなければ、もう戦場を経験させとくべきですぜ? あいつらは兵士として生きるって決めたんですから。
それに俺だって何人か紹介しているんです。他人事だと思って無責任なこと言っている訳じゃねーですよ?」
確かに教官役として何名かの退役軍人の他、元徴用兵からも兵士として推薦を受けている。
ほとんどが戦争の狂気から日常へ馴染めなくなり、もはや戦場で生きるしかなくなった哀しい境遇だ。……彼らには軍隊こそが帰るべき家か。
そんな事情もあり、もはや金鵞城の軍団は素人や新兵の集まりではなかった。
適切な経験者に訓練を施され、十分な数とはいえないが古参兵も混ざり、その士気も高まり続けている。
……初陣には頃合いか。どのみち誰もが、最初を体験せねばならない。
「ドゥリトルの台所事情も関係してるんですぜ?
予備兵が二百、ベック族が百、金鵞城から百で四百。少し足りない分は傭兵を募ってみることにして四、五百を用立てられます。それも早急に出立可能な軍として」
北方防衛構想としては、ほぼ初期のアイデアに近い。運用しない理由が無かった。
しかし、それはそれとして、やられっぱなしは悔しいので仕返しをしておく。
「よし! 筆頭百人長は要請通り、幕僚長へ捻じ込んで見せよう! それこそ僕の権限を盾にしてでも!」
「ちょっ!? 待って下さい、若様! そこまでしなくても!? 反対が多いようなら、御目付け役はタウルス殿でも!?」
「いやいや! 今回は何があっても押し通す!」
「お、俺はッ!? 俺はウルスに引っ付いてたら、いつの間にか出世しちまっただけで……それこそ典型的な御屋形様の家来というか又者で……――」
察したシスモンドは、目を白黒させていた。これだから賢い奴を罠にかけるのは楽しい!
精一杯に背伸びをし、肩へ手を置いて囁く。
「だからだよ! だからなんだ、シスモンド!
そんな『先代からの家臣』を、僕が無理矢理にでも推せば……皆も『僕の肝煎り』と気付くよね? 騎士は政治的な生き物なんだし?
そういう訳で僕の代でも変わらぬ忠勤、期待しているから!」
やられたと呻くシスモンドの表情を見て、やっと少しだけ溜飲も落ちた。




