9話 世の中魔王多くない?
「……クッ……思い出せぬ……そうだ、余には、使命……なにか、やらねばならないことがあったはずだ。それは教育……? 本当にそうか? 誰か、誰かと大事な約束をしたような気がしてならない……」
「あ、ロベルタちゃん、気にしないでね。ワンは時々こうやって格好よく悩むんだよ」
「余知ってるわ。アレでしょ、自分にはすごい力があったり前世があったりそういう感じに思いこみたいお年頃でしょ。余もちょっと前そうだったわ。でもだんだん自分で考えた設定なのか本当にそうだったのかわからなくなってきて、恐くなったからやめちゃったのよ。それより早く余に暗算を教えて」
ロベルタのお部屋はすごいゴージャスで、ものすごいよ。
ベッドとか超ふかふか。
思わずダイブする。
でもロベルタは自分の部屋のベッドなんて好きな時にダイブできるし、あとお勉強の時間だから、ダイブしたのはアリサだけだ。
アリサは初対面の相手の部屋でもぜんぜん気にしないで好きに振る舞えるタイプだったのと、見た目が素朴でかわいいポニーテールの村娘だから、おじさんとかに『いきなり自分のベッドにダイブされる』ことになったら怒るだろうロベルタもそんなに気にしてない。
ロベルタは長い金髪をアリサとおそろいのポニテにしてメガネとかかけてた。
ロベルタお勉強モードだ。
金髪碧眼スレンダー系女子のロベルタが眼鏡かけるとすごく賢そうに見える。
メガネは昔から知力を上げるためのお守りっていう扱いだから、実際にロベルタは思いこみ効果で普段より頭がいいかもしれない。目は別に悪くないよ。
すごく綺麗に整頓された机に、メガネをかけたロベルタが向かってて、机の上には算数とかのテキストがあって、テキストの上にはポメラニアンがいる。
理想的なお勉強環境だ。
「……そうであったな。ロベルタを教育せねば……思い出せぬことを思い出そうとする時間ほど無駄なものはない」
「ワンはいちいち言動が頭よさそうでちょっと恐いわ。余にはよくわかんないけど『ふくみ』を感じる」
「いいかロベルタよ……暗算というのはな、頭の中で計算することなのだ」
「知ってるわ」
「普段、計算は、紙に書いたり、指を折ったりして行なうだろう? それを頭の中でやれば暗算となるのだ」
「…………つまり?」
「頭の中に指を想像して、頭の中の指を折るのだ」
「頭の中に指があるって想像したらすごく恐いわ」
「指はない。しかし、指はあるのだ」
「いつから国語のお勉強になったの? 余がしたいのは算数よ」
「算数をするためには国語が必要なのだ」
「じゃあ国語も余に教えなさいよ」
「わかった」
新しい家庭教師契約が結ばれた。
その時である。
「ろっ、ロベルタ様!」
お部屋のペット用ドアが開いて、そこから猫が出て……出て……
下半身がつっかえてるみたいで、出てこれない。
前脚でバタバタ尻を抜こうとしてるけど無理っぽい。
モッチリ詰まってる。
デブ猫だ。
長毛の金色猫……
「宰相、どうしたの。また太ったの? どうして宰相のモッチリ感はとどまるところを知らないの? またドアを改装させると『もういっそドアなくして出入り自由にしたらよくないッスか?』って工事の人に言われて、このままだと順調に余のお部屋からドアが消えちゃうから、そろそろ痩せてほしいんだけど。余はドアをなくすか宰相に痩せさせるかだったら、宰相に痩せさせる方を選ぶわ」
「臣の体型について今はどうでもいい――犬臭ッ!? なぜ臣と陛下のお部屋に犬臭が!?」
「今日から新しく余の家庭教師になった『ワン』よ」
「臣は犬などと仲良くできませぬ! そ、それに家庭教師!? それは臣の役目では!? 家庭教師の役目を奪われたら、ここに置いてある臣専用の箱に詰まりながらオヤツをちゅーるちゅるする至福の時間がなくなってしまうではありませんか!」
「宰相は痩せるまで余のそば仕えを禁じるわ」
「そんニャ!?」
「それでなんなの、慌てて。オヤツならあげないわよ。そのドアを通れるようになるまで」
「…………世界なんか滅びてしまえばいいのに」
「用事がないなら余はこのまま犬派になるわ」
「それは困ります! よ、用事はあるのです! ま、魔王が! 魔王っぽいのが現れたと、臣が全国に放った密偵から連絡が!」
「宰相すぐ魔王認定するから。今回魔王かもしれないって言って招いたアリサは魔王じゃなかったわ。今、余のベッドで寝息立ててる。えっ、待って、待って。どうして初めて来た余の部屋のベッドでそんなにあっさり眠れるの? 余だけドキドキしてるのおかしいの? あと眠る前にもっとおしゃべりとかおままごととかしないの? 余はどうやって初めてお友達ができた夜を過ごせばいいの?」
「まだ夕方なので夜にはきっと起きます」
「……なら、余も夜に備えて今から眠るべきじゃない?」
「それより魔王が出たんです」
「その話はイヤよ。前に魔王とかなんとかで話し合った時、余はいたずらにストレスをかけられたんだから。余は現状、すでにいっぱいいっぱいよ。アリサが余のベッドで寝てるから、夜とか隣に寝るべきなの? それってどうなの? ちょっと心の距離近くない? ねぇ宰相、余はどうしたらいいかしら?」
「好きにすれば?」
「ねぇワン、どうすればいい?」
「こっちを頼って! 犬なんかに話しかけないで! いるでしょ、臣という猫が!」
「だって宰相が頼りにならないコメントばっかりするから」
「おのれ犬……!」
「逆恨みはしないで。会話ごとに余から宰相への好感度が下がっていくわ」
「では、臣も一生懸命考えます。けれど臣は人間同士の関係性とかまったく興味なくてうまく考えがまとまらない……」
「ワン、どう思う?」
ロベルタが完全に宰相から視線を外した。
もう目の前でハッハッハッと息を荒げる真っ白い小型犬しか見えない感じだ。
たしかにワンのほうが痩せてるし声が頭よさそうだし実際暗算もできるので、頼れそう。
「そうだな……ロベルタよ、余は少女同士の友情についてさほど詳しいとは言えぬが……アリサはいい子だ。それに、君と同じで同世代の友人がいない環境で育った」
「ようするに?」
「アリサは君と仲良くしたいと思っているはずだよ。だからアリサと仲良くしてあげてほしい」
「わかったわ。……初対面で一緒のベッドに寝るとか、大丈夫?」
「まあ少女同士だし大丈夫だろう。アリサは誰の隣でも眠れるし」
「なるほど。ワンは頼りになるわ……」
ロベルタが白く小さな手でワンの頭をなでた。
テーブルオンザポメラニアンと化したワンの毛並みはふさふさで綺麗でモフモフで筋肉? 骨? とにかく硬めの感触が毛の下には感じられて非常にスマートで非常によい。
「陛下! 陛下ァ!」
「……あら宰相、そういえば詰まっていたわね。メイドを呼んで宰相をペット用ドアから抜いてもらわなくちゃ」
「臣はお役に立つ情報を持ってきたんです! 犬なんかなでないで! 臣がいる! そんな痩せた犬よりモッチリした臣の感触がいいでしょう!?」
「うーん、なんていうの? 飽きた?」
「ハフン!?」
「あとね、宰相……物事には限度があるわ。この四年、宰相はどんどん大きくなっていっている……このペースで大きくなっていったら、たぶん二十年後とかには余のお城が宰相でミッチリしちゃうわよ。城をまとった巨大猫と化すわよ、宰相」
「臣は猫なのでそんなに生きないです」
「あきらめないで。人間なら二十年は余裕よ。元内務大臣のおじいちゃんだって七十歳とか八十歳とかそのへんだったじゃない。余が死ぬまで一緒にいましょう」
「猫と人には超えられぬ壁があるのです」
「まあとにかく痩せて。あと空席の内務大臣をワンにするわ。今決めたの」
「それはいいですけど、とにかく臣の持ってきたお役立ち情報を聞いてから、オヤツの量を決めていただきたい」
「魔王の話はストレスが強いから余は聞きたくないわ」
「今度はマジっぽいですよ! 有能なる臣は、すでに魔王と思しきその娘を捕えております!」
「まあそうなの? 前回もやってくれたらよかったのに……」
「前回は遠かったんです。今回は街中だったので」
「えっ、余の街にもう魔王がいるの? ワン、どうしよう……」
「臣を頼って! 犬でなく!」
「じゃあとりあえず意見を言ってみて。責任もって」
「……ぐぬぬ……猫は責任を伴う意思決定が苦手……! 自由である我らは自由が奪われそうな束縛を課されるイヤな感じなんだニャ……!」
「みんな余には責任をとらせようとするくせに……王様なんかケーキがなかったらやめたいわ。ねぇ、ワン、どうしよう? 余は次々わいてくる魔王にどう対応すべき? それとも暇なのか次々魔王認定する宰相に対応すべき?」
ロベルタの碧い瞳が頼り切った感じで小型犬を見ている。
人間が犬猫に頭使う感じのアレで頼るのは普通なんだけれど、ロベルタからワンへの信頼感はほんとすごいって見てれば誰でも思う。見てるの今は猫しかいないけど。
ここで頭の悪い人間とかだと『王様に頼られた嬉しいなー!』ってなって踊り出すところなんだけれど、ワンは賢いのできちんと考えることができた。
「……まずはその娘を見てみないことには、なんとも言えぬだろうな。ロベルタよ、先ほど、アリサを君自身の目で検分したように、今度捕えたという娘もまた、君自身の目で見てみればいい」
「なるほど、さすがワンだわ! 頭がよくてなにを言っているかわからない……」
「……会ってみよう。話はそれからだ」
「なるほどね! じゃあ宰相、余は新しい魔王候補に会いに行くから。メイドにドアから引っこ抜いてもらってね。あとベッドで寝てるアリサが起きたら、余とワンは牢屋行ったって伝えておいて」