6話 王城
「えっ、待って、待って、余、信じらんない……どうして余がお城に呼んだ人が王都の入口で寝てたの? そんなに余と会うのやだった? もうちょっとがんばったらお城だったじゃん。少しでも遅く余のところに来たかったの? そんな、王都入口でわざわざ野宿するぐらい? ふかふかのベッドとか楽しいおもちゃとか用意してた余は浮かれたお気楽さんだったの?」
王都前で寝てる不審な人間と犬と馬の一団は逮捕されたよ。
王都の兵隊さんはすごく優秀で、見回りするし、見回りのルートを覚えておけるし、不審な人がいたら人だろうが馬だろうが犬だろうがとりあえず逮捕する。
考えるのは苦手だから『この人たちはなぜこんなところにいるんだろ?』とか『この人たちは何者なんだろう?』とかいう判断は全部偉い人にまかせて、まずは捕まえるのだ。
だから王都は夜中に酔っ払って道ばたで寝てたりするととりあえず牢屋で目覚めることになって、非常に治安がよくて、あと牢屋の居心地も非常にいい。
まあでも逮捕だから一応、荷物とかは没収される。
そしたら荷物の中から王様からの手紙があって、今、王様は牢屋前まで呼び出されて『こいつら誰ですか?』って兵士たちに質問される。
そういうわけで、アリサたちは寝てるあいだに王城に着いた。
王様と格子を挟んで初対面だ。
「あ、王様……王様……えっと、今何時?」
「どうしてこの子は余に会って最初に時間を聞くの? ねぇ兵士のみんな、余はちょっと並じゃないショックでくじけそう……余、この子とお友達になる自信なくなってきた……」
王様が長い金髪をオールフロントにして顔を隠した。
髪の毛ブラインド思考法だ。
でも思考法とは言うんだけど、ショックを受けて現実を受け止めたくない時とかも髪の毛ブラインド法はやる。
王様にとって髪の毛ブラインド法は色々便利な心のためのアレなのだ。
王様が拗ねちゃったから、まわりにいる兵士のみんなは「王様、がんばって」「王様、かわいいよ」「王様、ショックうけないで」とか応援する。
大人の兵士たちに一生懸命はげまされて、王様はようやく髪の毛の隙間から牢屋の中の人たちを見る余裕を取り戻した。
めでたしめでたし。
格子の向こうにはそこそこ広い空間があって、おっきなベッドと化粧台がある。
よく別に悪いことしてないのに逮捕される人がいるものだから、居心地のよさに気をつかった結果、今みたいな牢屋になった。
最近は格子の鍵は内側についてるし、だいたい化粧台の上に置きっぱなしなので、中にいる人は自由に牢屋を出入りできる。
合理的で賢い。
牢屋の中にいるのは子犬と少女と馬だ。
馬が入っても大丈夫な牢屋なんだけど、馬だとちょっと天井低くて圧迫感があるって、前に捕まった馬が言ってた。
少女は麻袋に入ったまま、跳ねて移動していた。
頭まですっぽり入って顔だけ外に出る麻袋から、女の子の顔と犬の顔がのぞいていてだいぶモンスター感ある。
「……ねぇあなた、その麻袋はなに? ファッションなの? 街ではそんな恐ろしい格好が流行っているの? 余のドレスとか街に出たらみんなに時代遅れって笑われたりする? 余も袋を被るべき?」
「時間がわかる人は?」
「なんでそんなに時間に固執するのか余はまったく理解できない……流行語? 流行語なの? 街ではいったいなにが流行っているの? 街はどうなってしまったの? ちなみに今はお昼ちょっと前で、余はとてもお腹が空いているわ」
「お昼! こんにちはだね、王様……王様?」
「余が王様で大丈夫よ。代…………………………何代目かの王様のロベルタよ」
王様はひらべったい体をそらしてふんぞりかえった。
アリサよりちょっとだけ背は高いけど、体のぷくぷく感はアリサのほうが強い。
たぶん筋肉もアリサのほうが強い。
ここが戦場だったらアリサの勝ちだ。
「ロベルタ!」
キャンキャンという感じの声でワンが叫んだ。
同じ麻袋の同じ穴から顔を出してて顔が近いアリサが、うるさそうに目をしかめた。
「ロベルタ! お前、ロベルタか!」
「なぁに子犬、いきなり初対面の王様を呼び捨てにするとか失礼じゃない? 余、子犬に呼び捨てにされたの初めてだわ。そういうのはお友達になってからにしない? まずは名前を教えなさい。余を呼び捨てにするのはそれからよ」
「余は……余は……くそ、余は……な、名前が、思い出せない……」
「犬のくせに人間みたいに頭悪いのね……親しみがもてるわ」
ロベルタのワンに対する好感度が上がった。
アリサは「この子はワンちゃんです」と紹介した。
「そう、ワン……ワンというのね。ワンワン鳴くから? 安直?」
「ロベルタちゃん、ワンちゃんの鳴き声はどっちかっていうと『キャンキャン』って感じだよ」
「あなたちょっと距離を詰めるの早くない? いきなり『ちゃん』付けとか、余、心の準備ができてなくってびっくりしたんだけれど……いい? 余はね、同年代の女の子と会話するのは今日が初めてなのよ。しかも初会話の相手が全身麻袋入りしてるとか、そういう状況なの。少しは余のびっくりな気持ちにも配慮してくれないかしら。あと、その服装が街で流行のファッションなのかどうか教えて。余は流行に乗り遅れたくないわ」
「びっくりしてても表情変わらないからわからないです。あと街の流行はわからないです」
「ちょっと敬語になるのやめて。そう心の間合いの出入りを繰り返されると余の心音が悪いストレスでとめどなくペースを早めていくわ。余、なにか傷つけるようなこと言った? 言ったなら謝るからいちいち余の悪いところとか口に出して? 隠し事されると余は悲しいわ」
「実は私も同い年の女の子と話すの初めてなんだよ……」
「……」
この会話のあいだ、ロベルタはずっと髪の毛ブラインド法を適用している。
「わかったわ」
ロベルタは顔を隠していた長い金髪をぶあっさーと後ろに戻した。
これにより周囲をかためていた兵士たちがロベルタの金髪で頬とか頭とかを叩かれて「ありがとうございます」とお礼を述べた。
「余もあなたもお友達いないのね」
「私にはワンちゃんとかシルバーとかのお友達がいるよ。王様みたいに皆無じゃないよ」
「余にだって猫の宰相がいるわ。……そうじゃなくて、人間の、同じぐらいの歳のお友達がいないのねっていう意味よ。あなた、ずいぶん頭がいいそうじゃない。だったらこれぐらい読み取ってくれると余もいらない情報まで不安がってしゃべらなくてすむんだけれど。このペースであなたと一日中会話してたら、余はセリフが多すぎて喉やっちゃうわよ」
「私、頭がいいの?」
「あなた、頭がよすぎてちょっと恐いレベルだから王宮に呼ばれたのよ。実際、あなたのいる村だけ異常に発展してて、王都でも噂になってるわ。『発展の陰に犬を連れた少女アリ』ってかっこいい感じで伝わってるわよ」
「そうなの!?」
「そうよ。なんで自覚ないの? ひょっとして偶然発展しただけなの? あなた頭よさそうに見えないし、偶然かも……偶然ね。ええ、偶然だわ! 魔王はいなかった! 平和!」
「私はなんにもしてないよ。賢いのは私じゃなくてワンちゃんだよ!」
「そりゃあ、犬は賢いでしょうよ。農業とか生活系は牛馬に教わって、それ以外は犬猫に教わることで人類は今生きてるんだから。犬が賢いことなんか生まれたての赤ん坊でも知ってるわ」
「異常に賢いんだよ」
「耳かきですくい取れそうな大きさの脳でそんなに賢いわけないわ。余ね、王族だから色々勉強してて、医学とかもやってるんだけど……頭の大きい生き物の方が、賢いのよ。つまり、この世界で一番賢い生き物は……大きいわ。少なくとも自分の名前さえ思い出せないような頭のちっちゃい子犬ではないという結論が出せるわね。どう? 余の賢さすごくない?」
「すごい! 論理的!」
「……なにこれ!? 同年代に褒められると心地いい! 心地よさがドラゴン級ね!」
「ドラゴン?」
「大昔にいたでっかい動物よ。たぶん賢いわ。でも賢さは今関係なくって、とにかく心地よさがでっかい感じなのよ」
「『ひゆ表現』だね?」
「あら、あなた難しい言葉を知っているのね。あなたの知力が適切で話してる余が非常に気持ちいいわ。つかぬことをうかがうけど、余とあなたは?」
「あなたと私は? なに? どういう質問? ……あっ、十二歳?」
「違うわ。関係性よ。余とあなたの関係は? 一言で言うと?」
「初対面?」
「そうだけれども。そうだけれども! ……まあいいわ。もうちょっとあなたと会話を重ねて『親友』って迷いなく言わせるから。行きましょう。余はこんなにしゃべったの初めてでお腹空いたわ。お昼ご飯があるの」
「私も昨日お母さんが持たせてくれたお弁当があるよ! シルバーががんばりすぎてお昼休憩がなかったから食べられなかったんだけど……」
「きっともう腐っているわ。捨てたら?」
「でもお母さんの握力で握ったサンドイッチだから、大丈夫だよ」
「あなたの握力へのその信頼感はなんなの? ……まあいいわ。とにかく余のご飯スペースに行ってお弁当見てみましょう。酸っぱいニオイしたら捨てるのよ。いいわね?」
「お母さんは無敵なんだよ」
「会話が成立しないから、まずはあなたのお母さんのことを教えて。食べながら」
ロベルタは牢屋を開けて(※鍵はかかっていないうえに内鍵で、牢屋内の化粧台の上に置かれている)でアリサの手を握ろうとした。
でも全身これ麻袋で握る場所がなかった。
「……まずは麻袋を脱いでくれない?」
「うん」
まあこれからお昼なら不便だし脱ぐよ。
シルバーはずっと寝てるので牢屋でお留守番です。