4話 旅立つお昼
お昼だよ。
まわりにいっぱい人がいるよ。
お見送りだよ。
みんなの見つめる先には、アリサと荷物と馬がいるよ。
「さあ旅立ちの日だ。俺の背中に乗りな。速く駆けるぜ。風よりも速く……!」
シルバーっていう名前の馬だけど、別に銀色じゃない。
右目のまわりとたてがみの一部がちょっと白いぐらいだ。
「シルバー大丈夫? ワンちゃんも乗るし荷物もいっぱいだけど重くない?」
「おいおいアリサ、俺を誰だと思っているんだ? 俺は白馬シルバーだぜ。女の子と荷物と子犬ぐらいいくら乗っけたって風だ」
「シルバーは馬だよ。大型の獣だよ。あと白くないよ」
「右目のまわりとたてがみの前のほうが純白だぜ! 大型の獣? ハァン! つまり風だな! いいか、走る俺のたてがみは風、四つ脚は風、胴体も風、乗り手も風、すなわち風だ。そして――アリサ、人間のお前には難しいかもしれねぇが、風にはな、『質量』がないんだ」
シルバーがウィンクをする。
アリサのお腹側に背負った背負った? 背負うの? お腹側に? まあいいや。背負ったリュックの中から、白い毛玉が出現する。
ポメラニアンのワンだ。
「シルバー、適当なことを言うな。生物は風にはなれないぞ」
「ハンッ! 頭でっかちの子犬が! お馬さんであるこのシルバー様に意見とはなあ! その毛玉からちょびっとだけ出た白い耳を甘噛みしてやろうか!? 草をすりつぶす俺の平らな歯でコリコリしてやろうか!? ハァン!」
「やめろ、そんなことをして誰が損をするのだ。耳を噛まれた余は気持ちがいいし、耳を噛むシルバー、そなたとてちょっと楽しいだろうが」
「クソッ! 素の性格がよすぎて嫌がらせができねぇぜ! 風ってのはさわやかなもんだからな! 白馬シルバーは風なのさ!」
「あとお前は白馬ではない。どれかと言えば栗毛だ」
「右目とたてがみの前のほうに注目しやがれ! まったく風にケチをつけるとは、さてはお前、岩だな!? 風の敵は岩だ。風は岩にぶつかって流れを変えちまうからな。俺は岩は嫌いだぜ! なにせ食えねぇ! 草がいい! 草は風に飛ばされ流れるから風より弱いし、なにより食えるからな! ハァン!」
「相変わらず元気の良い馬よ」
「おうよ! 俺は風だからな。風は吹くもんさ。吹き続け吹き荒れ続け吹き抜け続けるもんだ! 止まるんじゃねぇぞ。俺が進む限り、風は吹き続けるんだからよ。そろそろ乗りな! 走りたくなってきたぜ! お前らが俺に乗る限り、俺は王都まで止まらねぇからよ!」
シルバーが今にも走り出しそうなので、アリサと荷物たちは慌ててシルバーにまたがる。
基本的に白くない白馬のシルバーは気むずかしいけれど、十二歳の女の子が乗っかるためにかがんでくれるぐらいには紳士だ。
馬は基本的に優しい。
「よし行くぜ。しっかりつかまれよ。最初から全速力だ!」
「ペースがもたんぞ、シルバーよ。人類の版図はもはや狭いとはいえ、この村から王都はそこそこ遠いのだ。もう少し考えて…」
「うるせぇ子犬! 俺は止まらねぇんだ!」
「ペース配分を考えよと言っているのだ。あと、余は子犬ではない……一歳だ」
「よし行くぜ! ハァン……ハァン……ハァン……ヒーン!」
荷物と少女と犬を積載したシルバーがすごい勢いで走り出した。
情緒もなんにもない。
お見送りに来てた人たちが、あんまりにいきなりなスタートにびっくりして、呆然としてる。
「みんなー! 王様と仲良くなってくるからー!」
アリサが叫ぶけど、その声はだんだん遠くなっていく。
村の人たちはポカンとしたままだったけど、さすがに無言ってこともない。
アリサのママが大きく言う。
「気を付けるのよー!」
アリサのママはちょっと見『太ったおばさん』なんだけど、その体はだいたい筋肉なので叫ぶ声はものすごくよく通った。
だからたぶんアリサにも聞こえたと思う。