3話 世界の端っこより
いきなり王様に呼びだしくらったせいで大盛り上がりだ。
みんな浮かれてる。お父さんも浮かれてる。お母さんも浮かれてる。隣のまーちゃんも浮かれてるし、意地悪なタゴ爺も浮かれてる。
今日ばっかりは牛も馬もみんな口々に「おめでとうおめでとう」と祝ってくれて、普段は気むずかしくて背中に乗っけてくれないシルバーも「乗りな。風にしてやるよ」って言って背中に乗せてくれたから風になりました。
人です。
「ねぇワンちゃん……私、王様に呼び出されたの初めてだよ……」
大人も王宮からの伝令もみんなお酒を飲んで盛り上がってるので、居場所がなくって外に出てきた。
見上げればでっかい夜空に小さい星がいっぱいあった。
虫の声とか鳥の声とか、目を閉じて聞いてると、なんかすごく心が落ち着く……
みんな、すごく遠いところにいるみたいだ。
この世界には、一人の女の子と、一匹の犬しかいないのかもしれないって、遠くのザワザワキャーキャーを聞いてると、そんな気持ちだよ。
「ねぇねぇ、ワンちゃん……お父さんも、そのまたお父さんも、お母さんのお母さんも、そのお母さんも、とにかくものすごく昔までさかのぼっても、この村から都会に行ったことある人いないんだって。隣の牛さんが言ってたよ」
「ふむ」
女の子の問いかけに、犬は落ち着いた声で答えた。
この声の落ち着きようがもうやばくって、村で困ったことがあると、だいたいこの犬に意見を聞くレベルで無敵感ある。
村で一番賢い犬。
名前を『ワン』という。
「なぜ君が王宮に呼び出されたか――その理由が判然としないまま喜ぶのは、どうかと思うところもあるが」
「だって都会だよ? すごくない?」
「……まあ、今の人類を見るに、悪しき企みはなかろうな。……人は知性を失った。しかし、人は明るく楽しく生きている……これは、よいことなのかもしれん」
ワンはよくこうやって遠くを見ながら深い感じのことを言う。
彼はすごく頭のいいポメラニアンなので、きっとすごく頭のいいことを考えているのだろう。
ワンはすごいんだ。
隣の長老牛も知らない農業豆知識も知ってるし、三件隣の馬のシルバーも知らない『速く走るコツ』も知ってる。
人間は昔、知性と引き替えに生き延びたらしい。
だから、動物たちに色々なことを教わって今を生きている。
動物が賢いのは当たり前だけれど、ワンはちょっと別格の賢さを持っている。
やばい。
「アリサ」
「なぁに?」
「君は王宮に行きたいのかな? それとも――行きたくなかったりするのかな?」
ワンがクリッとした目で見てくる。
アリサはモフモフした彼の頭をなでた。
「王様がね、お手紙くれたんだ」
「そのようだね。王が農民に直筆の手紙などと、昔では考えられなかったことだ」
「昔って……まだ一歳のくせに……」
「……まあ、色々な知識を仕入れたからね。それで?」
「うん。王様ね、十二歳なんだって。私と同じ歳なの」
「ふむ」
「それでね……あのね」
アリサは周囲を見回した。
そして、ひっそりと、ワンの耳に口を寄せて、
「……『お友達になろう』って、書いてあったの」
「……ふむ」
「この村、おじいちゃんと、おばあちゃんと、おじさんと、おばさんと、お母さんと、お父さんと、牛と、馬と、犬しかいなくってね……私、お友達が、いないの」
「……」
「……お友達、いいなあって思って……王様、私と同じ歳で、私と同じ女の子なの。だからお友達になれたら楽しいんだろうなあって……そう思うんだよ。でもね、おじいちゃんたちを置いて行くのもなんかなあって、そうも、思うんだ。ねえ、ワンちゃん、私はどうしたらいいのかな……」
アリサは小さな手で顔を覆って、首を左右にぶんぶん振った。
一緒に揺れる赤いポニーテールを見ながら、ワンは笑う――彼女が『顔を覆って頭ぶんぶんポニテびゅんびゅん』の動作をする時は恥ずかしがっているか、悩んでいる時なのだ。
「昔……大昔、余の友人が言ってくれたことがある」
ポメラニアンは、隣に座るアリサの足の甲に前脚を乗っけた。
膝か肩に置きたかったが、ポメラニアンは――小型犬なのだ。
体育座りをした十二歳の少女の肩に、前脚がとどかない。
「『お好きになさいませ』と。……アリサ、君が考え、君が悩み、君が決めたことなら、君を囲むみんなはきっと納得してくれる」
「お友達?ワンちゃんの他にも同じぐらいの歳の子犬がいたの?」
「余はもう一歳だ。子犬ではないぞ」
「子犬だよ!」
「……いいのだ、余のことは。とにかく――君が悩んで決めたなら、それでいい。みな、君の考えをわかってくれるさ。第一、みな、もう君が行く前提でお祝いしているではないか」
「……ほんとだ! ワンちゃんは頭いいなあ……」
「今の世では、人間より犬猫牛馬などの方が賢いようなのでな。なに、君が気付けなかったことに気付くこともあろう」
「……うん。私……都会に行くよ。王宮に行って、王様のお友達になる」
「うむ。それがいい」
「ワンちゃんも一緒に」
「……余も王宮へ向かうのか?」
「だって一人じゃ寂しいもん。王様と仲良くできなかった時、一人だとつらいよ……つらみだよ……つらたんだよ……」
「ふむ……」
「それに、持ち運びにちょうどいいサイズの生き物が、この村にはワンちゃんぐらいしかいないし……」
「王宮まではシルバーのやつに乗せてもらうのではないのか? あやつを伴い参上すればよいではないか」
「シルバーは大型の獣だからきっとお城には入れないよ」
「……まあそうだな。アリサ……君は想像力があり、賢い。言われてみれば、王宮内を牛馬が闊歩する様子など、想像がつかん。というか、今のご時世でもさすがにやっていないと思いたい」
ワンは牛馬の歩き回る王宮を想像してみた。
すげぇ臭そうだった。
「……わかった。余も王宮へ参上しよう」
「うん。ワンちゃん入れるためのリュックも用意してあるんだよ」
「君は周到だな。賢い」
「えへへー」
「しかし、余は徒歩で大丈夫だ」
「私、シルバーの背中に乗っていくけど……大丈夫? 一緒に風になれる?」
ワンは一歳の小型犬だった。
そのワンにとって馬のシルバーは超巨大生物だし、足の速さもすごい。
仮に並走できても、ひき殺されそうな気がする。
「……くっ……小型犬とはなんと無力な……」
「ワンちゃん、大人しく、私の発明した『子犬用リュック』におさまって行こうよ」
「余は子犬ではない……子犬ではないのだ」
「一歳のくせに強がって!」
アリサの両腕がワンにせまる。
ワンはモシャモシャされてしまった。
「あー! 子犬じゃない……余は子犬じゃない! 子犬じゃない……! あー! あらがいきれぬ犬のさが! なでられると気持ちがいい!」
「かゆいところとかないー?」
「首の後ろと尻尾の付け根をお願いする」
「ここですねー」
「あー気持ちいい……あー……あー!」
アオーン!
ワンの遠吠えがこだまする。
田舎の夜はこうしてふけていくのだった……