2話 読むと頭が悪くなる現在の話
「王様、決めて。はよ決めて」
なんか、部下が急かしてきて、恐い。
王様はすっごい困る。ほんと困る。なんでそうやってプレッシャーかける感じに言うの? 意味わかんない。みんないじめる。
でも王様だし、がんばらないといけないのも知ってるよ。
王様は賢いんだ。偉いんだ。
偉いから泣いちゃいけないんだ。
でも一人で決められるならもうとっくに決めてるし、みんな黙ってこっちばっか見ててすっごいずるいから、話ふってみるよ。
王様は大きい椅子の上で小さな胸をえへんと張った。
「戦う系の偉い人、なんかないの?」
戦う系の偉い人っていうのは、戦う系の偉い人だ。
こう、槍とか剣とか持ってる。
いや、偉い人は持ってないんだけど、そういう、持ってる人たちに命令できる偉い人なんだ。
見た目超恐い。
右目とかにでっかい傷がある大人の男だ。
王様はまだ子供の女の子なので、ハゲてる人が恐い。軍の偉い人あっ思い出した軍務大臣恐い。
恐い人は恐い顔で王様を恐いにらみつけして言う。
「おそれながら。……やばいよ。まじで。なんか、すごい……やばい。……そう、なんていうか……やばい。やばいんです」
情報量ぜんぜんない……
あのハゲてる人、やばいしか言わない。
すごいやばそう。
もうだめだ。
頭のいいやつが髪の毛と一緒に抜けちゃったんだ。
王様は泣きそうな気持ちだ。
なんで十二歳の誕生日に恐い大人に見られながらやばいこと決めないといけないんだろう……?
ケーキと誕生日のお歌はないの?
祝って?
ケーキを期待して、王様は違う方を見る。
そこには毛玉みたいなおじいちゃんがいた。
優しいおじいちゃんだ。
もう優しさだけで偉い地位にいるね。
そのぐらいすごく優しい。
「おまつり系の偉いおじいちゃん、なんかない?」
王様はおごそかにたずねた。
ケーキの種類を聞いたのだ。
おじいちゃんは「フガフガ」とヒゲで見えないお口を動かす。
「えっ、なに?」ぜんぜん聞こえないから王様は玉座からちょっとお尻を浮かせて身を乗り出す。
「『おまつり系』ではなく『まつりごと』ですじゃ」
「その二つ、ちがうの?」
「ぜんぜん、ちがいますな」
おまつり大臣のおじいちゃんは、こうやってよく細かいところを突っこんでくる。
基本的に優しいんだけど、こういうところ、頭のいい人の悪いとこだと思うよ。
「おじいちゃん、そういうのじゃなくて、なんかない? あるでしょ? 余の大事な……」
「『世界の命運』を決める、重大な決定についてですな」
「ケーキとか」
「今、世界は……やばい」
「……」
「やべーやつが現れてしまったんですじゃ……あいつを生かしておいたら、みんな質問責めされて死んでしまうですじゃ……きっと、昔、この王国を滅ぼしかけた『魔王』の生まれ変わりに違いないですじゃ。やべー。どうしよう……ワシ、賢い方で通ってるのに、質問に答えられなかったら、バカだということがバレてしまう……どうしよ……王様……ワシどうしよ……」
おじいちゃんはプルプル震えていた。
ぜんぜん会話にならない。
そろそろお歳だし、もう大臣とかやってくのつらいのかもしれない。
この会議が終わったらお休みをあげようって優しい王様は思いました。
「……宰相」
王様はでっかい玉座の肘掛けの上を見た。
そこには金色の猫がいる。
猫の宰相だ。
「宰相……余の側近……余のペット……宰相……どうしよ宰相……みんな余にばっかりプレッシャーかけてくる……しかも余はなにを決めさせられるためにプレッシャーかけられてるかぜんぜんわかんなくて、ただただプレッシャー……」
「陛下、あなた様に問われていることは一つです」
金色猫が低い声でしゃべる。
声が低いとなぜこんなにも賢そうに見えるのだろう?
軍務大臣よりおまつりおじいちゃんより、猫の方が賢そうだ。というか賢い。
「大陸に『魔王』の可能性がある者が現れた……これを処断するか、このまま生かしておくか、それを定めるのが、今のあなた様の役目です」
「処断ってなに?」
「殺しちゃうってこと」
「え……殺す……? なんで……?」
「魔王かもしれないからです」
「やばい……」
王様の知能が軍務大臣レベルまで退行した。
魔王とか殺すとか言われてもよくわかんないけど、ただただスケールのでっかさだけが伝わってきて、あたふたする。
やばい……
「どうしよ、宰相……余、殺すとか、魔王とか、今まで滅多に聞かなかった不穏ワードが二つも出てきて、すごいヤな気持ち……」
「臣の意見を申し上げましょうか?」
「あるの? 猫のくせに?」
「現在、猫は人間より賢いのです」
「なるほど。じゃあなんか言って。あとでおやつのカリカリあげるから……」
「人間のおやつ技術は生物界一……」
ただ、宰相は『カリカリ』より『チューチュー』が好きな猫だ。
『チューチュー』は細い袋に入ったペースト状のおやつで、あの濃厚なくせにクリーミーでおまけに素材の味が生きておりオーガニックで健康によい味わいには中毒性があり、食べ過ぎて宰相は今や立派なデブ猫だ。
デブ猫なので食べることが好きで、おやつであればなんだってご褒美になる。
宰相の王様への忠誠心は、人間の作るペット用おやつが支えているのだ。
「王様……好きにしていいです」
「えっ……意見言ってくれるって話だったのに、好きにしていいとか、なくない?」
「王様、聞いてください。……人間の世界に魔王が現れても、猫としては別に、どうでもいいのです」
「そうだよね」
「けど、人殺しはよくないっていう気持ちもわかる……魔王は恐いっていう気持ちもわかる……ニャーン……臣は人間の心を知る猫……王様がいっぱい悩んでるのは知ってるのです」
「なんで余が恐い大人にからまれてるのか理由を知ったのはついさっきだけど……たしかに、いっぱい悩んだよ……どうしよ、どうしよ、どうしよ……ぐらい悩んだ……あ、もう一回ぶんぐらい『どうしよ』かもしれない」
「あなたがどんな決定をしようとも、我ら猫は、あなたたちがおいしいオヤツを作ってくれる限り、あなたに従いましょう」
「宰相……」
王様は白く小さな手で、宰相の体をなでた。
モッチリとした丸い宰相は、長い毛も合わさってすごくなでごこちがいい。
換毛期は王宮じゅうが毛だらけになるものの、掃除はメイドがやってくれるし王様はただかわいがるだけでいいのだ。
「余は困ってる……こんな緊張感経験したことない……誕生日だからみんなで祝ってくれるのかもって思いながら謁見の間に来たら、顔の恐い大人とフガフガおじいちゃんが恐い顔で恐い話ばっかりするから、心の準備とかまったくできてなかったし……すごいストレスだよ宰相……あとで宰相のお腹に顔うずめて宰相を吸うからね」
「『チューチュー』ふた袋で許可しましょうか」
「わかった……宰相を吸うことができれば、余はもうちょっとだけがんばれそうだよ……なんで大人が決めらんないことをまだ子供の余が決めなきゃいけないのかはわかんないけど」
「伝統です。人間の王国では、首脳は『国王』『宰相』『軍務大臣』『内務大臣』のみ。そして重要な決定はこの四人のみでおこない、最終的に王様が決める……これが、かつて起こった『知性大崩壊』と呼ばれる事変からの伝統です」
「簡単にまとめて」
「昔の人がそうだったから、今もそうなんです」
「余、国王やめたい」
「国王をやめたらオヤツが食べられなくなりますよ」
「ケーキは?」
「ケーキも」
「パンの代わりにケーキを食べるとしたら?」
「それでもダメです」
「そっか……国王じゃないとケーキって食べられないんだ……じゃあ、余、一生国王でいる」
「それより王様、はよ決めて」
「お誕生日はイチゴのケーキって決まってるでしょ?」
「そうじゃなくって、魔王っぽい人を処刑するかどうかです」
「……せっかく忘れてたストレスがよみがえってきたよ」
お腹痛い。
王様は長い金髪をオールフロントにしてかわいらしい顔を隠した。
髪の毛の下では唇をとがらせてほっぺたふくらませたブッサイクな表情してる。
昔から悩む時はこうすると落ち着くのだ。
幼女時代から髪の毛ブラインド思考法をおこなってきたので、王様はいつでも髪の毛ブラインド思考法をおこなうため、髪の毛は非常に長く維持している。
お陰で最近は髪の毛ブラインド思考法を行なうたび、自分の髪の毛で窒息しそうになる。
「く、苦しい……」
「王様、『自分の髪で呼吸器をふさいで自殺』などという後世に残りそうな方法で死なないでほしいのですが」
「余の名前が後世に残ったら、ケーキをおそなえしてね」
「臣に遺言をたくさないでください。臣は猫なので王様より先に死にます」
「猫だからっていう理由であきらめるのよくないよ」
「それより王様、ケーキのために生かすか殺すか決めてよ早く。こっちだってオヤツを先延ばしにして王様に付き合ってるんだから」
「もう! それ決めるのおなかがキューってなるから先にのばしてるの! 余の気持ちわかってよ! 余の側近でしょ!」
「臣は猫なので人間の気持ちなどわからんのです。あと内務大臣が寝ています。軍務大臣が筋トレを開始しました。もうグダグダだニャ。王様、みんな飽きているのです。はよ、はよ」
「うーん……」
部屋はこんなににぎやかなのに、心はこんなにも一人ぼっちだ。
王様、泣きそう。
「……あ、余はひらめいた。これはとっておきの結論だよ」
「賛成!」
「まだなにも言ってない! ……余は、その人と遊んでみる」
王様は『ズバーン!』という感じで言った。
内務大臣の鼻提灯がパーンと割れて、軍務大臣が腕立てをやめ腹筋を開始し、宰相は長い尻尾を左右に振っている。
「遊んでみて、その人がやばそうだったら、処刑するし、やばくなさそうだったらお友達になれるし、いいことしかないよ。だからその人を呼んで、一緒に遊ぼう。余の意見どう? 余、賢くない?」
「賛成!」
王様の賢さにみんなが賛成を叫んだ。
王様は誇らしくなってまだ大きくなっていない胸を張って、えっへんと鼻をふくらませた。