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11話 おやすみ

「なぁーんで(わたし)のベッドでみんな眠る感じなの?」


 王様はぜんぜん納得いかない。

 仲良くなれそうなアリサと仲良く過ごす予定だったのに、いきなりイザベラとかいうのが来て予定が台無しだ。

 こういうのすごくストレスで王様のお腹がきゅーんってなる。


「我は妥協が嫌いなのだ。一番いいものがほしい。一番いい場所で寝たい。一番いいものを食べたい……我は一番が、好きだ。なんというか、一番じゃないと負けた気がするのだ」

「余のベッドじゃなくてもいいじゃない!」

「しかしロベルタはアリサと寝る。アリサはワンと寝る。そうなると、ワンと寝る我はロベルタとアリサと寝るしかない。論理的帰結だ」

「…………くっ!」


 よくわからないけど、ここで『わからないから要約して』と言ったら負けた気持ちになりそうだったから王様は負けた気持ちにならないところで落ち着いた。


「ロベルタちゃん、私、床で寝ようか?」

「アリサはいいの! 余がやな感じなのはイザベラの方!」

「なんで? イザベラちゃんおっきいからベッド狭いのがやなの?」

「そういうのじゃないわ。余のモヤモヤは言葉にならないの。余はこの気持ちを表現する国語力がほしい……モヤモヤでザワザワでムズムズなのよ」


 アリサいい子。

 アリサほんとすき。

 イザベラあんまり好きじゃないよ。


 王様のお部屋って言ってもそんなに広くないわけで、王様のベッドって言ってもそこまで大きくないわけで、一人で使ったらそりゃあ寂しいぐらいの広さなんだけど、三人も寝ると若干ぎゅうぎゅうしてくる。


 真ん中に王様、そのナイフを持つ方の手側にアリサ、フォークを持つ側にイザベラ。

 左右の二人はベッドから落ちないように真ん中に寄ってくるものだから、ぎゅうぎゅうかんもすごいねほんと。


 こんな狭いベッドは初めてで、王様はちょっとだけむーっとした。

 でも、挟まれてるうちに、だんだん『あれ? 悪くないかも?』とか思えてきた。


 このぎゅうぎゅう感、なんだか安心する。

 特にアリサもイザベラも王様よりだいぶおっぱいがいっぱいなので、そのモッチリフワフワしたアレは猫宰相のアレに似てる。

 猫宰相に左右から挟まれてる感じだ。

 そう考えると楽しくなってきて、王様はちょっと笑った。


「なんだロベルタ、貴様、仏頂面になったり、笑ったり、貴様の中でなにが起こっているの? 楽しそうだから我にも教えて」

「ふんだ。イザベラには教えないわ。でもイザベラに意地悪してアリサが余のこと嫌いになったらやだから教えてあげるわ。余ね、今……ちょっと楽しいの」

「楽しむのはいいことだ!」

「真横で叫ばないで。余の耳がキーンってなるわ」

「ごめん」

「いいのよ。……うーん……あのね、これは秘密なんだけれど」

「なんだ?」

「……誰かにくっついて寝ると、なんだかにやけてきちゃうわ」

「我もだ。なんだろうな、こういうの。ずっと歩いてたから、ふかふかのベッドがいいのかもしれない」

「ふかふかいいわよね。ふかふか。……やだ、余ったらすごくくだらない会話してる! でも、こういうの嫌いじゃないわ」

「我も同じことを思っていたところだ。ずっと歩いてたから話し相手もいなかったし、こんな無駄な会話がなぜか心地いいと今知った」

「ずっと歩いてたってどのぐらい?」

「小さい我が大きくなるぐらいだ」

「太ったっていうこと?」

「どうだろう、体は強くなった」

「ふぅん。歩くのってひょっとして体にいいのかしら?」

「わからない。今の我はなんにもわからない。……まあ、なんでもいいか。そろそろ我も寝るぞ。アリサはもう寝てるし」

「まあそうなの? アリサ寝すぎじゃない? 余はワクワクムズムズしてぜんぜん眠れそうな気配がないわ……」

「目を閉じたら眠くなる」

「……そうなの? じゃあそうするわ。……宰相、灯りを消して。宰相? ……ああ、宰相はペット用ドアでずっと詰まってたせいでいじけてどっか行っちゃったんだわ。ワン、灯りを消して」


 床で寝転がっていたワンがピクリと毛にうもれた耳を動かした。

 灯り消してとか言われても灯りの源どこだよって感じだ。


(ワン)(ニャン)用ドアの横にスイッチがあるわ。スイッチって知ってる? 押すだけでなんと……灯りが消えるのよ! これ、王宮に昔からあったの。すごい仕掛けじゃない?」

「……ああ、そうか、そうだった……この部屋は……」

「ワン、早く灯りを消して。イザベラが寝始めたわ」

「わかった」


 ワンがてちてち歩いてスイッチを押せば、部屋は真っ暗になった。

 犬なので視界が多少アレでもあんまり移動とか困らないけど、それ以上に、ワンはようやく思い出したから、足取りがしっかりしてる。


 ここは――

 昔、ここに、来たことがある。


 ずっとずっと前だ。たぶん前世だ。

 そのころワンはヨボヨボのおじいさんで、杖とかついてて、それで、この部屋の……赤ちゃんを見に来た。


 かわいい、女の子。

 見てるだけでにやけちゃうような、その生まれたばかりの女の子を……自分の子供よりかわいく感じちゃうその子を、見た記憶がある。


「……そうか、余は……遠くに……遠く……『果て』にいるのか……前世ではたどりつけなかった遠い場所に……ううむ……どういう意味の言葉か……」


 ワンがつぶやく。

 イザベラが跳ね起きる。


「それだー!」

「なんだイザベラ、アリサが起きてしま……まあアリサは起きないけど、夜中に大声を出したら迷惑だしやめたまえ」

「それなのだ。我が行きたい『遠く』は……『果て』なのだ」

「そうか。でもぜんぜん具体的にはなっていないぞ。『果て』は『すごく遠く』っていう意味もある言葉だが、別に具体的な場所を示しはしない」

「いいのだ。『遠く』より『果て』の方が、ビシッと決まる感じがする。我は『果て』を目指すぞ。果ての……果ての、果ての、果てだ」

「最果てか」

「その言い回し格好いいな。我は最果てを目指す者。うん、それでいこう。寝る」


 寝た。

 いびきとかかいてる。


「……ワン、起きてる?」


 ロベルタの声がした。

 ワンは床の上でまるまったまま、息づかいを大きくする。

 ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ……


「言葉で言って」

「起きているよ」

「急に息づかい大きくされたから暗いところでワンの呼吸とイザベラのいびきしか聞こえなくてすごい恐かったわ……なぜみんな余に恐怖とストレスをあたえるの? 余、なにかいけないことした?」

「いいや。声で応じると寝ている二人に迷惑かと思ってな」

「呼吸のほうが迷惑よ」

「なるほど」

「……ねぇ、余ね、今、今日起こったことを整理してみたの」

「ふむ」

「アリサと牢屋で会って、イザベラと牢屋で会って、今、一緒のベッドで寝ているわ」

「うむ」

「冷静に考えたら意味がわからないんだけれど、お友達ってこういう感じでできるものなの? 余はあんまりそういうデータを知らないからちょっと不安だわ」

「……」


 ワンにも前世、友と呼べる者が、たしかにいた。

 そいつらとどんな出会いをしたか、思い出そうとした。

 でも、思い出せなかった。


「……まあ、人それぞれではないか? 『どう出会うか』『出会ってどのぐらい経っているか』なんていうものは重要ではないよ。ただ、なんというか……」

「……」

「……始まりがどうとかではなくって、最後まで一緒にいてくれる人が、『友』なのだと思う」

「じゃあ、余にお友達ができたかどうかはまだわからないのね」

「……なるほど、そう言われてみれば、そうなってしまうな。まあ、別に『友達』という名称で呼べるかどうかは重要ではなかろう。大事なのは、一緒にいて楽しかったり、頼れたりすることだと思う」

「なんだかよくわからないわ」

「余もよくわからんが、友となにをしたかを覚えていなくとも、友がいた事実は覚えている。きっとそういうものなのだろう」

「もうちょっと人間にも優しい難易度でしゃべって」

「……記憶がなくても、難しいことを考えられなくても、人は幸福になれるだろうということさ」

「意味がわからないわ。もう余も寝る……ワンの話は難しくって聞いてて眠くなるんだもの。お休み」

「ああ、お休み。……骨折に気を付けて」

「待って、なんで最後に不安になること言うの? 骨折? 骨折ってなんで? 余は知らないうちにそんな危険な場所にいるの?」


 ワンもあくびをして、眠ることにした。

 いつもアリサに抱かれているから骨のきしむ音で目覚めるけれど――

 ――今日はゆっくり、眠れそうだと思えた。

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