10話 一日に二回も牢屋に行く王様とか史上初では?
「貴様が人の王か」
牢屋に入れられてるのにすごい偉そうな子もいたもんだ。
でも牢屋に入れられるのは街で暮らしてるとだいたい一回はやられるもんだし、牢屋だって外から丸見えな以外は居心地いいから、別に牢屋に入れられたからっておどおどする必要はないんだって、わかっているのかもしれない。
なにせ頭のよさそうな顔をしてる。
目が鋭い? 背が高い? スタイルがいい? 女の子からも同年代の男の子からも恐がられそうな感じがする子だ。同年代? 何歳だろう。十五歳とかそのへん?
でもたぶん、服装とか髪型とかにこだわりはないんだと思う。
黒い髪はハサミでジャキッててきとーに切ったみたいに肩ぐらいのとこでバッサリだし、服なんか上はおっぱいしか隠れてないし、下はパンツはパンツでも見せてもいいパンツはなーんだ? そう、ホットパンツだね。
「……わ、余が王様よ……」
ロベルタは連れて来たワンを顔の前にあげながら言う。
相手が恐いのでワンをあいだに挟んで平常心をたもつワンガードだ。
「よくぞ我を捕えた。我が名はイザベラ。貴様らの上に君臨する者である」
ワンガードをつらぬきそうなほどの偉そうな感じがロベルタを襲いロベルタがびくびくする。
だって王様だし自分より偉い感じの人に会ったことがないのだ。しかも恐そうなお姉さんだしもう帰りたい。帰ってアリサの隣でワンを抱えて寝たい。
でもロベルタは責任感はあるほうなのでとりあえず自分で決めたことをやらないと、あとからお腹がキリキリして眠れなくなるのだ。
「あなた……魔王なの?」
「ハッハッハ! ……まさか、今生でもそのような呼ばれ方をするとはな。……そうだ、我こそが魔王……かつて、『魔王』と呼ばれし者の魂を宿し、十二年前に現界した者であり……今生でも魔王として名をなす者よ!」
「……魔王って……あ、あなたは、なにをするつもりなの? 危ない人なの?」
「そうか、この時代の者は、魔王がなにをなすかよく知らぬのだったな。ならば教えてやろう」
「……」
「魔王とは――遠くに行きたい者だ!」
「……遠くに行ってどうするの?」
「わからん! が、とにかく遠くに行けと我の魂がささやくのだ!」
魔王イザベラは堂々と言い放った。
ロベルタはなぜかちょっとだけイザベラのことが恐くなくなった。
「……え、えっと……遠くに行きたいだけ?」
「いや待て。なにかこう、大事なことがあった気がする……遠くって言っても、そういう感じじゃなくって、もっと格好よさげな『遠く』っぽい場所があったように思えるのだ……」
「……」
「……まあとにかく遠くだな。この街にも歩いて来た。遠くから」
「そうなの……大変だったでしょう?」
「歩くのって地味にきつい。お腹は減るし、眠いし、疲れるし、あとお金がなくって靴が途中で破けて捨ててきた。服もボロボロでもうぜんぜん体を隠すものがない」
「見たらわかるわ」
「ひょっとして、遠くに行くには準備が必要なのか?」
「余はお城から出ないからよくわからないわ」
「うう……我は、我は、もうちょっと複雑なことを考えていたはずなのだ……しかし、ぜんぜん思い出せない……誰か、賢い人、いないか……? 我がなにをしたいか、もっと具体的に教えてほしい……」
「賢い人なんかいないわ。賢い担当は犬猫牛馬よ」
「では、その犬は賢いのか?」
「ワンは超絶賢いわ。暗算を人に教えられるのよ」
「なに!?」
イザベラが真っ黒い目を見開いてワンを見た。
暗算ができる――それは君が見た光、ぼくが見た希望。暗算それはふれあいの心。幸せの暗い算数なのだ。
「……我はこの世に生を受けて十二年経つが、未だ暗算のできる人に出会ったことはない」
「……クゥーン……」
「子犬! 暗算を人に教えられるというその知能で教えてもらおう! 『遠く』の格好いい言い回しはなんだ!?」
「クゥーン……キューン……」
「この犬、まさかしゃべれないのか!? ありえん!」
犬はしゃべれる。常識だ。
でもワンは今すごい悩み中だった。これだけ頭を働かせたことは生まれて一年、一度もないぐらいだ。
なにか――ひっかかる。
目の前の偉そうで十二歳にしてはちょっと成長しすぎな彼女とどこかで会ったことがある気がするのだ。
でも一年間犬として生きてみてもそのあいだにこんな目立つ女の子に会った感じはしないし、じゃあどこで会ったんだろうと考えて、賢いワンは結論した。
「イザベラ、君と余は前世で会ったことがないか?」
「ナンパか? 犬の分際で我とデートしたいのか?」
「違う。前世……そう、前世だ。余は前世、なにか偉い人で……王宮にもすごく来たことがあって……ロベルタを見ていると非常に懐かしい気がする。いや、ロベルタとも前世で会っているのかもしれない」
「我なのかそこの人の王なのか、どちらに散歩に連れて行ってほしいのだ。浮気はよくないぞ子犬」
「散歩に連れて行ってほしいわけではない。余は自己鍛錬を欠かさぬのだ。散歩は己の足でおこなう……第一、人間を散歩に連れ出しても人間が帰り道を忘れてしまうから、犬の負担が大きいのだ。現代、散歩にわざわざ人間を伴う犬などおるまいよ」
「それもそうか」
「だから本当、ナンパとかじゃなくて、前世で会った気がする……いや、君のことをなぜか余は覚えているのだ。強烈な印象だ。しかし、なんだろう、ふわふわして思い出せない……」
「我も前世の記憶はふわふわして思い出せない……あと、昔はもうちょっと色んなことを考えてわかったはずなんだけど、今はもう、なにか、頭がうまく働かない……やだ……我、こんな不安感初めて……返して……我の頭のシャッキリ感返して……」
「……君は、余に覚えはないか?」
「子犬の知り合いはいない。我には友などおらんのだ。……だから我は負けて……ううん……なんだ、我はお友達の数でも競っていたのか?」
「お友達の数……お友達がいなかったから負けた……知っている、知っている気がする……そんな感じの話をどこかでした気がする……」
「……我もそんな気がしている……」
「……イザベラよ、余は、なにか重大な使命があった気がするのだ。しかし、思い出せぬ……そして、その使命には……前世の君が深くかかわっているような気がするのだ」
「気がするばかりだけれど、我もそんな気がしてきた」
「どうだろう、お互いのために、余としばらく遊んでみぬか?」
「ほう……しかし我は遠くを目指す者……具体的にどのへん目指しているかはわからんが、なんだかそれは歩き続けないと行けないぐらい遠いっていう印象はあるのだ……」
「だが、歩き続けるには準備が必要だ。ご飯とかそういうやつが」
「なるほど、あらかじめご飯を準備すれば、行く先々でご飯を探す必要はない……街に入ったせいで木の実とかなくってお腹が空いて行き倒れることもなかった」
「……」
「行き倒れたところを衛兵に捕まり、名前を聞かれたけど咄嗟に思い出せず魔王と名乗った……そして今にいたるのだ」
「君はしかし、イザベラという名前を思い出せた。余は……前世の名前を思い出せぬのだ」
「そうか、かわいそうなわんこ……」
「どうだろう、お金とかご飯とか、そういうのの準備が整うまで、この城で余と遊ぼう。そしてお互いに記憶を取り戻すのだ」
「ふむ。……なるほど、そうか、一つ思い出したぞ」
「なんだね?」
「自分の足で歩き続ければ、運命が味方してくれる……我はそう思っていたことを思い出したのだ」
「……運命」
「そうだ。運命は強くて大きい者からの愛だ。つまり……つまり……まあなにかこう、がんばればいい方向に転がるのだ。今まさに、いい方向に転がってきた感じだ」
イザベラは笑った。
この人八重歯だ。
「……そういうわけだ、人の王よ。我はしばらく子犬と遊ぶため、この城に居座るぞ」
「えええ……余をおいてけぼりにして勝手に決められた……ここは余の城なのに……」
「世界のすべてはいずれ我の物となるのだ。細かいところはどうでもいい」
「余のお城なんですけどー!」
「ハハハハハ! ……うむ、そうだな。なにがなんだかわからないが……お友達がいなくて負けたことが確かなら、今回はお友達を作ればいいのだな。なにに負けたかは知らないが、負けるのはイヤなものだ! そういうわけで、人の王よ! 貴様を我の友達二号にしてやる!」
「えええ……強引だこの人」
「一号は犬だ! 今度こそ、今度の人生こそ、余は、遠く、遠くへ……」
イザベラが勝手なことばっかり言うもんだからロベルタはいっぱい叫ぶけど、イザベラは遠くを見たまま話聞いてくれない。




