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1話 読めたら頭がいい昔話

「世界を守るためです。王よ、ご決断を」


 なぜ自分の時代なのだ、と思わざるを得ない。


 先代でも次代でもよかった。

 自分が生まれていない、あるいは死んだあとの時代ならばなおよかった。


 世界はすでに九割を魔物に支配されている。


 だから、『最後の手段』を使うかどうか、決めざるを得なかった。


「……軍務大臣、そなたの意見を聞こう」


 玉座から問いかける。

 姿勢良く立つ禿頭の大男は答えた。


「おそれながら。軍務をあずかる身としてこのような発言はまことに遺憾ではございますが、我ら人類の勝利する見込みは万に一つもございません。なにせ、もはや人数差が絶望的なのです。仮に魔物の拠点を陥落せしめることが適おうとも、そこを維持し、反撃の橋頭堡(きょうとうほ)たらしめる兵数も、兵站もありはしないのです。……軍務をあずかる立場から申し上げて、人類の存続は絶望的と申し上げる他ありませんな」


 大男の発言には、ため息が混じっていた。

 現場から大臣となったたたき上げの男だ。

 彼はずっとずっと前から『人類の存続は絶望的だ、早く最後の手段を使うべきだ』と進言し続けていたのだ。

 だから、もう言い飽いているのだろう。

 ……それでもこうして軍務をあずかる立場を辞さないのは、国家への忠誠心ゆえか、それとも命を落とした軍人たちに報いるためか。


 王は視線を移す。

 その先にいるのは、白いヒゲを長く伸ばした、腰の曲がった老人だ。


「内務大臣、そなたはどう思う?」


 杖をついた白髭の老体は身を震わせる。

 長い眉で隠れて、その表情は見えないが――笑っているかのような、震えだった。


「まず、たちいきませんな。もはや政治は政治のていをなしてはございませぬ。農民は(くわ)を捨て、料理人は鍋を捨て、粉ひきは水車小屋を追われました。平和だったあのころと変わらぬ仕事をしているのは、鍛冶屋ぐらいのものでしょう。さて、ヤットコ(・・・・)に金槌さえ溶かして剣にするのは、今日か、それとも明日かといったところですかな」


 声はどことなく明るかった。

 もっと戦況が緊迫していたころであれば、その底抜けな明るさを孕んだ声音をとがめもしただろう。


 けれど、王にも、内務大臣の明るさの理由がわかるのだ。

 もう、笑うしかない。

 世界を見回せば、そこらじゅうに『絶望』が転がっているのだから、もはや態度で状況の深刻さを示す必要はどこにもないのだ。


「……宰相」


 王は、視線を自分の足に向けながら問う。

 彼の着くすぐ真横で、ピクリと誰かが反応する気配があった。


「宰相よ。我が最高の側近にして、最上の忠義者にして、幼少より我のことをもっとも知る師よ。……そなたは、どう見る? 我らは……」

「陛下、あなた様が問われようとしているのは、一つでしょう」


 低い声だった。

 静かで、しかし、腹の底に響くような、男性の声。


「『最終手段を用いるか、否か』。……今さら状況確認など、意味を持ちますまい。世界の九割が魔物に支配された――軍務大臣ならばこう言うでしょうな。『三割を奪われた時点で大敗であり、そうなる前に対策を打てなかったのであれば、あとはズルズル負けるだけで、逆転はないのだ。ここからの巻き返しを望む者は、博打打ちか道化師ぐらいである』と」


 軍務大臣が咳払いをした。

 あまりに直接的で不遜な、しかしたしかに思っていたことを代弁され、居心地の悪さを覚えたのであろう。


「さらに内務を司るご老体が腹の底で思っていることも、申し上げましょう。『もはや政治が政治でないなら、王は王でない。であるのに、未だにあなた様が王と仰ぎ見られている理由はただ一つ、最後の手段の行使決定権を持つからだ。ならばさっさと、自分で決断するべきでしょう』と」


 内務大臣が大きな声で笑った。

 白い髭を撫でつつ、「いや、まいった、まいった」と楽しげに言う。


 宰相は足音を響かせ、玉座の正面に立つ。

 そして――


(わたくし)の意見を申し上げましょう」

「……頼む」


 王は視線を上げることができない。

 背中からなにかとてつもなく重い物にのしかかられてでもいるかのように、背を丸め、うつむいているだけだ。


 その王に宰相がかけた言葉は、


「お好きになさいませ」


 王は、顔を上げる。

 見上げた先には、宰相の姿。

 美しい金髪を後ろになでつけた、碧眼の、壮年となってなお若やぎたつ美しい男の姿があった。


「我ら『最後の手段』の代償(・・)を知る者。『それ』はここから我ら人類の存続をなし得る最終兵器であると同時に、その代償は永久に続き、人類という種からさる重大なもの(・・・・・・・)を永久に剥奪せしめる。……剥奪されるものの重さを思えば、『いっそここで滅びを選んでしまっても』と思う気持ちも、わからないではありませぬ」

「余は、滅んでしまえなどとは……!」

「もはや誰に言葉を飾る必要がございましょうか! ……ここ、謁見の間も、ずいぶんと広くなり申した。近隣国家が滅び外務大臣が辞した! 教育の暇がなくなったと見て文部大臣が家族のもとへ戻った! 使用人どもも次々暇を求め、近衛兵さえ滅び行く世界を守る一兵たらんと前線へ赴いた! あなた様の警護を捨てて!」

「近衛兵を責めてくれるな。もはやこのような状況で、余の警護もなかろう」

「……そう、あなた様は、すべての要求を呑まれた。暇を求める者どもの気持ちを察し、状況を正しく把握し、結果、際限なく城から人が消えていった」

「……」

「そうして、それでも残ったのが、我ら三名というわけです」

「……うむ」

「史上最高に不運なる王よ。我らが王よ。……ここにはもはや、あなたの決断に異を唱える者はおりますまい。あなたが決めるのであれば、それは熟慮の結果。運悪く人類の未来を背負わされてしまった悲運なる王が、胃痛を抱え、眠れぬ夜を過ごしながら、その果てに定めた未来なのだと、我ら信じて疑いませぬ。そして、あなたに委ねて、不満も後悔もありませぬ。大罪人となるならば、ともに責めを負いましょうぞ」


 シン、と謁見の間に沈黙が降りた。

 王の長い長い吐息だけが響き、そして――


「余はたしかに悲運かもしれぬが――家臣には恵まれたようだ」

「……もったいなきお言葉」

「『なすべきか、それともなさぬべきか?』……なさなければ待つのは人類という種の滅び。魔物どもが地上にあふれ、連中の楽園を築く未来であろう。しかし! もしもなしたならば、その行く末は滅亡よりなおひどい未来かもしれぬ!」

「……」

「余は名君賢王のたぐいではない。しかし、暗愚に徹することもできぬようだ。……それが今は恨めしい。余がもう少しだけ賢しい王であったならば、きっと、人類はここまで追い詰められなかったであろう。反対にさらなる暗愚であったならば、きっと、悩むことなく決断を下していたであろう」

「賢王でなく、暗愚ではない、あなただからこそ、我らは残ったのです」

「そうだな。……ああ、そうだ。だから、余は信じるぞ。たとえ我ら人類からなに(・・)が失われようとも――生き残ればいずれ、我らは幸福を知る。貴君ら三名が、賢さでもなく、愚かさでもなく、余が余であるという理由で最後まで残ってくれたように。きっと、人の素晴らしさは、そこ(・・)にはないのだと。未来の者どもも、きっときっと、素晴らしき友を()るであろうと、余は信じる」

「……では」

「うむ。――『知性破壊爆弾』を発動する」


 王は玉座から立ち上がった。

 号令に応じて『それ』を持つ兵も、使用人も、もはやない。

 だから王は自らの足で『それ』のもとへ向かう。


「『知性破壊爆弾』が発動すれば、我らは『知性』を失うであろう。現代から未来へ生きる全人類の知性を魔力に変え、放つ兵器だ。この威力は大陸にいる魔物どもを灰燼とする……そのくせ人類だけは滅ぼさぬという神よりの賜り物」


 カツンカツンと靴音を響かせ、玉座の裏へ回る。

 そこには、直径が王の背丈と同じほどの球体が鎮座していた。


 球体の中央には、赤くて丸いでっぱりがある。

 そこを王が人差し指で押し込めば、今述べたことが――魔物を消し去り、人類から知性を奪うというおそるべき、仕組みもわからぬ神の御業が発動するであろう。


「……さて、『これ』を発動した余は、遠き未来でどのように語られるか」

「王よ、その『知性破壊爆弾』にまつわる伝承が事実ならば……少なくとも、未来の者は決して王を責めぬでしょう」

「なぜだ?」

「責める知性がありませぬ」

「……なるほど。それは――安心だな」


 王は晴れやかに笑い、


 ポチッ。



 ……あとのことは、もはや認識できない。

 彼らはたしかに滅びなかった。


 そして――

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