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勇者の願いと後悔  作者: りゅうちゃんDX
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第五話



◇◇



 男たちの死体を『収納』の中にしまい込む。迷宮の中は法の適用の外とされているが、殺人をしたという噂が広まってしまえばさらに冒険者組合の監視は厳しいものとなるだろう。噂は人々が口にしていれば、証拠がなくとも事実となり得るのだ。


 血も魔法で生み出した水で洗い流し、証拠隠滅を図る。


 「さて、衝動的にやってしまったが・・・・・・どうしようか」


 遠山の視線はもちろんハーフの子どもへと向いている。いつの間にか気絶してしまったらしい。


 腕を握っていた「ゴミ」を蹴飛ばして子どもの様子を見る。胸が上下していることから生きているのはわかるが、ひどく弱弱しい。『生命探知』からも、衰弱していることが確認できる。


 とりあえず、この子の面倒を見ることは確定だ。所有者を殺したくせにその後は知りませんでは筋が通らない。それに、そのまま放置されたほうが、あの男たちの持ち物であったときよりも酷い目にあうかもしれない。


 「まあまずは首輪だな」


 奴隷としての証である首輪の魔法具―――人工的に作り出された魔導具のようなもの―――は厄介だ。一目で奴隷であることがわかるし、無理に外そうとすれば、奴隷の痛覚に働きかけ耐えがたい苦痛を与える。外すには所有者本人がその意思を声に出す必要がある。遠山であれば痛みなく、無理に外すことも可能だがわざわざそんなことはしない。


 「《解除》」


 遠山がそう口にすると同時に、子どもの首輪は外れ、ゴトリという音を出して地面に落ちる。その音は静かな通路に重々しく響き渡った。



◇◇



 遠山は今、迷宮の出口付近にいる。地上から降りてきた広間の近くだ。背中には子どもを背負っている。先ほどよりも顔色はずいぶんと良くなっている。それは遠山の持つ回復薬によって回復させたのだ。


 (さすがに堂々と中を突っ切るのはまずい)


 遠山が倒した冒険者の知り合いに見つかったり、子どもが他の冒険者に連れられていることを訝しく思って何かしかけてきたりするかもしれない。そして、ここには多くの冒険者がいる。百人は下らない数だ。


 (・・・・・・下級迷宮だけあって、強者はいないな。これなら大丈夫だろう)


 「《浮遊》、《不可視化》、《生命力隠蔽》、《魔力隠蔽》」


 遠山は四つの魔法を同時発動させるという離れ業をやってのける。二つ同時でも驚愕すべきことであるのに、彼は本気になれば十個まで同時発動させることができるのだ。


 浮かび上がった遠山は子どもが落ちてしまわないかの確認をして、わいわいとのんきに騒いでいる冒険者たちを尻目に迷宮の穴を飛び出した。そのままの勢いで迷宮を囲う城壁を越え、そして王都へと飛んでいく。


 数分もしないうちに高い城壁が見えてきた。



◇◇



 扉とは名ばかりの板を肩で押して掘立小屋の中へ入る。さすがに衛生上の問題があるので《浄化》を使ってきれいにする。どれもが新品のようにピカピカと光っていて見違えるようだ。


 まだ気を失っている子どもを布に横たえてやる。その手はひどく優しい。子どもなど触った経験がないからどんな力加減で触っていいのかいまいちわからないのだ。勇者、万事休すである。


 それから三十分ほど。『収納』の中を整理していると、子どもがむずむずと動いているのに気が付いた。


 「起きたか?」


 それは遠山にとってただの確認だったのだが、子どもには恐ろしく聞こえたらしい。寝返りを打つようにしてこちらに背を向け、肩を震わせている。


 「安心しろ、あいつらはいない。そして俺はお前を取って食ったりしない。大丈夫だ」


 その言葉が信じきれないのか、恐る恐るといった感じで首を動かしてこちらを見る。


 (ッッ!!)


 やはりあの瞳を見るとどうしても動揺してしまう。かつての罪を思い出して。


 目を瞑って深呼吸し、気持ちを落ち着かせ、水の入った水筒とオーク肉の串を子どもの近くに置き少し離れる。警戒されているのは重々承知だ。だから、しっかりと配慮はする。


 「ほら、食べろ。回復薬で体の傷は治ったはずだが、体力まではどうしようもない。食ってしっかりと栄養を取れ」


 赤い瞳に困惑の色を乗せながら、数分迷った後すごい勢いで食べ始めた。よほど腹がすいていたのだろう。


 (まだほんの子どもなのにな・・・・・・)


 飢餓に苦しみ、理不尽に耐え続ける子どもたちを見るのはとてもつらい。日本ではもちろんのこと、こちらの世界に来てからも遠山とそういった世界は意図的にシャットアウトされていた。彼らにはなんの罪もないのに、疑うことをせずその環境を甘んじて受け入れる。なんと嘆かわしいことか。


 すると、肉を喉に詰まらせたのか、動きが止まって顔色が青くなる。胸を何度も叩いてから水を押し流して苦しそうに息をしている。その様子を見て思わず笑みを浮かべてしまう。そしてあることに気が付く。


 (はて? 笑ったのなんていつぶりだろうか。こちらに来てから笑うことは極端に減ったが、まだ一年目のころはよく笑っていた気がする。ということは約二十年ぶりか)


 罪の意識に押しつぶされて感情を表に出すことにさえ罪悪感を感じていた。自分が感じる幸せや喜びは、自分の手によって命を奪われた人からとってしまったものではないかと。そんなことばかり考えていたが、なぜかこの子どもの前では笑うことができた。


 (いったい今までと何が違うのだろうか)


 そんな感慨に耽っていたら時間はあっという間に過ぎてしまったようだ。子どもは食事を終え、再び怯えた様子でこちらを見つめている。


 (さて、誤解を解くのに骨が折れそうだな)


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