第四話
◇◇
今の時間帯は昼の十二時ごろ。
依頼はすでに達成し、あとは冒険者組合に行って依頼の達成の確認をしてもらうだけだ。そして魔石も同時に売って金を受け取り、その足で金と昼飯と晩飯を買い、家で酒盛りする。いつものパターンだ。昨日が特殊で、遠山はなぜか雨の中で酒を飲みたいと思ったのだ。
階層は第一階層。出る魔獣としてはゴブリンのみ。広さとしてもそれほど広くはない。地上に出るのにさほど時間はかかるまい。
感知系の技能、『魔力探知』と『生命探知』を使ってゴブリンを避けて出口へ向かう。文字通り前者は魔力を探り、後者は生命を探し出す。生命体はすべて魔力を有するために『生命探知』のみでも、と思うかもしれないが、魔獣の中でもアンデットと呼ばれるものは『生命探知』には反応しない。しかし、上記した通りここではゴブリンしか出ないのでそれも必要ないのだが、備えあれば患いなし。そして、彼の勇者根性が慣れとして同時に発動してしまうのだ。
しかし、第一階層には駆け出しの冒険者も数多くいるために判別がしづらい。そして慣れが残っているとはいえ、彼の力はなまっている。決して衰えてはいないが。ゆえに、どうしても間違えてしまうこともあるのだ。
前方二〇〇メートルに五つの生命反応がある。
(五匹で固まって行動するゴブリンはまだこの階層にはいないはず。なら駆け出しの冒険者パーティーだろうか)
そう思って進み、横道に入ってその光景を目にする。
(これは・・・・・・戦闘中か)
まだ若い男二人とそれよりも若い、十歳くらいの子どもがゴブリン二匹を相手にしている。幼い子どもは戦闘には参加しないようで、大きな荷物を背負って後ろに待機している。戦闘している二人の男は若干危なっかしいところがあるが、うまい具合に補助し合い、一匹ずつ着実に倒していった。
(まだ生き物を殺すことに対する躊躇いが見られるが、慣れていけばいい剣士になるだろう。・・・・・・しかし、なぜゴブリンは二匹いたんだ? 偶然近くで二匹同時に出現したのか?)
冒険者の戦いに他の冒険者が介入するのは避けるべきであるというのは暗黙の了解だ。魔獣の注意がいろいろなところへ移り、行動が読めなくなってしまうからだ。そのため素早くもとの通路へと戻り戦いを見守っていた。そして疑問に思ったのだ。
戦闘も終わったことだし横を通りすぎようとおもって身を乗り出したときに何かをぶつ音が聞こえた。
「おい、てめえ!! てめえのせいで危ないところだったじゃねえか!」
声のするほうに目を向けると、幼い子どもが頭を押さえて蹲っていた。
男の一人が鞘を握っていることからそれで殴ったのだろう。もう一方の男はそれを眺めているだけだ。
「お前がついてくるのが遅いから二匹同時に相手をするはめになったんだ!!」
そしてさらに何度も殴っている。どうやらゴブリンが二匹いた理由はあの子にあるらしい。
(だが、だからといってあれはやりすぎだ)
危険に陥ったのはわかるが、迷宮に入った時点で危険は承知の上である。誰かに責があろうともカバーしあうのが当たり前だ。まして相手は幼い子ども。遠山にはどうしても見過ごせなかった。
「《浮遊》」
彼がそうつぶやくと同時に体が浮き上がり、弾かれたように彼らのもとへと飛んで行った。
一瞬で辿り着き、怒りのあまり頭に血が上って顔を真っ赤にしている男が大きく振り上げていた、鞘を握る手を掴んで動きを止める。
「そこまでにしておけ」
突然現れた遠山に驚いて二人とも目を剥くが、すぐにさきほどまでの怒りを思い出して怒鳴りだす。
「うるせえッ! おっさんには関係ねえだ・・・・・・あれ?」
そう言いながら掴まれた腕を振り解こうとするとするが、微動だにしない。それもそのはず、実力差でいえば月とすっぽんなのだから。レベルの差もあるだろう。飛んでくる一瞬の間に『鑑定』を使ったところ、今腕を振り解こうとしている男が十二レベル、もう一人が十三レベル。まだまだ駆け出しだ。冒険者として一人前だと認められるには二十五レベルは必要。他方、遠山のレベルは九十七だ。
もう一人の男も加わって振り解こうとするが、それでも微動だにしない。
「相手は子どもだ。結局は助かったのだし、終わりよければそれでいいではじゃないか。それに仲間だろう?」
実力の差を悟らない若者たちに解き諭すように語り掛けると、二人は必至だった顔をキョトンとさせながら顔を見合わせてげらげらと笑い始めた。
状況がわからずに困っていると、笑い疲れた様子の男が言う。
「あれは仲間じゃねえ。よく見ろよあの首輪を。荷物を運ぶために買った奴隷ポーターさ」
確かに首に首輪がされている。魔力が少し感じられることから、本物の奴隷の首輪だろう。ということは・・・・・・
「つまりおっさんには口出しする権利はない。わかるな?」
まったくの正論だ。奴隷は持ち主の使いたいように使っていい。例え殺そうとも罪には値しない。というのも、戦争が終わって以来奴隷に関する規定も厳しくなった。今の時代に奴隷の身分に身を落とすものはよほどの罪を犯したものか、両親が奴隷であるものであるかのどちらかだ。
男の言葉に反論できず思わず手の力を緩めてしまう。その隙をついて手を振り解き、もう一方の手で丹念にさすっている。
「それにな」
そう言って男は子どもに寄り、髪の毛を鷲掴みにして無理やり頭を上げさせる。うめき声をあげながら涙を流す姿に思わず目を背けそうになる。しかし、その直後目にしたものに、遠山は目を見開く。
「こいつは人間じゃない。憎き魔人族だ。奴隷商が扱いに困っていたのを見て、心優しいこの俺が買ってやったのさ」
鮮血を思わせるその赤い瞳は確かに魔人族の特徴と合致している。それに、よく考えてみると普通よりも魔力が多いのだ。魔力の多い将来有望な子だなと思っていたが、とんだ見当違いであった。しかし、一つ腑に落ちないことがある。
「・・・・・・確かに瞳は赤いが、額に魔晶石がないじゃないか」
そう、魔人族であればそこにあるべきものがない。魔人族は魔晶石と呼ばれる、魔石のようなものが先天的に額に埋め込まれて生まれてくるのだ。そしてその色が黒に近ければ近いほど、その魔力は多く強力な魔法を放つことができる。
「聞いて驚くなよ。こいつは人族と魔人族のハーフだ」
「なにッ!?」
これはさすがの遠山でも驚きを隠せない。大陸大戦が開戦して以降、互いが互いの領土を奪い合い、憎しみを蓄積し、敵の領土では好き勝手やっていた。凌辱など珍しいことでも何でもない。しかし、子どもは生まれないのだ。何が原因なのかはわかっていないが、人族と魔人族の間には子どもができないというのが常識だ。それは他の種族間でも同様。もしいるのだという噂が流れでもしたら、遠山とて鼻で笑い飛ばしていただろう。しかし、その証拠が目の前にいる。
「だから奴隷商も持て余していたのさ。珍しいから見世物にでもしようかと考えたらしいが、講和条約に引っかかる可能性があるからな」
「・・・・・・そうだとしても、だ。子どもに対してそんなことをするのは見逃せない」
心の中ではわかっている。どの口がそんな言葉を吐くのか、と。お前は躊躇いもなく切り捨てていたではないか。遠山の中でそんな言葉が響き渡る。
「ハッ、だからなんだっていうんだ。どうする? 俺を殺すか? そうすればお前は冒険者として生きていけなくなるぞ。まあ、いずれにしろ、片脚しかないおっさんに負ける気なんかしないがな」
そう言い放って、遠山が沈黙しているのを見て、ぐうの音も出ないのかと判断し、子どもの手を掴んで引きずるようにして仲間の男をこの場を離れようとする。
「ほら、自分で歩けよ・・・・・・ん? やけに軽・・・・・・え?」
歩き出したところで左手がやたらと軽いことに気が付き、左に目線を向けると、本来肘から先にあるはずのものが、なかった。
「う、うわあああぁぁァァァァァ!!!! お、俺の手が、ね、ねえええェェェェェ!!!!」
男の手を切ったのはだれか、それはもちろん遠山だ。魔獣にさえ使うことのなかった愛剣を使い、痛みを感じさせぬ間に切り落としたのである。
その剣はとてもシンプルなデザインであった。柄と鍔は白銀色で、鍔の中心には青い水晶がはめ込まれている。刃渡り八十センチほどの刀身は漆黒で、真ん中を青く輝く筋が一直線に通っている。
刀身には一切血が付いていない。これだけでどれほどの速度で剣を振りぬいたのかがよくわかる。
松葉杖はそこらに放り、「両足」で立っている。そう、両足だ。
今までなかった右脚のひざ下には、真っ黒な足が付いている。いや、正確には、真っ黒な全身鎧のひざ下部分だけを切り取って付けたというほうがわかりやすいか。しっかりと地面を捉えて体を支えている。まるで、本物の脚であるように。
それは魔導義肢と呼ばれるものだ。時折宝箱から手に入る魔導具の一つで、後天的に失った四肢の代わりを果たす。遠山の場合は右脚。もちろん魔導具であるために装備者に多くの恩恵を与えるが、それを語るのはまたの機会にしよう。
無傷の方の男は茫然としていたが、やっと状況に頭が追いついたのか剣を抜くために右手を腰へと伸ばす。しかし、それは叶わない。
「え、あ」
クルクルと世界が回っている、いや、違う。彼の首が宙に舞い、クルクルと回っているのだ。そしてその事実に気づいたときには目を大きく見開いた驚愕の表情を顔に張り付けてこの世を去っていた。
腕を失った男は、遠山が剣を振るった残像を目にし、茫然とし、そして腕の痛みを忘れるほどの恐怖を感じた。
「や、やめてくれ! こ、このガキならやる、やるから! 『私は彼の者に奴隷の所有権を譲渡する』!! こここ、これでいいだろ? なあッ!?」
魔力のこもった言葉とともに、遠山の右手の甲にもまた魔力を感じた。一瞥すると、奴隷の所有権を示す紋章が浮かんでいた。
何も感じられない、光沢の失われた瞳で男を見つめ、再び剣をふるった。