1-2-2 天穹大都市《セラフィムグラント》へようこそ2
「今日は一生分の力を使い果たした気がするな…」
僕は浴槽の中で嘆息しながらそう呟いていた。今日一日で人生の半分を持っていかれたような気分に苛まれていた。
ーーーーーーーーーーー
時は少し前へ遡る
僕は図々しくも他に宛がなく、ルナメイア家に泊めて貰う為に彼女と共に彼女の家へと絶賛向かっている最中だった。
二人は他愛もない会話に興じながら閑散としている街並みをバックに歩いていた。
ふと疑問に感じたのでこんなことを訊ねてみる。
「時にルナ、君にひとつ聞きたいんだが君は学生なのか?」
実のところ…先程、現がルナメイアの家を飛び出し模索しながら街を歩いていると彼女と同様な格好をした少年少女達とすれ違ったので当たらずと雖も遠からずであると推測していた。
「はい…?一応学生をやらせていただいていますよ?」
一応と言う言葉を怪訝に多少の違和感を感じるが…。
やはりこの世界にも学校という文化は尚、健在のようだ。
彼女は首を傾げ如何にも訳がわからないといった素振りをしているので特段、裏表がある様な雰囲気には見て取れない。
そして、気がつくと僕は無意識の内に彼女の顔より下を眺めていた。
(しかし、改めて見るとよく育っているな…)
一言で表すなら女神そのものだが思春期の男女云々でもなくとも見惚れてしまうと思う。時には貧相な人間は嫉妬の念を抱く事だろう。まあ、理由は言うまでもない。とても育ちが良く制服からでもわかる豊満な二つの膨らみが上下に空気抵抗やら重力を無視して自由奔放に意図しない暴力を奮っている。それに相俟って端正な顔立ちが彼女自身の美徳のオーラを律している。
色仕掛けには全くもって皆無な僕もさり気なく横目で追ってしまう始末だ。
「どうかしましたか?先程から私の方ばかりを見て、私の顔に何かついていますか?」
僕は彼女の言葉でようやく我に帰った。
「いいや、なんでもないです。」
いや本当に失言したら洒落にならない。
言葉を濁しながら冷静に対処しよう。
そうしよう。
「いきなり敬語ですか!?」
おや?いきなりしくじったぞ??
「そんなに驚くことか!?僕は年上の奴には敬語を使うぞ?!」
「すみませんでした!…多分私の方が歳はしただと思うのですが…わかりました気にしません!」
「あぁ気にするな!気にしたら負けだ!」
「そこまで言われたら余計気になって仕方がないんですけど?!」
「あ~もう面倒だ…しょうがない…僕も男だ覚悟を決めよう…言うぞ!」
「え、え!?あ、はい!」
「ごほんっ…君のたわわに実った暴れん坊達は素晴らしい限りだ!よくも僕を魅了した褒めてつかわす!」
「……」
「……」
至極当然の事、高飛車かつ妙に回りくどく不自然な言い回しにルナは数秒思考を凝らし、僕の言動を基として徐々に手繰り寄せた結果…唐突に茹蛸の如く顔は愚か首根っこまで紅色に染め自身の感情を最大限顕わにした。
「とうとう気が付いてしまっ…ぶべっし!」
目にも留まらぬ速度で彼女は奇妙な言語を詠唱したかと思うと轟音と共に不条理で節操のない不可解な「何か」が僕を吹き飛ばした。一瞬の出来事に思考が追い付いていかず、僕は整然と並び立った広葉樹木の一角に虚しくも突き刺さる様に突っ込んだ。
これは痛い…。
主に木枝が。
只一つ言い切れるとしたら女性に対してこれは完全に失言だったようだ。節度って大事だな。
(もう少し手加減を…ガクッ)
「げ、げ、現さんのえっち!へんたい!おたんこなす!」
そして、轟音に加えルナの悲鳴じみた罵倒がトリガーとなり周囲を佇まいとする住民達が
「今のはなんだ?!」
「まさか、奴が出たんじゃないのか!」
など祭りの如く騒ぎ立てていた。
通常街灯は左右対称で灯るのだが幸運な事に街灯の燈は左右非対称で片方の燈は消失していた。又、偶然が二重に重なり一本一本の街灯には距離がある為、彼らには怪しい僕は愚かルナメイアですらも発見出来ず遂には野次馬共はそそくさと家路についていた。
火の無いところに煙は立たない。証拠も根拠も何一つないものは探りを入れても無駄である。恐らくたった今起きた出来事は明日には綺麗さっぱり流されているだろう。
まあそれは良いとして…
先程の不可思議かつ容赦の無い横暴な突風は一体全体何だったのだろうか。
野次馬共が居なくなった頃を見計らって僕はは地に生還。自らの身体を起こし寸法がさほど高くはない樹木であった為容易に飛び降りる事が出来た。
所々に葉や小枝が引っ付いている為手で振り落とした。
「死ぬかと思った…。それに、おたんこなすってきょうびきかないな…」
「現さん何やってるんですか〜!」
「いや誰がやったと…次怒らせると死ぬな…」
「なんか言いましたか?」
彼女の笑顔が妙に恐ろしく感じる。
「い、いや何も。あっそれよりだ…」
僕は先程の突風について問い質そうとした矢先、体力の消耗の影響か、体制を崩しルナの豊満な胸へとダイブしてしまった。
(これはまずい…非常にまずい。今回は確定で死が待ち構えてるな…)
流石にこの数分で二度もやらかすのは自身の無駄な天然具合いに苦笑する事しか出来ない。
「す、すまん!」
ルナの胸をバネにして、すぐ様元の体勢に戻った。纏まらない思考で咄嗟に思い至った行為は腰を直角に曲げ、頭を深く下げ、最大限の謝罪。赦しを乞う為に無駄な弁明などは不要。真摯に一言で済ます。これならば赦しを…
「あ~これは非常にまずいな」
謝罪の言葉は虚しく、ルナは彫刻の如く硬直していた。
そして直ぐ様ルナは取り繕う素振りを見せるが挙動不審極まりない。
一度収まった顔色が再び真っ赤に染まり徐々に歩くスピードを速め、その結果、彼女は無意識なのか故意なのか脱兎の如く全力疾走をし始めたのだった。走る姿は非常に様になっていると関心したが、やはり気になるのは先程もそうだが、今回も鮮明に疑問として植え付けられた。僕が人間飛行機になる瞬間彼女の背後を付き纏う風の様にも思える何かが上下左右、自由自在に変型していた。それはまるで風に生命が宿ったかの様に。それ故に不可思議なのだ。常軌を逸している。
そんなこんなで、彼女に賞賛と尊敬の意を示していたが、その心情と相対的に違和感が付き纏っていた。
仮定として、もしそれが魔法だとしたならば
彼女はお世辞にもそれを使いこなせているとは言えない。どちらかと言えば無理をして使用しているようにも思える。
矢継ぎ早に出る疑問に凝らしていると、ルナメイアの姿はそこにはなかった。そして、思考するだけの猶予すらくれなかった。
ヒューカッヒュッカッカッカッ、ズカッ!!
眼前から迫り来る未知なる異音と遭遇した。
それは謀らずとも、起こりうる事象としては当然の結果だったろう。前を助走していた彼女は体制を崩し盛大に転倒したのだろうと目に見えた確信があった。まさしく滑稽な光景だ。
「サッカーだったら確実にゴールもんだなこれは…うん、一日に二度も転ぶのはドジっ娘属性でも抱えてるのか?」
そして、見えないルナと見えないゴールキーパーとの勝負の終焉を迎えた頃を見計らって歩み寄ったが、勝負結果を聞き出す事は愚の骨頂、彼女は意気阻喪とし完全に目を回していた。
彼女の頭には再び鶏の雛が輪を描いているようにも思える。
「全力のお前は格好良かったぞ…もし、お前に彼氏が居ないのであれば今頃惚れてるぞ」
「…」
彼女の様子を伺いつつ、冗談を交えながら返ってくることのない返答を待望したが、当然返ってくることは無かった。
僕はつんのめって意識が現界から遮断されているルナを通称、お姫様抱っこと呼ばれている老若男女誰しもが一度はしたい、されたいランキング堂々の一位を陣取るであろう夢と希望に満ち溢れた抱え方で近くにあるベンチまでだき抱えていた。
あ、男同志とかはちょいと勘弁で。
その間、先程の野次馬共は口を揃えて「例のダークドラグナー」がどうとか騒ぎ立てていた為、僕とルナメイアと言う存在は空気同然と化していた。
そしてそそくさと去っていく。
なにかのネタかこれ?
ルナは依然として気を失っているらしく、彼女の身体を揺らしながら声を掛けてみたが応答はなく気絶をしているのか天に召されてしまってもう既に三途の川を渡ってしまっているのかの区別すらままならない状態だった。
そして、暫らくすると何事も無かったかのようにひょこっと起き上がり伸びをしている姿は寝起きの猫とそれ同様にも思えた。
確か少し前にもこんな光景見たな。
「目を覚ましたか。盛大に転んだな」
「お恥ずかしい限りです…ご迷惑をお掛けしました…」
「あぁ、もう迷惑をかけるなよ。」
「反省しております…って元はといえば現さんが悪いんじゃないですか!」
「まあまあ、落ち着け。そんな事より空を見てみろよ。星が綺麗だ。」
「あっ!話を逸らしましたね…はぁ…しょうがないですね……凄く綺麗です」
「だろ?」
ルナは怒りの矛先を納めてくれたのだろうか。
まあ無理もない。延々と続く広大な虚空に己が存在を知らしめようと顕示し、煌びやかに光り輝く無数の星達は、僕の元いた世界にはないくらい尊大な景色を描写している。
ルナは先程の忿怒とは裏腹に渇望の感情に様変わりし、羨望の眼差しは星同様、煌々と光り輝いていた。
まさに神秘的な光景だ。
「ふふっ♪今日は学園長の気分が宜しいのでしょうか」
「ん?学園長?」
「あっいえ!こちらの話なので気にしないで下さい!」
「あぁわかった…って…また…この下りか…」
「くすっ…本当ですね、可笑しいです」
「そんなに可笑しいか?まあ、なんだ?そろそろ遅いしルナの家まで案内してくれないか?」
「はい!喜んで♩」
そして僕らは思春期の子供の様に会話に興じながら漆黒に染まった道を街灯の灯りを頼りにしていくうちにアルヴァース家に到着した。
ガチャッ……
「お爺様〜お婆様〜只今戻りました〜!」
ルナがそう告げると奥の方から彼女の祖父母が現れたのだが、これがまた、僕に多少の狼狽えを感じさせてくれる。
というのも、
祖父の方は歳を重ねているとはいえ達観した風貌であり幾度の戦場を超えてきた猛者の様にも見て取れる。 威厳と尊厳に溢れているのだ。
祖母に関しては驚きが隠せない。
なんてったって若すぎる。
ルナメイアの母親と偽っても何ら不自然はない。
しかし覚醒遺伝はないのか?
全く似てないな?
まあいっか。
「ルナメイア遅かったのう…心配したんじゃぞ?」
「お爺さん…年頃の女の子には色々とあるんですよ」
「お婆様!色々なんてないですよ?!」
(うん、なんだろうかこの違和感)
まあ、アウェイで一人取り残されるのも頂けないな。
僕は彼女と祖父母の会話に躊躇いつつ横槍に一言。
「あの…」
「…どちら様?」
応答したのは祖母の方だ。
「あっ、すみません現さん!唐突で萎縮してしまいますが…お婆様、お爺様この方は夢野現さんです!今日一日此処にお泊めしても良いですか??」
「よろしくお願いします。夢野です」
「ご丁寧にどうも~。私はルナの祖母のアルメイヤと申します。」
「あ~ワシはルークじゃ」
自己紹介を終えた僕の後に祖父母は唖然とした表情を浮かべ、祖父の方は目を凝らしてこちらを見ている。祖母の一声には時間の齟齬が垣間見えた。
「えぇ、良いですよ。現さんはルナメイアの彼氏さんの様ですね?」
「なに!ルナメイアに彼氏じゃと!?」
「違います〜!そんなんじゃないです!」
彼女はムキになりながらも目に涙を浮かべていた。正直こんな顔もまた微笑ましく思えたす。流石にかわいそうになり、
「通りすがりに彼女に助けて頂きました。」
「そうでしたか」
「そうなのか」
彼氏じゃないと堂々と言うのは正直情けないと落胆しそうになる。
まあ、立て続けで無事に二人の誤解が解けたようで何よりだ。
先程からどうかしたのか、ルナは何処か忙しない。
「どうかしたか?」
「現さんすみません…少し、外に出てきます!直ぐに戻りますので!」
そう一言残し彼女は一瞬の隙に走り去って行った。漸く帰ってきたばかりなのに忙しい娘だ。
「彼女…突然、外に出て行ったのですが大丈夫なんでしょうか?」
「あぁ、あの子の事だ大丈夫じゃろう」
「あっそうそう丁度ご飯が出来上がったからよかったらどうかしら?」
「えっと…すみません御相伴に預かります」
ルナの祖父母共に寛大な器を持っていてくれて助かったと思うと同時に内心では、
やはり人間の行動原理は全く以て理解し難い。増してや年頃の女の子はどうも心情の意図を汲み取れない。どうも苦手意識が先行してしまう。
晩餐の席で僕はルナの祖父母に自身が少し遠方の地から来たとだけ伝えここについて少し知恵が欲しいと伝えたところ造作もないといった快い振る舞いで語ってくれた。
「そういうことか…」
さり気なく相槌を打つ。
内容はこうだ。
まずこの世界全体としての名前がないらしい。かつては名があったらしいが、ある時をきっかけに世界そのものに名前がなくなっていたとの事だ。
そして、ここは天穹大都市という大国家の様なものらしい。
この曖昧な表現には理由がある。
然るべき理由として、この国に国王という存在が居ない。
しかし、城は造立されていて先程目視した時に一つ異様な程に尊大で尊厳と威厳が漂う建物があったが恐らくそれだろう。
国王がいないで成り立っているのかと言う疑問については裏で何者か…いや仮に即席代理人とする。が手を回して国家秩序を確立しているとの事だ。
然しながら、王城には人が出入りしている様子があり、名誉付与、賞与等など国の成果となる偉業を成し得た場合の処遇はパレードを催し活気溢れる場となるという。
贈与はその即席代理人によって手渡しが行われる場合もあると言う。
その即席代理人自身は仮面をし、声を変えているとの事だ。正体を隠す必要があるのか。
身も知らずのよくわからない人間から頂戴した賞与って感極まる様なものだろうか?
怪しすぎる。
とまあ、つらつらと並べたら世界規模で不安定だった。
そんな世界に召喚されるとかついてないと思わざるを得ない。
加えて、この世界の仮名としてエイトセカンドと名付けられている理由も嘘偽り無い爆笑ものだ。聞いた時に噴き出しそうになるのを必死に堪えていた。
天空に位置する八つの国と地上に位置する一つの魔族国家。そしてこの世界に存在するかも曖昧な神国の計八つプラス二つでエイトセカンド。
いや何故英語があるんだとか確かに微妙なところで疑問は抱くのだけれどそれにしてもネーミングセンスよ。
(神国入れてやるなよ…魔族も仲間に入れてやれよ…)
そして、内心誰しもが思うであろう事を代弁して僕は呟く。
魔族が存命することには先刻の街並み風景からしても察しがついたが…。
プラス一は可哀想だ。
そして神国が入っている理由も知らないときた。
とまあ、支離滅裂で得体もしれないが国家や世界が成立している事が何ともまあ天晴だ。
暫くの談話に区切りがついた所で、僕はさりげなく時計の方へと振り返る。
「かなり時間が経っているな」
数十分経っても彼女が帰ってくる様子は一向に無かった。野暮用と言うには些か遅すぎる。
そろそろ晩餐も終える頃であろうというのにどうしたものか。気掛かりであった為彼女の祖父母に尋ねてみた。
「ルナメイアさんの帰りが遅い様ですが、何かあったんでしょうか?」
「確かに遅いのぅ〜…」
「大丈夫でしょうか…あの子?」
二人は首を傾げ、浮つかない素振りを見せる。やはり二人とも気掛かりだったようだ。
此処は男の意地を魅せよう。
「僕が探してきますよ」
「良いのかい?」
ルナの祖母は気を咎めるような様子で他に宛もなく現な頼る以外に他はなかった。
早めにでも言ってくれればよかったのにと
。気を遣わせてしまったなと少し反省。
「はい…僕も心配ですし…それとご飯まで頂戴していますので」
僕は足早に玄関を出て全速力で彼女を捜査し巡った。
「ルナのやつ何処にいるんだ…?どこまで走って行ったんだよ!あ~僕が彼氏って言われてショックだったのか…」
概ね、それを意味する訳ではないと理解しながらも自ずとそんな言葉が口から発せられていた。
まあ、自身に冗談を交えるだけの余裕が微々たるだけでも顕在している事はまだ上手く思考が働いてる証拠だ。
そして、その思考で状況を整理してみる。
先刻の彼女は何故か地に足がつかない様子で忙しなかった。重ねて、この時間帯に急かしてまで済ませなければならない用事とすれば………
こればかりは推測だが、何かを手元から喪失してしまったのだろうかとふとそんな思考が脳内を駆け巡る。
ともすれば大方想像に難くない。
先刻に来た道を辿れば彼女はそこにいるだろう。直感だが宛もない。そう確信した時に募っていた多少の焦りは雀の涙程も存在し得なかった。
「ええい!ままよ!なる様になれ!」
思い至ったら吉日。そうと決まるとすぐに行動に移す。
正直自分がたった数時間前にあっただけの彼女に何故そこまで肩入れしてしまうのかと
不思議で仕方がなかった。
普段の自身であれば面倒事を避ける為に名乗り出ずに彼女が帰ってくる事を待っていただろう。下手すれば先に就寝すらしていたかもしれない。
駆けること数分僕は息を切らしながら初めてルナメイアと出会った場所に到着した。
「ここに来るまで駆けても結構時間かかったな…」
そして不気味に何かが蠢いているのが目視出来た。
恐る恐る近づいてみると案の定そこにはルナメイアの姿があった。しかし、全身泥や煤で塗れている。
「ルナ何してるんだ?出て行ったきり帰って来ないから心配したんだぞ?」
「え…現さん!?どうして此処に!?」
「どうして…?じゃなくてだな…急に家を飛び出していってしばらくしても帰ってこないもんだから心配して当然だろう」
「私…大切な人から頂いた大事な物を無くしてしまったんです……大事な物なのに…何故さっきまで気がつかなかったのでしょうか…あの人との思い出なのに…今残っているたった一つの思い出なのに……」
「え?」
彼女の表情は一変していた。目には涙を浮かべ、小刻みに身体を震わせている。
先程、僕が元の世界に帰るとかどうのこうの言っていた時に見せたあの表情と瓜二つだった。
お人好しな僕ではないが流石にそんな彼女に見かねてしまった。
見ているだけで何故か胸が締め付けられる
そして、何故か罪悪感を覚えてしまう。
「なら僕にも探させろ」
僕の口からは自ずとそんな言葉が呟やかれた。人間の心理は理解し難い。そもそも自分はそいつとは完全に無縁で無関係だった。
ただ今日偶然に拾われ、赤の他人から恩人になったまでだ。まあ恩人に恩を返すというのは当然のことながら、どうもそれとは違えると内心では感じていた。
身体が自律的に動いてしまう。心情と行動の釣り合いが取れていないのだ。予想打にしない出来事に双方、吃驚とした気持ちが隠せない。
「え?」
「とにかく一緒に探した方が早いだろう?嫌なら良いんだが…?」
「いいえ…お願いします!現さん!」
彼女は必死に現に泣きつきながらも何度も懇願していた。
…………
どの位時間が経ったのだろうか。僕達は苦労の末、遂にルナの「大事な物」とやらを探し当てた。
最初、僕とルナが探していた辺りより少し離れた位置にそれはあった。
彼女が先程看板で頭部を強打した店のドアの前にそのまま落ちていた。誰かに拾われなかっただけ奇跡だ。
「まさかこんな近くにあったとはな…」
「ありがとうございます…ありがとうございます…ありがとうございます…」
彼女は安堵した様子で再び涙を流し顔を腫らしながら、呪文詠唱の如く何遍も頭を垂れ、礼を述べていた。彼女の必死さは一目瞭然でわかる。相当大切な物だったのだろう。
「もう礼はいらないから!大事なものが見つかって良かったな」
「はい…本当にありがとうございました!!」
「ああ無事で何よりだ。」
そして彼女は大きな溜息を吐いたかと思うと直ぐに落ち着きを取り戻し、自身に問いかける様に語り始めた。
「これはですね…三年前私の大切な人から頂いた言わば御守りのような物です。だから、これを無くしてしまった時はもう、あの時の彼との脈絡が途絶えてしまう気がして…とても気が気ではありませんでした…」
「そうだったのか」
「す、すみません…つまらないお話を垂れてしまいました」
「そんな事はない。まあなんだ、そろそろ帰るか」
「はい!もう夜更けが近しくなってきましたね!そろそろ帰りましょうか」
「あぁそうだな」
何度目だろうか、二人で先程来た道を再び戻っていった。
「つかぬことをお聞きしますが…現さんは御両親の方はいらっしゃいますか?」
「え?」
唐突だな。
あっそう言えば僕もさっき学生かって聞いたっけ?
「いや?居ないけど?」
「あ…す、すみませんでした…」
「いや別に良い。実の所両親は僕が幼い頃に亡くなったんだよ。無差別殺人事件に巻き込まれて、僕だけが残った。」
「ごめ…んなさい…」
彼女は自責の念に駆られながら仔犬が叱咤されたかの様に萎縮した態度を示している。
「だから、いいって。続き聞きたいか?」
「は、はい…」
僕は何故だか当時の状況を淡々と語り出した。
「それで、僕の両親が無差別殺人で世を去ったのが凡そ十三年前だ。まあ当時五歳の僕は家族以外に身寄りがなく親戚なんてものはいなかった故に孤独になってしまってな…当然幼子一人では何も出来ない。そして僕の家は少し集落とは離れた辺境の地に住んでいた為警察は訪れなかった。まあその時から半年間は現実逃避から山で生活していたかな。」
「そ…うなんですね」
「だが、不可解なことに僕が決心し半年ぶりに家に戻ると誰が調査した結果もなく、家は荒らされているままだった。そして何よりもその状況に畏怖してしまった。両親の遺体がそこにはなかった。血痕すら残っていなかった。誰がどう処理したのか何がどうして起こったのか幼い僕には理解が超越していた。いや、でも確か…ひとつ変わったことがあったな」
「変わったことですか??」
「ああ、うろ覚えだが両親が転がっていた辺りに本で読んだ事がある様な魔法陣らしきものが描かれていたな…確か星の中に太陽と月が描かれていたような気もする…」
「そうですか…魔法陣の中に太陽と月…どこかで…」
「どうかしたか?」
「いえ…続けてください…」
彼女は急に押し黙って思考を凝らしながら何処か難しい表情を浮かべていた。
僕はそんな事にはお構い無しに話を続ける。
「でも、そんな僕をとある人が救ってくれた。孤児院のオーナーだったはずなんだけど…当初いたのが孤児が十人余りの孤児院でその人は優しく僕を迎え入れてくれた。三年前にその人にすら裏切られた。」
「それは酷いですね…」
彼女は自身の事のように憤怒した表情を顕にしている。自信の事の様に。同情する訳でもなく。ひたすらに真剣に話を聞いてくれている。この子は優し過ぎると心から思ってしまった。
彼女の表情や態度に呆けてしまった僕は多少の安堵を覚えその反動なのか少し顔を綻ばせながら続けた。
「だが、不思議な事にここ三年以前の記憶が全くもって残っていない。約十年の間確かに彼等との生活があった。そこには自分と合わせて育て親と十数人の孤児がいた。然しながら、彼等の面影が微塵も浮かばない…名前も思い出せない。いつしか、それ等が心境に影響を及ぼしたのか他人を信頼・信用もせず期待もすることの無い人間が出来上がってしまったんだ。まあ言わば人間不信ってやつだ。それが僕、夢野現という人物像だ。」
彼女は押し黙ったまま、俯いていた。しかし、ふと何かを理解したのか彼女は真剣な眼差しを現に向けた。
「そうだったんですね…そんなに辛い過去を私に話してくださって本当にありがとうございます!」
「あ、あぁすまない…変なこと話してしまったな」
「い、いえ!そんな!私こそすみませんでした」
「あーだから、もう謝るな」
「はい…でも話してくれて嬉しかったです…」
「い、いや…聞いてくれてありがとな…」
「はい!」
彼女は満面の笑みを浮かべた。
それは不穏な空気を払拭し、無限の庭園に咲き誇る煌びやかな花達の様に一筋の光明を現の世界に与えた。
(こういうのも悪くないか)
僕はそう呟いて不意に安堵の溜息を漏らす。
そしてルナの大事な物紛失騒動は幕を閉じ、それに乗じた僕のの意外な告白事件も幕を閉じた。
暗黙の了解でお互い言葉を交わす訳でもなく閑散とした街並みを
背景に今度は何事もなく平和に帰路についた。今度は何事もなく。
「お爺様、お婆様…本当に御心配をお掛けしました!落し物をしてしまって…この様な時間になってしまいました謝罪の言葉もありません」
「馬鹿者が!!例の暗黒飛蛇魔獣騎士に殺められてしまったのではないかと思ったじゃないか…」
「まあまあ、お爺さん落ち着いて下さい…ルナメイアもこう無事なんですし…」
「それはそれ!これはこれじゃ!」
ルナメイアの安否確認が出来た祖父母は心底ホットしていた様子だ。
本当に結果オーライだ。
(いや?待てよ?なんだ暗黒飛蛇魔獣騎士って?そう言えば先刻に野次馬たちがふっかけていた言葉に混じっていたな…)
そして誰かが耳に働きかけてきた。
(それにしても有難うね現さん)
不意なる耳打ちはルナの祖母の声だった。
「いえ僕は特に何もしていませんよ。」
「探り見つけて頂いて感謝してますよ。あっそうそう 。現さん今晩は家に泊まっていきなさいな。夜も遅いし…お部屋も宛がいましたから」
「良いのですか?ではお言葉に甘えさせていただきます」
交渉の余地がなく余暇もなく、慌しい騒動の所為で言い出す機会を逃していたが、流れ込んできた甘い誘いに乗らない訳にもいかず、烏滸がましく申し訳無いのだが、流石に疲れの波が頂点に達していた。
「えぇ大歓迎ですよ。お爺さんとルナメイアの事は私に任せて最初にお風呂に入ってらっしゃい」
「有難うございます」
「湯殿はここを真っ直ぐ行けば良いわ。」
僕はそのまま風呂場へと促された。
ルナは祖父と家族団欒で会話に興じているようだ。共に幸せそうだ。
服はルナメイアの祖父が昔着用していた物を貸してくれるとの事だった。
まあ事実、本来の目的が達成出来て良かった。
そして、
僕はお婆さんに言われた通りに一番風呂に入らせてもらった。
あれ?これってこの後ルナも入るのか??
唐突に恥ずかしいという感情がこみ上げてくるが、童貞じゃあるまいし……
あっ童貞か。
まあそんな事考えてもしょうがない。
「うん気にするだけ無駄だな!」
「現さん何か言いましたか?」
まさかのルナのおばあーーちゃん!
いやびっくりした。
「現さんこれタオルね」
「あ~すみませんありがとうございます!」
「いいえ~」
にっこりとルナの祖母は僕に笑顔を零した後団欒の間に入っていった。
僕は振り返ることなしに風呂場へ向かった。
ーーーーーーーーーーーーーーー
そして冒頭に戻る。
「今日は一生分の力を使い果たした気がするな…」
現はそう呟き今日一日について振り返っていた。
(この世界に来た理由も何もわからないが唯一確信を持って言えることはは当分元の世界には戻れないことだけだ。まあ気になることは山ほどあるが…また明日改めてルナに聞いてみよう)
案外意外な程この世界に馴染んでいる自分に恐怖を感じるがしどろもどろしていても始まらない。
とそう言えばここの風呂は日本とは少し違うのか?何方かと言えば小ぶりの銭湯の様だな。石造りの風呂はまあ建築からして可能性は想像していたがシャワーは普通のシャワーじゃないかこれ?日本にもある普通の奴だよね?異世界ってバケツで水やら沸かしたお湯やらを被ったり、魔法でお湯を沸かしたりするものかと思ったんだが…。
いやでもシャワーに付いているゲージと単水栓の蛇口の様だがハンドル無いな…垂れ流し状態なのかこれ?いやでも蛇口のすぐ上の壁に四角いゲージがあるな?好奇心が揺さぶられるな。ここに魔法とか流して沸かすのかな?まあ今度聞いてみるか。
数分風呂に浸かってから
現は浴槽から出てのぼせきった身体全体に冷水を浴びた。まさかのシャワーは切り替えもきちんと出来るようだ。
「さぶっ」
そしてこれも異世界の超常現象なのか鏡越しに洗面所の方を覗くと一つの影が蠢いていた…
「いや、まさか…な…」
身体が疲れきっているのだろう。幻覚に違いない。
えっと……
これは相当まずい…ルナなのか…ルナメイアなのか…?期待半分…焦り半分でどう転ぶかわからない。
「現さんゆっくりとつかれているかい?」
「へ?」
僕は素っ頓狂な声を出していた。
「パジャマの方を置いておきますね」
と言い残し洗面所から出て行ったのだ。
「そうですよねー」
結局の所服を脱いでいるかと思ったらエプロンの結び目を解いていた音らしい。
エプロンってそんな音するか?
僕は今日この一日ほど疲れた日は人生で一度もないだろう。とは言ってもそれ程長生きしている訳でもない。まだ齢十八の人間には無知の恥であった。こうも取り乱す自身を目撃したのは人生で二度目だ。
そう思いながら、風呂をあとにした僕は寝る身支度を済ませルナの祖母が僕の為に宛てがってくれた部屋で今日は早々と眠りに就こうとしたが、
トントンッ…
(ん?誰だろう)
「現さん…起きていますか?」
ルナメイアの声だった。
「あぁ、起きてるよ」
「入っても宜しいですか?」
「あぁ。大丈夫だよ」
そして、カチャッ…とゆっくりと扉が開き彼女が部屋に入ってきた。
「それで?どうしたんだ?御礼は要らないって言ったろう?」
「あ、いえそうではなくて折り入ってお話ししなければならないことがあるので明日時間を頂けますか?」
「あ、あぁ別に構わないが?」
「本当ですか?…良かった〜」
「それは今日では駄目なのか?」
「はい…明日その話については追ってお話しますから今夜はもう遅いですし…」
「あぁそうだなそれなら明日にしようか」
「えぇ…夜遅くにすみませんでした…ではまた明日。お休みなさい…」
「あぁお休み」
彼女にも、疲労困憊の表情が見て取れる。あの写真の明朗快活な様子の彼女とは完全に別人に見えた。まあ年の功っていう考えも無きにしも非ず。
「まあ無理もないな…」
僕は一人呟き…憮然としていた。
それから迷うこと無くすぐ様消灯し、また一言呟いた。
「いつになったら帰れるのだろうか… 」
その言葉を最後に僕は眠りに就いた。
其の日、熟睡して夢すら見なかったが…それで良かった。特別な事が前門の虎後門の狼の様に立て続けに起こったが何故かとても心地がよかった。それに、昔に若返った気分だった。
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夜も更け入った頃合いを見計らってある二人の間で密談が交わされていた。
「明日、彼をこっちに連れてきてね~♪」
威厳な態度ではあるがどこか腑抜けた甘く能天気な口調で彼女は食を嗜みながら呟いた。
「はい、わかりましたよろしくお願い致します」
一方は、淡々とした口調で事の仕儀を話しきった後にその場をあとにした 。
「も~本当に堅いんだから~まあ、しょうがないね~♪」
彼女は責務に満ち溢れたその背中を見届けた。
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