1-2-1 天穹大都市《セラフィムグラント》へようこそ1
幾ばくかの時間が経った後に
僕はようやく薄れていた意識を取り戻した。
どのくらいの間寝ていたのだろうか?
部屋の隅にある小窓から外を覗き見たところ既に陽は傾きだしているのだろうか空は茜色に染まりかけ、太陽と地上が創り出す黒炎なる影絵には壮大な尖塔が映し出されている…
ボーッと外を眺めていた後、曖昧模糊な状態である脳味噌を僕は自らの拳で鉄拳制裁、こっちの世界に引き戻した。
「あれ…ここは何処だ?確か僕は大学の講義を受けていたはずなんだが…あぁ…そう言えば講義中突然睡魔が襲ってきたせいで眠ってしまったんだっけ?…いやいやなんだあの塔?!…」
予期せぬ事態に狼狽しながらもどうにか平然を保つことが出来た。
舐め回すように辺りを探り見たがどうにも大学の講義室と異なる場所らしい。
寧ろ、人間の生活感が感じられる事から恐らくは、寝室や書斎の類だろう。
その部屋は見た感じ魅力的で雅趣であるものの何故か総じて雰囲気に質素さが見て取れる。
家具は白と桃色の二色で統一され、直感だが、風水等を考慮したのだろう。恐らくベットは北部を向いている。カーテンは二重でしかも柄物、その点で言ったら部屋に鏡も無ければ、ベッドの方角に家具の角は向けられていない。極め付けは、本棚の一角に在書する風水と見て取れる本が置いてあるからだ。
そして僕はふと白いタンスに目を移すとタンスの上には純粋無垢に笑い合う3人の少年少女達の写真があった。
そのうち右の二人は都合よく陰影が差していて口元しか見えなかったが一番左奥の少女だけは満面な笑みを浮かべている。
(ん?この少女何処かで見た覚えがあるんだが………いや流石に気のせいか?)
加えて、その写真には技巧的に見える点があり、写真前の少女の隣にもう一人誰か顕在していたかのような奇妙な空間があった。
その光景に身震いしたが、そんな悠長な事を抜かしている場合ではない。
「大学の講義に戻らないと…」
そう、僕は日本有数の剣術で名を馳せている名門国立剣技大学の生徒である。
とはいっても、剣術とは所詮剣技の真似事に過ぎず実際に剣を携える事は日本の法律云々で禁忌とされている為に剣道の世界大会候補者なる精鋭が集う大学であると認識してもらって構わない。
しかしまあ、世の中の条理には例外的な事例がないものの方が少ない。というのも、剣術に関しても、ほんのひと握りの人間に実物の剣を携え剣術の指導を可とする称号「剣聖」が賞与され、それは国家の保守的存在として認可され賞賛され続けている。
云わば第二の自衛隊のような存在であると認識されている。
彼ら、彼女らが人を諌め、圧倒的な武力で魅せるその剣技は美しく舞い踊るかの様である。それに憧れた人間がこの大学に入ってくるというケースも多々ある。
ちなみに、僕の場合は只、剣が好きだからという単純明快な理由である。
剣術は基本動作とその応用であり、剣技は応用を超えた応用であると言える。まあ簡単に言えば剣術が常人離れしている技を略して「剣技」なのだ。
とまあ然しながら、大概はその任を授けられることは叶わないのだが…。非常に狭き門なのだ。
それ故に主流は座学、作法、剣道であり、社会進出しても恥じない生き様を晒す為の精神統一の場であると言っても過言ではない。
生々しいことを言うと基本的な就職は方向性はバラバラだ。
将来性なんてあったもんじゃない。
そもそもどこもそんなものだろう。
話を戻すと、何故そこまで焦っているのかというと、学校の規約ががやたらと厳格で、年に一科目につき二度の欠席と退席で強制にその科目の単位を落とすという一刻の猶予も許さない超絶にシビアである。
因みにインフルエンザ等の重い病気は休学一日と換算されるらしい。
しかし、一度でない理由は、数年前に教授が大事な式典の際にまさかの大遅刻をかますという慘たる結果を遺し学校から追放という名の解雇処分を受けた事が話題に取り上げられたからである。その頃はまさかの欠席一度するだけで強制留年だったらしい。
頭が湧いているとしか思えない。
ともあれこの緊急事態に情状酌量の余地もない。理由を早急に伝達しなければ次の講義は教授の説教タイムで開閉幕し、周りからは冷酷な視線を浴び続ける羽目になる。
そんな奴を数人見てきている。
至極当然、それだけは阻止しなければならないのは言わずもがな。
焦りが募り、僕は早急に玄関へと向かった。
しかし、この時の僕は不得要領であるはずのこの佇まいの間取りが然も慥な事である事に疑義の念であると気づくには軽輩であったのだ。
そして僕は先程感じていたものの懸隔であった方だが異様な雰囲気にようやく気がついた。
「おい此処って人様の家だろ!いや薄々感づいていたけどさ…なんで僕はこんなところにいるんだ…これは不法侵入者として訴えられ兼ねないな」
清々しくも空虚感に満たされながらノリツッコミを決めた。
「まあ、確かにベッドで寝ていたから拾われた可能性もあるのか?」
そんな事を希望に思いつつ
おぼつかない足取りで玄関から外に出た…
そして次の瞬間…世界は倫理を超越したのだ
「なんだこりゃ…」
あれだな、これはもう想像しようにない。
「いやまあ叫びたい気持ちはあったがここまで来ると流石にこれはおかしくないか?どこだここ?」
脳が思考停止しかけて機能しなくなる前に酸欠状態の脳に一気に肺から空気を送り込みやっとの思いで普段の装いを取り戻しなんとか脳内で現在状況に関して慮り(おもんぱかり)ながら辺りと低徊していた。
木々が左右対称かつ等間隔で並べられている街道を暫く歩き続けると情景が著しく変化し、目前には噴水と思われるものがその広場の様な場所の中心に位置していた。通常の石造りの噴水だが、噴水の中央には信仰神だろうかの彫像が建てられていてその辺を囲むかのように噴水が円形に噴き出している。
「なんなんだ此処は…僕がいた世界とは違う世界?いやそんなはずはない…僕は大学の講義を受けていたはずだ…それなのに何だ…?と言うよりも明らかに街中にいる人間?の格好が可笑しいだろ…それにどうした事か、先程から尾行されてる気がするんですが…」
と矢継ぎ早に多くの疑問が一斉に吹き出た。
そして思考を静止する事無く。
広場一帯を舐め回すように確認し、道が彫像の奥側に一本と左右に一本ずつあることから、ここが合流地点なのだろう。
しかしまあ、僕がいた世界の住民ならばこれを目視した時点普通であると思う人間は地上を探してもあろう筈が無い…言わずもがな世界観としての感覚は至極当然、異様な光景であると感じる筈だ。何せ此処の人?は常軌を逸しているのだ。
列挙し尽くすと限りがないが…頭上からは聴覚器官とも見て取れるものが這い出ている猫娘、尾骶骨からは悪魔独特な自己同一性である筈の尻尾が生えている淫魔の少女、佩剣している女騎士だがこちらは紛うことない生粋な人間ではあるのだが…。
そして僕は得体の知れない場所に投げ出されていた事を察し彫像の奥側の道へと歩を進めた。
数分歩き続けて
ようやく理解が追いついたのだが、
此処一帯は市街地の様なものらしく、殆どの建物が整然としている事から城下町か何かの様にも見てとれる。辺りには屋台のようなものがちらほらあったり、高度かつ繊細で洗練された技術を駆使し精巧な西洋風の石造建築が等間隔に確認出来るこれは僕が元いた世界でいう混凝土製のローマ建築の基となっているものと何ら変わりは無いようにも見てとれる。
僕がいた所でも昔の王国とかそんな感じなんじゃないか?
しかしその反面、事態が突飛すぎて驚嘆するばかりか顔を引き攣らせていた。
建築設計理論を一蹴するかのような異様な雰囲気を漂わせている大城塞が此処から見えるだけで計七つ。それらの管轄なのか、それらを主軸にして街は円型に配列されているようだ。然しながら、七つあるうちの一つは他の追随を赦すことない程に壮大に立ち尽くしている。そして等間隔で並ぶ石造建築がまるで大城塞を中心に路を型式づけている様にも思える。それは延々と続く一本道の中で昂然と構えている…結論を下すと、六つはその一つを主軸にして円型に配列されていることから同心円状構造である。そして目前には遠目で朧気だが…事実史には存在し得ない伝説上の龍らしきものが二体空中でお互いの身体を嬲り合っていた。
「うん、まあ異世界だろうな。」
僕はこの情景を至極当然であるかの様に理解してしまった。
「まあ認めざるを得ないよなこりゃ」
そして、これらの現象が多く見られる程高い位置にどうやら此処はあるらしい。
そもそもここで壁にぶち当たったわけでもなく、ガラス張りの様なものが仕掛けてあるが素材が何で出来ているか分からないし、かなり純度が高い素材なのだろうかそこには何も物質が存在しない様に見える。そう言えば結界とかってこんな感じだったっけ?
まあそれは置いといて、目の前に真の意味で道が存在し得ない以上恐らくは、この都市自体、二層に分裂されているのだ。推論ではあるが、恐らく二つの高低差がある都市を軌道転移か何かで繋いでいるか若しくは《転送移動》の様なものを用いている可能性も微少な確率だが有り得る。なんたってこの世界自体、脳内で計り知れない程の規格外であるからだ。
「ともあれ、どうするかなこの状況は」
一人真理追求をするかの如く熟慮し尽くしたがどうにも極論に至らない。
そして、普段は聡明かどうかは置いておいて冷静である筈の僕もこればかりは頭上に鶏の雛が見えそうだ…。
こんな出来事は人生では一度もない例外中の例外だ。
そんなことを思っていた矢先に、先程感じていたこの際放っておいても良かったのだが見知らぬ人でも良いから情報を収集をしたいと言う心境の顕れから、観測対象を変えた。
予測しない事態で僕も我慢の限界なのだ。
(ジぃ~~)
「何分つけてくれば気が済むんだあの子は…」
どうやら、見た目は女の子の様だ。僕の左手の方向に構えている建築物の陰から獲物を捕らえる獣かの如く鋭い視線で凝視されていた。とはいっても周りは天空で扇形に開けている為元来た道は一本道であるからバレないと思うのは些か彼女はアホな子なのかなと思ってしまう。まあ、こんな長い道のりを着いてきた訳だし声を掛けないのもどうかとは思うが…
「さーてどうしたものか」
行き当たりばったりだが、彼女に委ねてみるか将また我慢し続けスルーするか…。
この際、面倒ごとには当然のことのようにスルーしてきた僕なのだが、贅沢は言っていられない立場である事に気が付き意を決して彼女に歩み寄る。
「おーいちょっとそこの君いいか?」
「わぁ~すみませんー!!」
気さくな雰囲気で彼女に近寄り我ながら自分らしくないと思い、この世界の事情について尋ねようと試みたが僕が歩み寄っている事に気が付くと慌てふためきながら元来た道を全力疾走していたが、次の瞬間、看板らしきものに盛大に前頭部を強打し倒れてしまった。
幸いな事に辺りには僕と彼女しか居なかった為、注目を浴びる事はなかったが。
それにしても、気さくな雰囲気を封印すると誓おう。
「大丈夫なのかあれ?まあ、贅沢も言ってられないか…」
観ている側としては唖然として突っ立っている事しか出来ないほどに瞬間的な出来事だった。
少なからず人と接して情報を得た方が良いだろうと若干引き気味ではあるが、気絶している彼女に気づかれないように看板前まで歩み寄ると彼女は何事も無かったかのようにひょっこりと起き上がり、いやただそう見えただけだった。
顔を真赤に腫らしながら上目遣いでこちらを見詰めている。
まさかの風貌に僕は驚愕してしまった。
目の前に現れた少女は、先程は陰影が掛かり身体の半分程が建築物に隠伏し尚且つ距離が離れていた為、気がつかなかったが顔が腫れている事はこの際突っ込まず、この世の者とは思えない程の超絶美神だ。
あっこれは比喩だ。美人を女神のように美しいから美神ってしただけだぞ?
言い過ぎてはなく事実だ。そして僕はそう言えばと気が付き
(というかこの世のってこの世の中自体知らなかったな)
と小声でツッコんだ。
風貌が良く端整な顔立ちは鮮明な黄金比を築いており、一方で緩急メリハリのついた美麗な四肢に二つの豊満な希望は腕に挟まれ圧縮されている。将また、サファイアの様な蒼玉色目で、稀有な銀鼠色の長髪は時を見計らったとしか考えられない拍子で何処からとも無く吹いた風によって靡いていた。最早人間で無いその神々しい風貌に見蕩れない理由が見つからない。敢えて称するなら、「女神」そのものである。そして制服のようにも見える服装からチラリと魅せる脚線美は甚だしく彼女の魅力を引き立てている。
しかしながら、僕はそんな煩悩まみれの発想には屈屈することはない。
「大丈夫か?」
ぺたん座りをしている彼女に手を貸してあげた。疚しい気持ちとかではなく社交辞令として。
「あ、ありがとうございます」
そして、彼女は予測不能な事態に吃驚仰天した素振りを見せたが、瞬く間に胸を撫で下ろし、安堵した表情を浮かべ現にこう告げた。
「目が覚めたのですね。御身体の具合はどうですか?何処か痛みますか?」
と彼女は姉弟を心配するかの様な表情を浮かべ僕に尋ねてきた。しかし、相変わらず顔を赫らめている。
瞬間、僕は咄嗟に部屋にあったあの写真を思い出す。
少なくとも、彼女が先程のあの部屋の主人である事には間違いない様だ。
応答を求めているのだろうか。彼女は怪訝そうな顔をしながらその解答に期待しているのだろうか。
「あぁもう大丈夫みたいだ…どうやら君の家にお邪魔していたみたいで申し訳ない…ところで何故僕は君の家に居たんだ?」
「えっと…その…覚えていないのですか?」
正直、僕は彼女の言葉に思い当たる節が何一つとして存命していなかった。
「貴方はこの都市の外れにある星神大聖堂の前で倒れていたんですよ?あの時は流石の私も驚きを隠せませんでした…」
流石のって…驚嘆しまくりだよねこの子とは突っ込まず
「倒れていた…?それに…星神大聖堂って…なんだ?」
「はい…あなたが倒れているところを私が家まで連れて帰り看病をしていました。とても苦しそうにうなされていたので一時はどうなる事かと思いましたが…それと、星神大聖堂とは…別名『《嚆矢の門》』と呼ばれています。簡単に述べますと…星神大聖堂は異世界から誘われた方々がこの世界に送り込まれるゲートの様な役割を担っている場所なのです。しかし…貴女は三年ぶり…くらいですね…」
彼女は僅かだが佇んでいる様にも思えた。
「要するに…僕はこの世界に誘われたという事になるのか?…それにしても誰に…」
この際よく分からない単語はスルーしよう。
まずは情報収集だ。
然しながら、…三年ぶりというところが妙に引っ掛かる。
僕に突如として突き付けられた過去…「」…の失踪。いや、しかし…「」が誰なのか僕は覚えていないのだが…というより思い出せないのだ…
「はいそう言う事になりますね…」
(やはり情報が少なすぎるな)
現は聞き取れないような小声で呟いた。
彼女の情報元は今の自身にとっては最重要である。しかし、やはりここは自身の身は元の世界へと帰ることが出来るかと言う最大級の疑問を僕は端的に述べた。
「そもそも…僕は元の世界に戻る事は出来るのか……?」
「それは…ほぼ不可能です…」
「どういう事だ…?」
そしてようやく事の重大さを理解し得た…先程僕が今日この数時間で見てきた光景やら今の星神大聖堂院の話といい全てが可笑しい…僕の身に何か善からぬ事起きていると悟った方が良いだろう。
やはりここは異世界で僕は異世界召喚されたという事だろうな。
普通異世界召喚って勇者を集った人間が召喚儀式などで魔法を使用して召喚するもんじゃないのか?
(はぁ…久しぶりにこの不幸体質が発生たと思えば…まあ良いか…大学云々ってレベルの話ではなさそうだしな)
「戻る方法が無い訳ではないのですが…正直ほぼ不可能に等しい事です」
「そうなのか??じゃあその方法を教えて欲しい」
これまたまさかのどんでん返し。方法があるのか?!戻れるのなら何だってくれてやる!命は流石に勘弁な?
「えっと…それは…」
その瞬間、彼女は黙り込んでしまった…黙り込んだ理由は定かでは無いが…彼女の表情は曇り何処か悲しげで自分の人生を蔑んだ罪悪人の様であった…。
しかし…彼女にその方法とやらを聞き出すまで彼女を返す訳にはいくまいと自身に誓言した。
主に自身の大学の単位のために。
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沈黙する事数分が経とうとしている。
彼女は押し黙っていて一向に口を開かない。
もともと彼女に会った時既に陽は傾きかけていたのだが…気がつくとこの数分間で辺りはインクでもぶちまけられたかの様な漆黒色に染まっていた。
先程、と同様今この場所には現と彼女だけが取り残されている。人が立ち入った気配はない。
これでは埒が明かない。
そして僕は彼女に提案してみる。
「そろそろ日も傾いてきてしまったから話してもらえないか…?」
「どう…して…どうして貴方はそんなに元の世界に帰りたいのですか?…」
「え?」
彼女は小声で呟き後半部分は上手くは聞き取れなかったが、突然涙を流し身体を丸めながら水を浴びた後の犬の様に小刻みに肩を震わせていた。
しかし、これは完全に詰んだと察し現は断念した。
「悪かった…こんなに長い時間引き止めてしまってすまないな…」
彼女は目を丸くして頬を赤らめながらぱちくりしていたが、話を続けた。
「それと…今日の事は忘れて欲しい…そこまで言えない事情があったとは知らずに軽率に聞き出そうとして本当に悪かった…僕が迂闊だった…方法は他の奴にあたってみるよ。」
僕は流石にTPOを弁えることが出来る人間だ。深々と頭を垂れ、彼女の元から去ろうとしたその時
「わかりました…お教えします…!」
一瞬彼女の悲鳴じみた言葉を背中で受け身体が震動したが、直ぐ様立ち止まって彼女の方へと引き返した。
「…良いのか?さっきはあそこまで拒絶していたじゃないか?」
彼女は意思を固めたのだろうか表示が一転した。其処には真実に対し真摯に向き合う凄みを感じた。
「すみません先程の私は気が動転していました…しかし今はまだ無理ですがいずれ話すべき時が来たら話します…」
「そんな時が来るのかどうかすら危ういじゃないか?」
「それに…他を当たると言ってももう夜ですし…貴方は今夜泊まる宛もないですよね?」
「そう言えば、それは盲点だった……」
僕は核心をつかれ、単純な事である筈なのにに、勿論のことこっちの貨幣など持ち合わせておらなんだ。宛もなければ文字も…ってあれ?なんで文字読めたんだ僕?
いやまあ前に見たラノベに同じ様な境遇の奴がいたっけ…確かそいつは異世界に飛ばされると同時に言語翻訳機能が勝手についてきたって…
都合良いな…。
ともあれ、僕は宿探しだけで苦悶しているという完全に八方塞がりの状況に宿探しですら
それは遠いことのように思えた。僕の心が完全に悶え苦しんでいた。
その時の彼女は勝ち誇った様子であった。
「どうする…か?」
僕が絶望めいてる中彼女はくすくすと笑いながらこう告げた。
「宛がないのであれば今日は私の家に泊まっていってください。もし延々と宛が見つからないのであればずっと泊まっていてくれても構いませんよ?」
「いやそれは流石に悪い…近いうち、いや明日にはしっかりと下宿先を探す。」
「わかりました…でも今日は私の家に泊まっていってくださいね?お身体の方も心配ですし…」
「お言葉に甘えさせえ貰うよ」
確かに僕が眠っている最中に峰打ちを喰らわし取って食おうものなら疾うに僕は存命していないはずだ。
それに彼女には全く危険な雰囲気が感じられない。
宿も提供してくれるしな。
それどころか、唐突に啼泣したり、歓喜余ったり、沈黙したり、色々と見ていて飽きない。
それに何処か穏和であると感じる自分がいるがこれは杞憂だろう。
「はいわかりました♪」
その時の彼女は、僕が初めてあの部屋で偶然見かけた写真の彼女そのものであった。
正直、その笑顔は神様が迷える子羊に天からのお授けものを与えたかの様である。
「あっそう言えば名前…まだお教えしていませんでしたね…私の名前はルナメイア・アルバースですよろしくお願いします♪」
「僕は…」
「夢野現さんですよね♪」
「なぜ知ってる!?」
ストーカー恐るべし、僕は一瞬、躊躇いの表情が隠せなかった。
「貴方の胸ポケットに入っている手帳を拝見させてもらったのですが…勝手に見てしまって申し訳ございません…!」
「そ、そういう事か…」
彼女は申し訳無さそうにしながら何度も頭を上下させていた。僕の失態である以上彼女を咎める事は出来なかった。
「ではよろしくお願いしますね現さん!私のことはルナと呼んでくださいね!」
「あ、あぁわかった…よろしく頼むルナ」
「はい!こちらこそ♪」
さっきの彼女とはまるで違う生き生きとした感じだった事にホッとしている自分がいた。
何故ホッとしたのかはわからなかったがこの光景はとても温かく懐かしい。
そして頭によぎる一つの疑問
「そう言えば気掛かりなことがあるんだが…さっきは何故僕の後ろなんかつけていたんだ?」
「え?それは…秘密です♪」
「そうか…ならば聞かない。」
「そ、そんな~」
「聞いて欲しいのか?」
「いえ!聞かないで頂けると助かります!」
そして僕達は閑散としている街並みを背景に他愛もない会話を興じながら、ルナの家まで向かって歩いた。
そして道中僕は一人こんな事を思った。
この世界についてはまだ何一つわかっていない
この先自分は一体全体どうなってしまうのであろうか。
気分は恐怖であるのか高揚であるのかなんとも複雑な感情だけが心に残っていた。
「あっ、大学の単位…」
時間はあっちと同様なのかは分からない。しかし、僕は忘却の彼方に置き去っていた事情を思い出し、少しの間苦悶していた。それをルナは気遣わしげに見つめていた。