わがままな彼女
「しかしまあ姉なんてろくなモンじゃないわ」
カルボナーラをもそもそ食らいながらそんなことを自慢の我が愚姉がのたもうたので、従順たる下僕の僕は、
「たしかに」
と食べる手を止めて、控えめながらも力強く同意した。自覚があるのは良いことである。
間違いは誰にでもある。間違いに気づいて正していくその姿勢が大事であるので今後の改善に期待したい。
そんな思いをのせてじっと目で問うと、彼女は無言でテーブルにあったタバスコの蓋を外し、狂ったように僕のシチリアーナに振りかけつづけた。
「……本当にろくでもないな」
同意したのに一体何が不満だったのか。
「そういう意味じゃないわよ!」
フンと鼻を鳴らして姉はあごをしゃくって見せた。その先にはさっき僕が購入したばかりの漫画やらライトノベルやらが入ったレジ袋があった。
「妹、妹、妹って本当にあんたといい世の中といいバカばっかね」
「だって可愛いじゃん妹」
元々真っ赤だから見た目には変わらない激辛のシチリアーナを食べながら答える。可愛いは正義である。こんな悪戯されても可愛ければ無条件に許せる。
「妹なんてただ単にわがままで手がかかるだけでしょ」
なんでお姉ちゃんの魅力がわからないんだかと食べながらブツクサ文句を言っているあたり姉と妹の世間での扱いの差に思うところがあるらしい。
「わがままで手がかかるのも可愛い部分の一つだよ」
そう僕が答えると、バカじゃないのと言ってにらまれた。どうやらいたくご立腹のようだ。
こんな時は何を言っても怒らせるだけなので黙っているに限る。だてに生まれてこのかた下僕をやっているわけではない。そう思いながら少しづつ激辛パスタをやっつけていると、いつの間にか自分のカルボナーラを食べ終えた姉は、
「なんだか美味しそうね」
と勝手に僕の皿に手を伸ばしてきた。
食い意地の張った彼女はいつも僕の注文したものを勝手に食べる。いつも勝手に食べられるのでいつも僕は大盛りで頼むことにしている。さすが気の利く下僕である。
そうしていつも通り邪魔せず黙ってそれに任せていたら、欲張りな姉はニコニコと麺をいっぱいフォークに巻きつけてから、あんぐりと開けて大きく一口を食べた――瞬間大きくむせた。彼女は僕と違ってそんなに辛いものに強くないのである。
「辛っ……」
勝手に自爆して目を白黒させながらも口を手で押さえ懸命に飲み込もうとする姉に、バカじゃないのと言いながら水を注いであげて差し出すと彼女はひったくるように奪って飲み干し、
「うるしゃい」
と回らない舌で弱々しく言って涙目で僕をにらんだ。
そんな姉を見て、
「わがままで手がかかるのも可愛い部分の一つだよ」
と今度は聞こえないくらいの声でもう一度つぶやいた。