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WARLOCK  作者: メリー・ゴート
1/2

魔人の眼は紅く……


序章


「……マ、ソ……マ。」

誰かを呼ぶ声が聴こえた。その声が男の声であった事を少年は今でも覚えている。力強くもあり、それでいて不安を包み込んでくれるような優しさを秘めたその声に少年は閉じていた目を開ける。部屋には暖炉の炎がある以外に明かりは存在していなかった。だが、その炎も晩年の老人を思わせるように弱々しくゆらゆら揺れるのみで躍動感がない。

「いいか、よく聞きなさい。」男は目を覚ましたばかりの少年の顎を優しく持ち上げて言った。炎が弱々しいせいで部屋は全体的に暗く細部まで顔の確認はできなかったが、男の柘榴のように紅い眼はその中でもはっきりと見えた。その目は少年をしっかりと捉えており、瞬きをしていない。少年もその目をじっと見つめている。紅い宝石のように僅かな光の中でも輝くその目に釘付けになっていたのだ。お互いが目を合わせていると男が静かに口を開いた。

「大丈夫だ、もう安全だ。心配することはない……。」

男は少年の顎を持ち上げたまま、動かなかった。その状態に何か違和感を感じたのだろう、少年は男から目を逸らそうとしたが顔が動かなかった。正確には首が動かなかった。少年は最初は男が自分の顎を持っているせいで顔が動かないのかと思ったが、いつの間にか男の手は顎から離れていた。男の目は依然として少年の目を見つめている。

「だ……だ、だい…じ、ょぶ………?」少年は男の言った言葉に違和感を覚える。大丈夫?、それは何のことだろうか?家族の事か又は友達の事かそれとも…。少年は身体を動かそうと起き上がろうとした。どのように動かそうとしたかは分からない。気がつけば視点が変わっていた。どこからか落ちたようだ。

ぶつかった衝撃で床にビタッと音を立ててから全身に鈍い痛みが襲ってくる。身体に鉄の枷を付けられたように重たい。少年は異変を感じていた。ベッドから落ちたことは有るもののこんなに全身に痛みはなかった。病気になって身体が鉛のように重たい時があったが、こんなに身体が動かない時がなかった。

ふと、床を見てみると窓ガラスが無数に分裂して散らばっていた。窓が壊れているらしく窓の向こう側には蒼く輝いて見える星が空に浮いていた。いつもは綺麗なガラス玉のような星も今では妖しく見えた。外をみていると窓ガラスの横に鏡がおいてあるのを思い出した。どうやらたいして破損していないらしく左端が少しヒビが入っているくらいであった。少年は視点のそっちに向ける。

「……みるのか?」男が口を開く。さっきから何をしているか全く見えないが気配で少年の背後にいるのはわかる。

「……う。」声にならず頷くゼスチャーをするのがやっとで舌が回らなかった。

暫く沈黙が続いた後に、男は足音をコツコツと立てながら少年の先に有る鏡の所に向かう。ブーツの音は鏡の前で止まり鏡を壁から外した。男は少年の前に来ると口を開いた。

「見るのなら、俺は止めはしない。だが、自分の言葉には責任を持て。いいな?」

男の口調は最初の時とはまるで別人であるかのように変貌していた。紅く輝く目は獲物を捕らえる狩人のように鋭く、そして冷たかった。

少年はその殺気を帯びた目に一度は怯えたものの静かに頷く。男は鏡を床に倒れこんだ少年の前に見せた。

「………!」言葉を失った。そこに映っていたのは、昨日まで笑顔で友達と遊び、家に帰り家族で食事をして生きていた少年の顔は無く、床に花弁の様に臓器を散りばめ、絶望に打ちひしがれた少年の姿が映っていた。



第1章「魔人の眼は紅く…」

1-1

雨が激しく降っていた。バケツをひっくり返したようなどしゃ降りでは無く、細かい雨粒がまるで戦場に無数に降り注ぐ弓のように降っている。風も強い。ビュゥと吹き荒れる音が聞こえ、それが悪魔の軍団の勝利の雄叫びを想起させている様に思えた。本来ならこの天気では外に出る者はいない。何故ならば、このような天候はこの地方では「災厄の予兆」として伝えられているからだ。そう、人ならざる者達の出現である。

こういった悪天候の中、男は一人立っていた。男は木の下に立って雨宿りをしているようだが、風が強く横殴りに雨が降っているため雨宿りの意味をなしていなかった。服の上に纏っていた白いローブは濡れていた。

「時間は、とうに過ぎている。」

男は呟いた。その声は雨の中でもはっきりと聞こえた男だったが、あくまで独り言だ。

「少し、待つとするか。」

男は木に寄っ掛かり、溜息をつく。"田舎は時間感覚が違うから、だから嫌なんだ"そう頭の中で思うと、空を見上げた。空の色は灰色と黒の中間のような色をしており、空を覆い尽くしていた。

「早くしないと間に合わない…ぞ。」

丁度その時、鳴き声が聞こえた。それと同時に車輪がボコボコの地面にぶつかる音が聞こえる。音と同時にその姿が見えてきた。

茶色の毛並みをした馬2頭とそれが引いている車輪のついた馬車が現れた。車には、人影が見えた。馬車は少しずつ近づいていき、男の前に止まり、人影は男をジッと見つめた。数秒も立たない内に人影が口を開いた。

「その白のローブ……教団の方ですよね。遅れて、すみません。どうもこいつらが言うこと聞いてくれなくて………。

あっ、僕はこの山の向かい側で狩人をしています、シンと言います。」

人影は急に挨拶を始め、馬を指差した。その対応に男は少し驚く。それは挨拶をした事に対してでは無い。シンという男が田舎者の頑固者の狩人には似合わない礼儀正しさを備えていた事にだった。狩人が今回の依頼において男をある場所まで送る役割を持っていると聞いていた。どうやら、このシンという青年がその狩人らしい。男はそう思った。

「どうしました?」

シンが男の顔色を伺おうとしたがフードを深々と被り様子が見れなかった。

男は空を眺めていた。さっきよりも風が強くなっている事に気づくとシンの横に座り、言った。

「時間がない、急ごう。」


1-2

馬車は吹き荒れる風の中、険しい山道を駆け抜けていった。二頭の馬は整備されていない上り坂でも特に疲れた様子もなく黙々と走っている。

馬車には2人の男が無言で座っていた。1人は手綱を持って馬車の操作をしており、もう1人はローブで姿を覆い隠し俯いていた。

「本当に助かりました。」

ふと、手綱を持っている青年シンが声をかける。雨の中だから聞こえづらいと思ったのだろうか、声は大きかった。ローブの男は俯いていた顔をシンに向ける。

「俺が来たことが、という事か?」男も雨の中では聞こえづらいと思い、大きな声で返す。

「はい、このような地方の辺境には教会はありません。なので、貴方の様な方はいらっしゃらないのです。」

「教会が無くても、賞金稼ぎ(バウンティハンター)位はいるんじゃ無いか?」

「はい、かつては村で賞金稼ぎを雇って討伐隊に編成した時期もありました。……しかし………。」

シンの顔色が悪くなる。何かその時の事を思い出したのだろう。後の内容は推測できた。

「討伐隊は全滅したのか……。」

「全滅に近い状態です。30人の賞金稼ぎの部隊でも、食人鬼(グール)の群れの奇襲に襲われました。生き残ったのは、私と数名だけでした。」

食人鬼(グール)、それはその名の通り人肉を食する異形の存在。奴らは習性上、常に人間の新鮮な肉を求めている。きっと、人間が食事をするのと同じく生理的な行動なのだろうと現段階の研究では言われている。姿は全裸の人間で肌がただれていたり、顔が潰れているのもいて多種に及ぶ。背丈も個体ごとに異なる。我々とよく似ているが行動は単調。目の前の肉を喰らう事にしか脳が無い為、人間と比べて知能は劣る………らしい。まだ、人類の未開の部類なので詳しい事は分かっていない。

「賞金稼ぎが全滅…。そんな事例は過去になかった。グールは凶暴とはいえ、所詮下位に存在する。操作するのは人間では到底不可能だ。という事は……。」

男は曇りきった空をぼぅと眺めて静かに言った。

「この地に"悪魔"が召喚されたということか……」


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