粉雪
顔が火照っている。
雪が舞って寒いはずなのに、陽一のそばにいると、この少女はうれしさを隠しきれぬらしい。
葵はなんだか後ろめたくなってきた。
「晶は?」
不意に、陽一の囁くような声がした。
「え?」
「晶、元気、かな。知ってるよね?」
陽一が呟くように言った。先ほどの勢いがしぼんで自信のない様子だ。
「晶さまは、わたくしのような身分の低い者が話しかけられるような存在ではございませぬゆえ」
「ええっ、そ、そうなの?」
陽一はがっかりと情けない表情に変わる。舞の話をしている時と顔付きが違って見えた。
「あれから会えないからさ、赤猪子さんから話は聞いているけど…」
葵は答えられず申し訳ない思いに駆られる。
「ああ、ごめん、困らせてるよね」
再び陽一が歩き始めた。葵は、隣を歩きながら、陽一は素直な少年だなと思った。
「時々」
不意に葵が声を出すと、
「え?」
と陽一が不思議そうにこちらを見た。
「晶さまに花を送って下さる殿方がおられまする」
「えっ、えっ?」
陽一が焦って葵を見た。
「どういうこと? それ、何?」
「月では、好意を寄せているお方にお花を送ったりするのでございまする」
「花? 花ってどんな花?」
焦る陽一を見て、葵は肩をすくめた。
「俺が知ってる花と言えば…」
陽一は、考える顔つきをしていたかと思うと、ふうっと息を吐いて、舞っている粉雪に向かって手を振り上げた。
粉雪が薄桃色の花びらに代わり、葵のまわり一帯が花景色に変わった。
桜の花びらが舞っている。
葵は、息ができないほど驚いて、陽一を見た。
「花って言ったら、やっぱり桜だよね」
陽一が苦笑した。
葵は、胸を突かれた。
「晶さまにお伝えいたします」
「でも…会えないんでしょ」
「陽一殿のために、何とか致しまする」
「俺の名前…」
陽一が笑った。
「知ってるんだね」
何だかうれしそうだった。
葵は、来てよかった、と思った。晶さまが好きになった方なのだ。決して悪い方ではない。
納得して、少女に体を返そうと思った。その時、陽一が目を吊り上げて、葵の手首を引き寄せた。
「あっ」
と、叫んだ時、桜が消えて辺りが真っ暗になった。
葵は、陽一の胸にしがみついた。怖くて顔を上げることができない。
陽一が言った。
「そのままじっとしてて」
こわばった声とともに、陽一がじりじりと動く。葵の背後から力を感じた。
何者だろう。
葵は冷静さを取り戻し、少しだけ顔を上げた。
黒いブーツを履いた足が見えた。人間とは思えない力を感じる。
「陽一殿、わたくしは大丈夫でございます」
「うん…」
腕の力が抜けて、葵がそっと振り向くと、大男とほっそりとした女がいた。
葵の足元は地面が裂けていた。陽一がとっさにかばってくれなければ危うかった。ごくりと喉を鳴らして、敵の姿を見た。
男は、色が黒く険しい目つきをしている。筋肉に覆われた体は大きい。そばには、美しい黒髪の女がいた。一重の目は凛としていたが、目つきは鋭い。赤い唇を舐めると、葵を見てにやりとした。
「おいしそうな女がいる」
女が葵をじっと見ていた。執拗な女の目に悪寒が走った。
正勝はどこにいるのだろう。自分を援護してくれているはずだ。
陽一は、葵を後ろにかばった。
「葵ちゃん、うまくできるか分かんないんだけど、結界を張るからうまく逃げて」
「でも、陽一殿が」
「俺は大丈夫だから、森口の体も心配だからさ。頼むから逃げてよ」
そう言うと両手を合わせて、祝詞を唱え始めた。
葵は、少女を守るため、陽一から離れるとすぐに体から抜け出した。
意識を失ってぐったりした少女の体を抱えて横を見ると、正勝の姿が見えた。
正勝はすぐさま少女の体を受け取り、葵の手首をつかんだ。敵の女がかっと目を見開いたが、正勝と葵はすでに別の場所に移動していた。
陽一は祝詞を唱えるのに必死で気付かなかった。
正勝は、少女の家をさぐりあてると、家の玄関まで連れて行った。
中に入るわけにいかず、玄関前に寝かせると、呼び鈴を鳴らし家の者が出てくるのを待った。
家の者はすぐに出て来て、眠っている少女を見ると大慌てで声をかけ始めた。少女がぴくりと動いたのを見届けると、正勝は頷いた。
「よし、陽一の所へ参ろう」
葵は手を握りしめて、間にあいますようにと祈った。




