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仰天




 事は順調に進んだ。

 届書は受け入れられ地上へはいつでも行ける。葵と同じくらい力を持つ舎人とねり一人と臣下を数名選び、葵は地上へ行く準備を始めた。後は、お田霧さまの連絡を待つのみだ。

 いつお田霧さまの使者が参られるだろうと首を長くして待っていたところ、ついにその日が来た。


 自分の屋敷で待っているようにと文が届き、客間で待っていると、大勢の臣下を連れて客が来た。

 葵は、上座を空けて待っていると、そこへ登場した人物を見て言葉を失った。


 驚きで失神しそうになる。

 客は、お田霧さまの兄上、帝の従兄である正勝まさかつ殿であった。

 正勝をこの目で見るのは初めてだ。帝によく似ているという話しはよく聞くが、目の前にいる男性はたくましい体躯に、背丈は見上げるほどに高い。端正なお顔、そして、きりりとした目は鋭く、葵を冷ややかに見つめている。


 葵は、なぜここに正勝が来たのか、さっぱり理解できずこの場を逃げ出したい思いに駆られた。


「俺が来た事に驚いているようだな」


 男らしい声に、葵はすくみ上がった。なんと答えればいいかも分からない。

 混乱のあまり、顔を上げられず床を見つめたまま、目を伏せた。


「これ、顔を上げろ」


 正勝がいらいらしたように言った。おそるおそる顔を上げると、呆れ顔の正勝がいた。


「俺が怖いか? 田霧たきりから、そなたが地上へ参りたいと申しておると聞いた。俺は、俊介から聞いて男のことをよく知っている。俺も一度会いたいと思っていたから、お前を援護するつもりで一緒に行こうと思っている」


 援護? わたくしを?


 葵は声に出さずに仰天した。あわ、あわわと口を押さえる。正勝は眉をひそめた。


「そなた、しゃべることができないのか?」

「い、いいえ」


 葵はようやく声を出した。


「も、もったいないお言葉でございます」

「その口調も面倒くさいな」

「も、申し訳ありませぬ」

「まあ、よいわ」


 正勝は苦笑すると立ち上がった。


「俺も早い方がよい。そなた、名は?」

「あ、葵と申します」

「では、葵。すぐにでも出立しよう」


 葵はあんぐりと口を開けた。息ができないほどびっくりした。


「なんだ、その顔は」

「ま、まさか、今すぐですか?」

「そのためにここに来たのだが?」


 そ、そんな…。


 葵は悲鳴を上げたかったが、それすらも許さないような顔で正勝はこちらを見ていた。


「葵、そなた、それなりの覚悟で行くのであろうな」


 その言葉にひやりとした。


「え…?」

「地上にはいろんな輩がおるぞ。そなたのようなやわな姫では太刀打ちできん」


 葵は思わずむっとして目を吊り上げた。


「恐れいりますが、わたくし、舞姫よりも力は上でございますよ」

「そうか」


 正勝がにやりとする。


「では、参るか」


 嵌められた。


 葵は、泣きそうになりながらも頷くしかなかった。

 正勝はにやりと笑うと、どかどかと部屋を出て行った。

 葵は床に頭を突いて、まわりに聞こえるような大きなため息を吐いた。




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