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真っ二つ





 体が燃えているように熱かった。何が起きたのか分からない。

 陽一は目を開けた。


 誰かの膝の上で目を覚まし、焦点の定まらない目をウロウロさせると、晶の顔が見えた。


「晶…」


 名前を呼ぶと、晶が涙をこぼして肩を抱きよせた。


「陽一…」

「やっと会えた…」

「すまぬ。今、再生しているところだ。もう少しの我慢だぞ」


 晶の必死な姿に陽一は力なく笑った。


「俺は大丈夫だよ。心配すんな」

「心配などしておらぬ」


 そう言った晶の白い頬に血がついている。

 陽一は手を伸ばして拭いてあげようとしたが、腕に感覚がない事に気付いた。

 そう言えば、鬼に喰われたのだった。

 右腕が動かなくても、気持ちは落ち着いていた。


「お前の綺麗な顔が汚れるから、もういいよ」

「いいわけない」


 その時、もうひとつの手が伸びて、陽一の肩に触れた。

 鬼が悲しげな顔でしゃがみ込んだ。


「あたしも手伝う」

「晶が二人?」


 陽一が目を丸くすると、鬼が寂しげに笑った。


「晶に叱られた。そして、もうあたしたちは一つには戻れない」


 そう言うなり、鬼が泣き出した。


「晶になりたかった。また、あたしは一人ぼっち」


 鬼は晶になりたかったのか。

 陽一は、鬼の気持ちを知ってかわいそうだと思った。


「俺が友達になってやる。お前は一人じゃないよ」

「ダメだ、陽一」


 晶がきっぱりと言った。


「お主はただの人間。ただ、我らに巻き込まれただけのこと。すぐに地球へ還してやる。だから、体を治すことに集中しろ」


 右手の感覚はない。腕はどうなったのだろう。


「俺の腕はないの?」

「そうではない。接合すれば元のように動く」


 晶が必死で言う。

 鬼はそばでめそめそしていた。


「翁が…翁が死んで以来、あたしは一人ぼっちになった」


 鬼が突然、話し始めた。

 陽一は、ゆらゆらする頭でその声だけを聞いていた。


「人が恋しくて、あたしは村へ下りる理由を考えた。穢れを吸えば、人が喜んでくれる。そう思って村へ下りて、人のためになることをしてあげようと思った。そのうち、穢れを吸い過ぎたのか、心がもやもやしてきた。苦しんでいるところに、村で赤猪子と出会った。赤猪子はなぜか村人たちから除け者にされていた。すぐに分かったけど、赤猪子は普通の人間じゃなかった。あたしは、すぐさま赤猪子を社へ連れてかえり、一緒に暮らすようになった。赤猪子はあたしの友達になってくれた。でも、初めての友達をあの男はめちゃめちゃにした。その時、あたしは初めて人間を殺して喰った。気が付いたら食べていた」


 鬼の心を砕いたのが、今はいないが自分の兄だと思うと、心が痛んだ。


「ごめんな」


 陽一が目を閉じたまま呟いた。


「傷つけてごめん…」

「もうよい、しゃべるな」

「ねえ、晶、皆でここに一緒にいようよ」


 鬼が、晶の袖を引いて頼む。

 晶は首を振った。


「それは叶わぬ夢じゃ。我は月へ還り、陽一は地球へ還る。お主は、叔父上とここで暮らすのじゃ」

「夜琥弥を知ってるの?」


 鬼が目を見開くと、晶は頷いた。そして、空中に向かって懇願した。


「叔父上、我らを助けてくだされ」


 そう言うと、ぽっと小さい明かりと共に夜琥弥が現れた。


「ここにいたのか」


 呆れたように言ってから陽一に気付き顔をしかめる。


「僕がいない間に何があったの」


 夜琥弥は、陽一に駆け寄ると膝をついて、怪我の具合を確かめた。


「大丈夫。体は元に戻るよ」


 晶に安心させるように言うと、鬼がしゅんと萎れた。


「ごめんなさい。あたしが引きちぎったの。だってひどいことを言うんだもの」

「ひどいこと?」


 夜琥弥が首を傾げる。


「陽一の心はあたしのものにならないって、でも、腕ならあげてもいいって」


 夜琥弥がため息をついた。


「陽一にとって体の一部分は命と同じくらい大切なんだよ。彼の体は愛情だったんだ。晶もそうだ。過去の陽一郎だって、お前たちを想っておのれを差し出したんだ」


 諭すように言われて、鬼は途方に暮れた顔をした。


「陽一郎を食べても食べてもお腹は減るばかりだった。あたしは、彼を愛していた。彼ともっと話をして理解できる関係になりたかったのに…。差し出された右手は何も語ってくれない。どうしていいか分からなかった」


 鬼の告白に夜琥弥が優しく頭を撫でてやった。


「これからは君は一人じゃない。僕と一緒に生きていくんだ」

「ずっと? 離れない?」

「僕は、君を大事にするよ」


 夜琥弥が言うと、鬼がうれしそうに笑った。

 はにかんで少しうつむいた。


「ありがとう…。夜琥弥」


 鬼がお礼を言った。



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