月への道
一瞬の出来事で、陽一は呆然としてから我に返った。
「待てよっ、晶を返せっ」
「陽一」
瑠稚婀が憤る陽一の肩を押さえた。
「落ちつくのじゃ」
「瑠稚婀さんっ、このままじゃ納得いかない。俺はいやだって言ったんだ。でも、晶がやれって……」
「姫はそなたを自由にしてやりたいと願っておったのじゃ」
「え?」
「縁が切れた今、そなたはもう自由なのじゃぞ」
「それは俺が決めることだ」
陽一がきっぱりと言った。
「俺はまだ諦めていない。あいつが勝手に終わらせようとしただけで俺はまだ、終わっていない」
瑠稚婀が悲しげに息を吐いた。
「だが、これを見よ」
三輪守が落ちている。
慶之介は、大太刀を持っていくのを忘れていた。
三輪守には晶の血痕が付いている。
陽一は息が止まりそうになった。
「そなたがしたのじゃ」
陽一はごくりと喉を鳴らした。そうだ。確かに自分がやったのだ。
この大太刀で晶を刺した。
陽一は目頭が熱くなり、涙をこらえた。
どうしてそんな卑劣なことができたのだろう。
いくら、晶に頼まれたとはいえ、普通だったらしないはずなのに。
唇を噛んでうつむく。
舞が泣きながら言った。
「晶さまはどこへ行かれたのですか?」
「今、何と申した」
瑠稚婀が舞を見た。
「晶さまの魂はどこへ行ったのですか? わたくしも参ります」
瑠稚婀は考える顏つきになった。
「そなたの云うとおりじゃ、姫の魂はどこへいった?」
「晶は死んじゃったんじゃないんですか?」
陽一が、今にも泣きそうな顔で瑠稚婀を見る。
瑠稚婀は首を振った。
「おそらく仮死状態にある。まだ、肉体は滅んではおらぬ。だから、殿は一刻も早く月へ連れて帰ったのじゃ」
舞が、がばっと顔を上げた。
「わたくしも月へ帰ります」
「その前に、魂の行方を探す」
瑠稚婀が目を閉じて、何かを感じるように集中した。
「鬼の気配も姫もどこにもおらぬ」
月でもない、極楽浄土でもない、ましてや地獄でもなさそうじゃ…。
瑠稚婀がぶつぶつと呟いた。
舞が手を強く握りしめて、様子を窺っている。
「仕方がないの、わらわたちも一度、月へ戻って伺いを立てるしかなさそうじゃ。ついでに、赤猪子殿も元に戻してもらわねば」
「誰に伺いを立てるんですか?」
陽一が尋ねると、瑠稚婀が答えた。
「姫の母君じゃ」
陽一はごくりと喉を鳴らした。
晶の母。
月の世界で、最も高貴な女性だと聞いた。
あの、気の強い晶の母だ。どんな人だろう。
「俺も連れて行って下さい。お願いします」
瑠稚婀と舞は顔を合わせた。
「無理じゃ、人間には月の空気は合わぬ」
「俺は死んでもいい」
「むちゃを言いなさる」
瑠稚婀は苦笑した。しかし、陽一の様子を見てから小さく頷いた。
「よかろう。そなたは何を言ってもついて来なさるだろう」
そう言って瑠稚婀が陽一の手をつかんだ。舞もそばに寄り添う。
「参るぞ」
瑠稚婀の力強い声に思わずぎゅっと目をつむる。
一瞬、地面が揺らぎ、眩暈がしてふらついた。突然、全身を覆うような重力を感じて体が震えた。
気がつくと膝をついてしまい、ばたん、と前のめりに倒れてしまった。
「陽一さまっ」
舞の声が聞こえたが、意識は遠のいていった。
拙作をお読みくださりありがとうございます。
こちらの作品は、2024年よりカクヨム様にて推敲しなおして、再度連載を始めました。
まだ、なろう様の方の部分の方がかなり進んでいるのですが、もし、ご興味がありましたら、カクヨム様にて読んでいただけると幸いです。
ありがとうございました。




