責任
陽一には信じられなかった。
うぐいす姫のまわりに、見知らぬ男やと女たちが倒れている。
陽一は青ざめると、うぐいす姫を見た。
「お前がやったのか?」
うぐいす姫の細長い目が金色に光り、陽一を鋭く睨みつけている。その手は鋭く、髪の毛も老婆のように灰色で艶がなかった。
「答えろよ、うぐいす姫っ」
うぐいす姫は首を傾げた。
もしかしたら言葉が通じないのかもしれない。
陽一は、落ちていた大太刀を手に取ろうとした。
――それを手に取れば、全てが変わる。
夜琥弥の声が聞こえたが、構わないと思った。
――いいだろう。僕はもう何も言わない。君の責任だ。
夜琥弥はそう言ったきり、気配が消えた。
陽一は、大太刀を手に取った。
力がみなぎる。驚いて顔を上げると、うぐいす姫の背後で倒れていた男がむくりと起き上がり、うぐいす姫に飛びかかっていた。
「晶っ」
思わず名前を呼ぶと、うぐいす姫は反応してこちらを見た。
うぐいす姫に男が覆いかぶさり、二人は地面に倒れ込んだ。
男は持っていた短刀をうぐいす姫の首筋に当てた。
「やめろっ」
陽一が叫んだが、短刀はうぐいす姫に刺さったかと思われたが、簡単に折れてしまった。
「くそっ」
男が叫んで、うぐいす姫の首を絞めた。
うぐいす姫がもがき、男をどけようとした。しかし、男は必死でうぐいす姫を抑え込んだ。
「陽一っ、俺に加勢するのだっ」
男が叫ぶ。陽一はためらった。見たこともない男だ。
「あ、あんた、やめろよっ」
陽一が震えるように言うと、男は目を吊り上げてこちらを睨んだ。
「俺は、お前の兄だぞ。言うことを聞けっ」
「知らないっ」
知るはずがない。
陽一が言い返すと、うぐいす姫が髪を振り乱し、男を突き飛ばした。
すぐさま男に覆いかぶさる。剥きだしの歯を男の肩に食い込ませた。
男が悲鳴を上げると、一瞬、うぐいす姫が口を離した。
男の首ががくりと落ちて意識を失う。
口から血を滴らせた鬼が悲しげにこちらを見た。
「殺れ」
「え?」
陽一が息を呑む。
もう一度、うぐいす姫が言った。
「早く、我が押さえられるのはわずかな刻しかない」
晶の声だ。
陽一はためらった。思わず首を振る。
「いやだ、晶…、お前、晶だろ?」
「我は鬼である。早く、鬼を殺せ」
晶の声で、鬼が言う。
――こいつは鬼だ。
目の前にいるのは人々を苦しめた鬼だ。晶じゃない。陽一は自分に言い聞かせた。
でも、晶の声だ。
鬼の中に晶がいる。
――できない。
陽一は、ぶるぶると首を振った。
「いやだっ。お前は晶なんだろ、俺はお前を殺したくなんかない」
「お主がやらなきゃ、誰にも鬼を殺すことはできぬぞっ」
晶の悲鳴に陽一は耳を押さえた。
「いやだ、俺は、やりたくないっ」
「陽一、陽一郎っ、我の願いを聞き入れてくれっ。大丈夫じゃ、我はすぐに甦る。もう一度、お主に会える。我はお主を探すと約束しよう」
晶の声に陽一は歯を食いしばった。
鬼と目があった。
「あ……」
鬼は、陽一を見るとにこりと笑って頷いた。
「さあ、殺れ」
「晶…」
鬼が笑った。
陽一、と鬼が言った。
「我が名は婀姫羅じゃ」
晶が目を閉じる。
「うわーっ」
陽一は叫び、全力で走りながら、三輪守を晶の胸に突き立てた。
晶の小さな体が震え、大太刀は深く埋め込まれていった。
晶が目を見開き、薄い唇を動かした。
「礼を言うぞ、陽一」
晶は目を閉じた。
陽一が大太刀を引き抜くと血がほとばしった。
鬼の姿が人の形へと戻っていく。
細長い手足、晶の肌は陶器のように真っ白になり、黒髪は、初めて会った時のショートヘアへと変わった。
くたりと力が抜けて、晶が倒れる。
手から三輪守が落ちて、陽一は倒れた晶に駆け寄った。
膝の上に晶を抱き上げると、ぐったりとした晶の体から血が流れ出した。
「おい…っ」
陽一は震える手で晶の体を支えようとしたが、血がぬるぬるしてうまく支えられない。
「晶…?」
わけが分からず、血を止めようとしたが、晶の体は徐々に冷たくなっていった。
「嘘だろ…」
陽一が茫然と呟いた。




