怒りと悲しみ
拙作をお読みくださりありがとうございます。
こちらの作品は、2024年よりカクヨム様にて推敲しなおして、再度連載を始めました。
まだ、なろう様の方の部分の方がかなり進んでいるのですが、もし、ご興味がありましたら、カクヨム様にて読んでいただけると幸いです。
ありがとうございました。
うるさい。うるさいっ。
陽一はどこかで鳴る機械音に苛々した。
何だ、この不快な音は。
静けさを破る機械音は耳元で鳴っているようだ。
「黙れっ」
横たわっていた陽一は手に触れた硬いモノを取った。
無意識に体が動く。
思い切り手を振り上げると、ばりっと何かが敗れる音と、ぷつん、と糸の切れる音に目を覚ました。
「何だっ?」
体を起こすと、刀で切られたような御簾と、その向こう側から沙耶が手を振っていた。
彼女の手にはスマホが握られている。
陽一は、あの不快音は携帯電話だったのだと気付いた。
ポケットからスマホを取り出すと、沙耶からのラインが入っている。開いてみると、中に入れて、と書いてある。
陽一は両手をついて立ち上がった。
足元に大きな刀が落ちてあったが、気にもせずに足でまたいだ。
頭がすっきりしている。
なぜ自分はここで眠っているのだろう。
首を傾げ、沙耶のそばに寄ると、彼女が中に入れて、と言った。
「入っておいでよ」
「入れないの。結界が張ってあるわ」
沙耶が言ったが、陽一は首を振った。
「大丈夫だと思う」
「え?」
沙耶がびっくりしておそるおそる指を伸ばした。何も起きないのを確かめて目を開いた。
「すごいわ」
そう言って沙耶が土足で中に入って来た。
「靴を脱がなきゃ」
「平気よ。ここは鬼の棲みかだもの」
陽一はむっとした。
確かにそうかもしれない。でも、土足はよくない。
しかし、細かい事を言う男だと思われたくなかったので黙った。
「鬼はどこ?」
「うぐいす姫? さあ、知らない」
陽一がそっけなく言うと、沙耶が顔をしかめた。
「今宵は新月よ。急がなきゃ」
沙耶はサングラスを取り出した。
「あなたもかけて」
陽一は、ここへ来てからサングラスをかけた事を思い出した。
ポケットにサングラスが入っている。取り出して眺めているうちに、胸騒ぎがした。
「もしかして、俺がここにいるって知ったのは、これのせい?」
「ええ。悪いけど、GPSが仕込まれているわ」
「なんでそんな事…」
陽一が絶句する。
サングラスをかけると、居場所が知れてしまうのだ。
「うぐいす姫と接点があるのはあなたしかいないもの」
悪びれもせず沙耶は言う。
「新太郎さんたちはすでに裏の社にいるわ。わたしたちも早く合流しましょう」
沙耶が何を言っているのか分からなかった。
「嫌だよ、俺はもう関係ない。早く家に帰らせてくれ」
「何を言っているの。あなたは言ったじゃない。どうやったらうぐいす姫を殺すことができるのかって。約束したでしょ」
確かに自分は言った。
あの時は、うぐいす姫が憎くて仕方なかった。
だが、今は違う。殺したいと思うほど憎めない。
うぐいす姫は鬼の姿をしていたが、殺す理由がない。
殺したくなんかない。
「俺の事は放っておいて。俺は、運命の相手じゃないし…」
「まだ、そんなことを言っているの?」
沙耶は呆れてから、陽一の背後に落ちている大太刀に気付いた。
「あれは?」
陽一が近づいて触ろうとすると、どこからか声がした。
――触らない方がいい。
ハッとする。
夜琥弥の声だと気付く。陽一は辺りを見渡したが姿は見えない。沙耶には聞こえないのだろう。眉をひそめて陽一を見ている。
「陽一くん?」
「いや、何でもないよ。この刀は俺には大きすぎて動かせない」
「わたしが使うわ」
「えっ?」
止める前に沙耶が大太刀を手に取った。
重くないのだろうか、と心配したが、沙耶は軽々と持つと、踵を返して走りだした。
「ど、どこへ行くの?」
「みんなの所よ、あなたみたいな意気地なしはもう必要ないわっ」
女の子に言われた事がショックだった。
陽一は唇を噛むと、苦々しい顔で沙耶を追いかけた。




