月の使者
「晶ちゃん…遅いね」
そわそわしていた朋樹がすくっと立ち上がった。
「探してくる」
「待たれよ、姫を一人にさせてやれ」
瑠稚婀が静かに諭す。
「でも、心配でございます」
舞が目を潤ませて晶の出て行った方を見た。
「瑠稚婀さん、昔、一体何があったのですか? どうして晶が鬼と呼ばれているんですか?」
陽一がたまらなくなって聞くと、瑠稚婀は相変わらずクールな顔で陽一を見た。
「そなた、それは自分で思い出すことじゃ」
瑠稚婀はそう言ってから、すっと立ち上がった。
「舞、わらわを恨むでないぞ」
突然、舞の手をつかむなり瑠稚婀が言う。その時、さわさわと廊下の方から足音がして直垂姿の武士が現れた。
「わっ」
陽一と朋樹が驚いて立ち上がった。
「月の使者」
舞がそう言うと顔付きが険しくなり、陽一の方を見た。
「晶さまがっ」
もがく舞の手を瑠稚婀がしっかりと握りしめている。
「陽一よ、姫の事を思い出さぬのであれば、姫には近づくな」
舞の手をつかんだまま、瑠稚婀が厳しい口調で言う。
「俺は必ず思い出すっ」
叫んだ陽一に、瑠稚婀は鼻で笑った。
「思い出せるのか? そなたの無邪気な心は姫の心をかき乱すだけ、そなたがハンターにとらわれたら、姫は奴らの云いなりじゃ。舞、わらわは姫に呪術をかけた。鬼が出てこようとしている。わらわにはもう止められぬ」
「晶さまっ」
舞が悲鳴を上げた。
「すまぬな」
いうなり、ふっと二人の姿が消えた。
陽一には何が起こったのかさっぱり分からなかった。
直垂姿の武士は、陽一と朋樹を取り囲むと、腰に帯びていた腰刀をすらりと抜いた。
「黙って我々に着いて参れ」
朋樹は真っ青な顔で、陽一と共に一緒に外へ出た。
屋敷は異様な空気が取り巻いている。
「しばらくそなたたちはここから離れるのだ。決して、この中へ入ってはならぬ」
武士の一人がそう言うと、腰刀を盾に二人から目を離さないで言った。
陽一は、胸騒ぎを感じて手を強く握りしめた。
「晶…」
陽一は呟くと、ふらふらと家の方へ足を向けた。
「陽一?」
朋樹の声は彼には届かなかった。
陽一は制止も聞かずに庭の方へ駆け出した。
「待てっ」
武士が叫んだが、彼は結界の中へ飛び込んだ。




