解放
晶は、翁の記憶を消すと、しばらくそのままの姿勢でいた。
その時、突然、キーンと耳鳴りがしたかと思うと、周りの音が一切消え去り、時が止まったように思えた。
晶がすっと顔を上げると、いつもの無表情に戻っていた。
「終えたみたいね」
背後の声に晶は振り向いた。
いつの間にか、庭にハンターが数名いて、晶を取り囲んでいた。
先ほどの耳鳴りは、ハンターが結界を張ったのだと知る。
一人の若い女が前へ出てきた。
いつか、陽一が言っていた女だ。そして、昔、自分が喰らった若者の婚約者の生まれ変わりだ。
「そうか、主らが翁の記憶を呼び覚ましたのだな」
晶はゆっくりと立ち上がった。
「いつか、ここへ来ると思っていたわ」
女の手には、黒水晶が握られていた。
女は、黒水晶を晶の足元に投げつけた。すると、黒水晶から丸い輪が飛び出し、一瞬で晶を封じ込めた。
腕に喰い込んでいる水晶から力が吸い取られている感じがしたが、晶は表情を変えずじっとしたまま女を見た。
「我をどうするつもりじゃ」
「おとなしくすれば、ここでは殺さない」
晶は静かに目を閉じた。
女が顔をしかめて晶を睨む。
「何を考えているの?」
「よいのか?」
「え?」
「主ら、鬼をちゃんと退治できるか? と聞いておるのじゃ」
それを聞いた女は目を吊り上げると、晶の頬を強く叩いた。瞬時に晶の白い頬が赤く腫れる。
「見なさいよ、すぐにみみず腫れになって、その皮膚は溶けはじめるわ。あなたが過去にしてきた事を思えば、これくらい何でもないはずだけど」
女は言葉を吐き捨てた。
晶は視線を落とすと小さく息をついた。
「これくらい何ともない…」
晶が少し力を解放すると、皮膚が再生を始める。
女は目を吊り上げてもう一度、手を振り上げた。すると、男の一人がその腕をつかんだ。
「いい加減にしろ、奴らに気づかれるぞ」
「ここで殺してやるっ」
別の男が間に入って、突然、晶の首を絞めた。
晶はうめいた。
憎悪が流れ込んでくる。心臓をわしづかみにされたような強い痛み。感じたこともない恐怖に駆られた。
晶は歯を食いしばり、顔を上げた。女たちを見据え、手を動かそうとしたが躊躇する。
奴らを殺せば、鬼が解放される。
――ならばここでやられるか。
陽一の無邪気な顔が浮かんだ。
――死ぬのは嫌じゃ…。
晶は目を見開いた。
「こいつ、何かするぞ」
ハンターの声が恐怖に震えた。
晶は力を解放した。
頭上に白い小さな角が生える。短い髪が一気に伸びて地上へ届いた。
伸びた爪で地面に向かって振り払うと、黒水晶が砕け散る。たちまち体が解放される。
「うわ、鬼、鬼だっ」
ハンターが悲鳴を上げて一人逃げた。晶はその男の腕をつかんで引き寄せた。
金色の細長い目が鋭く相手を睨みつけ、鋭い牙の生えた口を寄せると、ハンターの穢れを吸い込んだ。
晶は自分の心を乱さぬよう鬼に心をとらわれず、その場にいるハンターの穢れを次々に吸い込んだ。
穢れを奪われたハンターたちは力を失って倒れていく。
ふいに背中に痛みを感じて振り向くと、女が腰刀を突き立てていた。
「これで終わりよっ」
女は叫んだが、晶はこらえた。
「瑠稚婀っ。はよう、参れっ」
晶が叫んだ。




