祖父の家
祖父の家はこの辺りでも珍しい古い木造建築の平屋建てである。縁側もあるし、ほぼ和室で広々としている。
祖父の家に着き、玄関の戸を開けて呼びかけた。
「じいちゃんっ。こんにちはっ」
少しすると、祖父がのっそりと出てきた。日々、体力をつけている祖父はむき出しの腕も筋肉がついてたくましい。小柄だが足腰はしっかりしていて、若々しく見える。
「おう、待ってたぞ」
祖父は女の子が三人もいるのを見て驚いた顔をした。
「別嬪が三人もおるじゃないか」
「お邪魔いたします」
舞が丁寧に頭を下げた。晶たちも小さくお辞儀をする。
「どうぞ、汚い家だがお上がり下さい」
促されて晶たちは広間へ通された。
広間は一番大きい部屋でのんびりくつろぐことができる。
三人を案内してから、陽一と朋樹はかき氷の道具を取りに行った。
机に並べると、晶が興味津々な顔をした。
「これはなんじゃ?」
「これでかき氷を作るんだよ」
朋樹が透明の器を五枚並べて、陽一がかき氷機に氷をセットした。
朋樹にかき氷機の足元をしっかり握ってもらい、陽一がハンドルを手動でまわすと、削られた氷が器にさらさらと雪が降る様に落ちていく。
祖父の家のかき氷機は電動ではなく、昔の手動式だった。これがものすごく大変で、まわすのにすごく力がいった。
「おおっ」
晶が感嘆の声を上げて喜んでいる。
どんどん器に氷の山ができていく。
陽一は、真剣に見つめる晶を見て、誘ってよかったと思った。
晶がこんなに喜んでくれるとは思わなかった。
晶は、陽一がハンドルをまわすのをじいっと見ていた。
「やってみる?」
陽一が言うと、晶の目が輝いた。
「よいのか?」
「いいけど、すごくしんどいぞ」
晶の方へかき氷機をまわすと、晶はハンドルをしっかり握った。陽一がかき氷機の足元をしっかりと押さえる。
「まわしていいよ」
そう言うと彼女は、ぐっとハンドルをまわし始めた。
シャクシャクと氷が綺麗に削られていく。
意外と力が強いんだな、と感心していると、晶が疲れた、と言って手を離した。
「どうじゃ? 綺麗にできたかの?」
「上手だったよ、晶ちゃん」
朋樹が言って出来上がりを見せると、晶はうれしそうな顔をした。
「これを我が作ったのか?」
「うん」
「よい出来栄えじゃ」
陽一は思わず笑いそうになった。
「晶さま、すごくお上手でしたわ」
「そうかの」
一方、瑠稚婀はイチゴシロップを手に持ち、これはどのように使うのじゃ、と聞いた。
「かき氷にそのシロップをかけてください」
「心得た」
瑠稚婀がそろそろとシロップをかき氷にかけていく。晶も真剣な顔つきだ。
「練乳と小豆もあるよ」
朋樹がかき氷に練乳をとろりと垂らし、小豆をスプーン一杯ずつ盛っていった。
晶は完成したかき氷を朋樹から受け取った。目をキラキラさせて、スプーンですくって口元へ運ぶ。
「んんっ」
冷たかったのだろう。目を閉じたが笑顔のままだ。
「おいしいの、かき氷は」
舞も頷いた。
「ええ、今度、我が家でもやってみましょう」
「それがよい」
舞が、朋樹からかき氷の作り方を熱心に聞き始めた。
陽一は、瑠稚婀にも渡すと、彼女も手にとって食べ始めたが、晶ほどのリアクションはなかった。
「おいしくなかったですか?」
「このようにおいしいものは生まれて初めて食べた」
瑠稚婀はクールに答えた。
きっと、瑠稚婀の中で感動しているのだろう。
あっという間に食べてしまう。
「もうないのか?」
瑠稚婀は言ったが、氷はお腹を冷やすため、一杯だけの方がいいと伝えた。
「ごめん。お腹壊すとやばいから、今日はこれだけで」
「そうか…」
瑠稚婀は少し、しゅんとした。その隣で、晶が穏やかに言った。
「陽一、今日は誘ってくれてうれしかったぞ」
「べ、別に…」
陽一は照れて何を言っていいか分からなくなった。
その様子を見ていた瑠稚婀が、ぼそりと言った。
「地球にはこのような食べ物があったのだな。月に還る時に持っていこう」
「は?」
陽一は、瑠稚婀の言葉に耳を疑った。
「あ、あの、今、なんて言いました?」
「月に持っていくと言ったのじゃ」
瑠稚婀は何を言っているのだろう。
陽一が理解できずに顔をしかめると、瑠稚婀もまた眉をひそめた。
「うぬ? そなた、何も覚えておらぬのか」
「え?」
「そうか…」
瑠稚婀が静かに言った。
自分と晶の間で、一体何があったのだろう。
陽一は思わず晶を見つめると、彼女も自分を見つめていた。
「ねえ、晶ちゃん。もし、嫌じゃなかったら、うぐいす姫の話をしてくれないかな。僕はずっと知りたいと思っていたんだ」
朋樹が身を乗り出して晶に聞いた。
「姫、よいのか?」
瑠稚婀が聞くと、晶は一瞬、考えていたが頷いた。
「ならば、わらわが説明をしてやろう。姫には辛い話であるからな」
陽一はごくりと唾を呑んだ。
「うぐいす姫と呼ばれているのは、姫が昔、鶯の卵から生まれた事から始まる」
「民話でしょ」
すかさず朋樹が言った。
「そうであるが、姫にとっては事実だ。当時、月で諍いが起き、姫の母君は生まれたばかりの姫を地球へ送った。はるか昔の話じゃ」
陽一は驚きのあまり晶をじっと見つめた。
どうしても信じられない。
ということは、晶は人間じゃない事になる。
「じゃあ、あなた方は月から来たのですか」
「そうじゃ」
瑠稚婀がしゃべっている間、舞と晶はじっと黙っていた。
「舞ちゃんも?」
「ええ。わたくしもです」
晶の顔は青ざめて見えた。舞が手を握ってあげている。
「お、俺と出会ったのはいつ?」
陽一は知りたかった。どうして自分たちが運命の相手であるのか。
「そなたと姫が出会うのはその後じゃ。姫を育てた翁が亡くなったため、一人になった姫はその後、鬼と呼ばれるようになった」
「鬼?」
朋樹が首を傾げた。陽一の目から、晶はなんだか苦しそうに見えた。
「晶さま、大丈夫でございますか?」
「うむ…」
晶は頷いて目を閉じた。
「姫、大丈夫かの?」
瑠稚婀がちらりと横目で晶を見る。晶は顔を上げずため息をつくと、
「ここまででよいか? 我は疲れた」
と言った。
「ごめんね、晶ちゃん、辛い思いをさせたのかな」
朋樹が心配そうに言った。
「そんなことはないぞ」
晶が無理をして笑った。
笑顔に元気はない。
「すまぬ、少し外の空気を吸いに行ってもよいか」
晶が立ち上がると、庭の方へと向って行く。
誰も声をかけることができなかった。
舞でさえ、ためらうようにしょんぼりと晶の後ろ姿を見つめていた。




