パワー
晶とラインのやり取りを終えた陽一は、先ほど出会った晶の叔父の話をすべきかと思った。
スマートフォンを睨みつけていたが、ぽいっと放り出す。
「いいや、明日、会うんだから」
口に出すと、思わずニヤっとしてしまう。
明日と言わず、晶ともう少し落ち着いて話がしたかった。
晶は謎の多い少女だ。
何で髪を切ったのか、どうしてうぐいす姫と呼ばれているのか、聞きたい事はたくさんあった。
舞ちゃんの時は思わなかったのに。
晶を見ていると、何かしてあげなきゃという気にさせられる。
それに晶は、舞ちゃんほどじゃないけど、笑うと、まあまあかわいい。
澄ました顔をしている分、時々、にこっと笑うのだ。
ドキリとさせるのが上手だと思う。
陽一は頭をかいた。
俺って現金な奴だったんだ、と今さら思う。
舞ちゃんは誰が見ても納得できる美少女だが、晶は違う雰囲気を持っている。
美少女というより、謎めいた少女といった感じだ。
陽一は、ベッドに寝転がって自分の手のひらを天井へ向けた。
自分の中に得体の知れない力が宿っているという。夜琥弥は、陽一が力の使い方を誤れば、危害を及ぼすだろう、と言っていた。
「どうやって使えばいいんだろう」
そもそもどんな力があるのかすら分からない。
陽一は手を裏表とひらひらさせて見た。
当然、何も起こらない。
「えいっ。おりゃあっ」
アニメの主人公になったつもりで、いろいろ手を動かしてみたがなんの変化も起きない。
自分で恥ずかしくなった。
「アホか俺は」
とりあえず晶にだけは危害を加えない、これだけは忘れないようにしよう。
そのままいろいろ考えているうちに、陽一は眠りについていた。
朝、ノックの音に驚いて目が覚めた。
「陽一、いつまで寝ているのっ。朋樹くんが遊びに来てるわよっ」
母の声がドアの外から聞こえる。
寝ぼけていた陽一は、ぼうっとしたまま顔を向けた。
「…何?」
「朋樹くんが来たわよって言ったの。早く起きなさい」
母親の足音が去って行く。
「朋樹? 何で?」
陽一はぼんやりして目をこすった。
今日は晶と祖父の家でかき氷を食べる約束をしていた。朋樹と約束をした覚えはない。
晶とは午後から約束をしていたので、朝はいつも通り寝過ごすつもりだった。
時計を見ると、午前十一時を指している。
この暑い中よく眠ったものだ。
陽一が体を起こすと、コンコンとノックの音がした。
「はい…」
のろのろと起きてドアを開けると、朋樹が立っていた。
「おはよ」
朋樹は爽やかな笑顔で入って来た。
「寝てたのか? 早く着替えろよ」
苦笑して朋樹は陽一の椅子に腰かける。
「約束してたっけ?」
「違うよ、今日、じいちゃんちでかき氷するんだろ。晶ちゃんからラインがあったんだ」
「え……?」
陽一は顔をしかめた。
何で、朋樹に連絡するんだろう。
「何だその顔、大丈夫だよ。お前の舞ちゃんには何もしないから」
陽一はますますむくれた顔になった。
とりあえず、洋服に着替える。
朋樹は、机に置いてある漫画本を手にとって読み始めた。
「晶と約束したのは(午後)一時だけど、何でこんなに早く来たんだよ」
陽一が言うと、朋樹が呆れた顔でこちらを見た。
「お前、かき氷の材料買ってんの?」
「材料?」
「氷がないとできないだろう。後、シロップとか練乳と小豆もいるよな」
うきうきと朋樹が言った。
「あ、そうか」
「ほら、これだもの」
朋樹がくすくすと笑う。
「じいちゃんちには何もないと思うから、買い物済ませておこうよ」
陽一は、朝食と昼食を兼ねた食事を朋樹と食べてから、近くのスーパーへ買い物に行った。
隣にいるのが朋樹だと思うと、がっくりする。
晶たちと少しでも一緒にいたかった。
「なあ」
歩きながら陽一は話しかけた。
「何?」
「晶の事だけど…」
「うん」
「その、俺、気付いたんだ」
「え?」
朋樹が足を止める。
「お前が写真くれただろ。晶の写真、あれを見てすぐに分かった。晶がうぐいす姫だった」
朋樹の顔がみるみる青ざめる。陽一はぎょっとして朋樹の顔を見た。
「だ、大丈夫か?」
「う、うん、大丈夫だと思う。そのさ、晶ちゃん、俺の事何か言ってた?」
「いいや、何も。それに、俺がかき氷誘ったのに、お前にも連絡があったんだろ」
「そうか…」
朋樹がほっと胸を撫で下ろす。
「よかった。それを聞いてすごく安心したよ」
朋樹は、大きく息をつくと再び歩き始めた。
「そっか、気付いたんだ。お前に写真送らなきゃよかったな」
「お前…」
陽一は、朋樹が最初から気付いていたことに今さら気がついた。
「どうして俺が間違っているって教えてくれなかったんだ?」
陽一が憤慨して言うと、朋樹は困ったように頭を掻いた。
「どうしてって言われても、お前は舞ちゃんに夢中だったろ。言えないよ。間違えてるよ、なんて」
周りにはそんな風に思われていたのか。
陽一は、自分の不甲斐なさに落ち込みそうになった。
「そっか…」
元気がなくなった陽一を見て、朋樹が明るい声を出した。
「でもさ、俺としては間違えたままでもよかったんだけど」
「何だとっ」
陽一がムッとすると、朋樹が笑った。
冗談だか本気だか分からないが、朋樹なりに声をかけてくれたのだと思う。
スーパーで買い物をしてから、待ち合わせの駅へ向かった。
陽一は、なんとなく緊張した。
晶にどんな顔をして会えばいいのだろう。
緊張が伝わったのか、朋樹が肩を叩いた。
「今まで通りでいいと思うよ。舞ちゃんだって気にしないだろうし」
「うん」
陽一は複雑だった。
舞ちゃんが気にしないといいんだけど、と思いながらも、気にされないのも寂しいかも、とほんの少し思った。




