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約束





 とうとう、穢れを吸い込んでしまった。

 晶は、自分の胸を押さえた。

 鬼が、ほくそ笑んでいる。

 極上の穢れ、と喜んでいる。


 その時、スマホから音がした。

 見ると、陽一からだった。


『晶へ』とある。 


 自分が見てよいのだろうか。

 晶は胸がドキドキし始め、深呼吸をしてラインを開いた。

 ぶっきらぼうだが、晶を案じている内容だった。

 晶の中の鬼がすっと目を閉じて静かになる。


 晶はくすっと笑い、すぐに返信した。


 うぐいす姫であることをすぐに明かさなかったことについて謝り、ケガは大したこともなくすぐに治った、と書いた。

 少しして返事があった。

 明日、じいちゃんちでかき氷を食べないか? とあった。


「かき氷…?」


 晶は首を傾げた。

 アイスクリームは大好きだが、かき氷に手を出したことはない。

 それを伝えると、大げさに驚いた文章と家まで迎えに行くと書いてあった。

 晶は住まいを変えた事を伝えるべきか迷ったあげく、やはり伝えない方がよいと思った。

 人の多い駅で待ち合わせするよう伝えると、承諾の返事がくる。


『じゃあな、明日、忘れるなよ。おやすみ』


 さんざん迷って書いた内容なのかもしれないが、無愛想な内容に、晶は苦笑した。

 ラインを閉じる。


「無理をしなくてよいのに」


 ため息が出た。

 舞の事をうぐいす姫だと誤解している方がよかったのかもしれない。

 まっすぐに舞を見つめる陽一の方が真実なのではないかと思った。

 スマートフォンをベッドに放り出し、晶は横になった。


 手先が熱い。

 穢れを吸った分、鬼の力が強くなっている。

 仮眠を取って力を押さえ込まないと、眠っている間に動かれてはたまらない。

 晶は、早く瑠稚婀るちあが来ないだろうかと案じた。


「晶さま」


 舞の声がドアの外から聞こえた。ノックの音がしてドアが開く。


「どうした?」

「お兄様がお戻りになられました」

「瑠稚婀も一緒か」

「はい」


 晶は飛び起きると、さっと部屋を出た。

 リビングに入ると、豪奢な撫子色の小袿こうちきを羽織った瑠稚婀が立っていた。



 巫女のくせに、彼女は女房装束ばかり着ている。


 白い肌に一重の目、薄い唇の彼女は、俊介の体から離れてこちらを見た。

 晶の顔を見ると、桃色の唇を横にしてほほ笑んだ。


「わらわを呼ぶとは、よほど切羽詰まった様子」

「穢れを吸ってしまった。我一人では鬼を封じ込めぬ」

「そうであろう」


 瑠稚婀は鼻で笑ってから眉をひそめると、扇で口元を隠した。


「その御髪おぐしはいかがされた」

「切ったのじゃ」


 また、その質問か。

 晶はうんざりした。


「髪はまた伸びると思っておられるだろうが、姫にとっては魔よけにもなる」

「それは気にせなんだな」

「短く切るのはよすのじゃ」


 舞は、はらはらしながら傍で見ていた。


 二人は似通ったところがあり、なんとなく瑠稚婀は、晶に対して敵対心を持っているようなところがあった。

 晶は我関せずで、瑠稚婀のやり取りを楽しむところがあった。


「少し、二人きりにしてもらえるか」


 舞と俊介を部屋から出すと、晶は瑠稚婀と二人だけになった。


「いかがされた」


 瑠稚婀がソファに座って尋ねた。


「その衣装どうにかならぬか、部屋が狭くなる」


 晶が頼むと、瑠稚婀は机に置いてあった雑誌をちらりと見た。

 すっと自分に手を振ると、清楚なワンピースに髪をカールさせた姿になると、肩をすくめて見せた。


「いかがなものかな」

「よい」


 晶は頷くと、右手を差し出した。

 右手は元通りになっていたが、一度、壊れた細胞は完ぺきとまではいかない。

 瑠稚婀はそれをじっと見てから、両手で優しく包み込んだ。


「全てが穢れている」


 温かい手に包まれているうちに、晶は胸の中に小さな光が差し込むのを感じた。


「地球にいる限り、穢れはなくならぬ。姫が穢れを吸おうがせまいが、鬼に栄養を与えているのは分かっておるのだろう」

「うむ」


 晶は目を閉じた。

 しかし、このまま月に還るわけにはいかない。


「つべこべ云わず、お主は我の中の鬼を封じてくれ」

「勝手なことを」


 瑠稚婀は気に障った様子もなく、静かに晶の中へ力を送り込んだ。

 晶の髪の毛が数センチ伸びたところで、手を離した。


「姫の体に呪術をかけた。鬼がもし、出てこようとしたら、わらわには分かる」

「ありがとう、瑠稚婀。礼を云う」

「姫に頭を下げられると、わらわもどうしてよいか分からぬ。さて、姫よ、わらわから頼みがある、陽一郎の生まれ変わりに会わせてくれ」


 瑠稚婀の要求に晶は首を傾げた。


「陽一に?」

「そうじゃ。その者に傷つけられたと申したろう。一度、この目で見たい」


 晶は少し逡巡したが、頷いた。


「分かった。明日、陽一の家に行く約束をした。お主も一緒に参ろう」

「舞は置いて行くぞ」

「舞がそれでよいと云うのなら」


 おそらく舞は、ついて来ると思うが――。


 晶はそっと心の中で呟いた。




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