立待月(夕方、立って待つ間に出る月の意)
駅に現れた舞と晶を見て、陽一の心はうきうきした。
舞は、花がらのワンピース、晶は、Tシャツにデニムのショートパンツとラフな格好だが、白い素足をさらしている分どぎまぎした。
隣で朋樹は、舞ではなく晶を見てにこにこと笑っている。
陽一は、朋樹に舞を紹介した。
「朋樹、彼女がうぐいす姫の生まれ変わり、舞ちゃんだよ」
「へえ…」
もっと大喜びするかと思ったのに、朋樹の反応はいまいちで、陽一は拍子抜けした。
朋樹のタイプではないのかもしれない。
「こんにちは、僕は陽一の幼なじみで朋樹です」
朋樹が自己紹介をした。
舞は小さく頷いた。
「舞でございます。本日はどうぞ、よろしくお願いいたします」
「言葉遣いが丁寧ですね」
朋樹が変なところに感動している。
「じゃあ、行こうか」
三人を促して電車に乗った。当然、舞は晶のそばを離れない。
朋樹が陽一の肩を突いた。
「あの子がうぐいす姫? かわいい子だね」
「だろ?」
「だったらさ、晶ちゃんは僕がもらってもいいんだよね」
「は?」
陽一は朋樹の言葉に顔をしかめた。
「何だそれ。もらうって何だよ」
「言葉のあやだよ。だって、舞ちゃんはお前の彼女なんだろ」
なんとなく、不愉快な気持ちになる。
晶はそういう対象じゃなくて、ガキなんだよ。
「晶に手を出すなよ。あいつはガキなんだから」
「ガキ? 本気で言ってんのか?」
朋樹が目を丸くした。
「とにかく手を出すなよ」
陽一の言葉に納得できないらしく、朋樹は首を振った。
「お前の相手は舞ちゃん。俺は晶ちゃんと話したいから好きにさせてもらう」
「お前の目的はうぐいす姫だろ」
「そうだよ」
だから何? と朋樹はふんぞり返った。
晶はうぐいす姫とは無関係だと言いたかったが、電車が止まったので四人は降りた。
「プールまではどれくらいあるのですか?」
「駅のすぐ近くだから」
陽一が笑いかけると、舞が力なく笑った。
「わたくし泳げませんの」
「大丈夫、浅いところがあるから」
「そうでございますか」
舞ちゃんは水着になるのが恥ずかしいのだ、と陽一は思った。
四人は着替えるために二手に別れた。
陽一は、二人を待たせまいとすばやく着替えた。
朋樹もすぐに着替えて、二人は入り口へ向かった。
少し待つと、舞たちが現れた。
舞は薄桃色のフリルのついた水着で、清楚ですごくかわいかった。
晶の方は、白と黒のボーダー柄のビキニを着ていた。
陽一は、晶を見てさっと目を逸らした。
子どもだと思っていたのに、意外と胸も大きくて、綺麗だった。
朋樹は、晶にかけ寄ると、かわいいね、と褒めている。
陽一は何か着ろよとイラついた。しかし、屋内プールは羽織るのを禁じている。
プールに誘った朋樹を思わず恨んだ。
「行こうか」
朋樹が促す。
舞は、晶の腕を取ると二人でぴったりと寄り添い歩き始めた。
晶を守るように歩いているが、陽一は、晶の形のよい引き締まったお尻につい目がいってしまった。
早く水に入りたい。
陽一は泳ぐ前から疲れた気がした。
浅いプールに入ると、暑さから解放された。
晶も舞も笑顔になって、興奮したように顔を合わせて笑っていた。
「水が冷たくて気持ちよいの」
ぱしゃぱしゃと水をかいで笑っている。
「晶さま、決して離れないでくださいませ」
「はは、舞は臆病者だの」
晶が笑っている。
陽一は思わず、晶に目がいってしまった。
水に濡れた晶は綺麗だった。
「プールとは楽しいな」
「ねえ、晶ちゃん」
朋樹の声に我に返った。
「晶ちゃん、泳げるんだよね。あっちに流れるプールがあるんだ。歩きながらだと気持ちいいから行かない?」
「うむ、面白そうだの」
晶が承諾する。舞がはっと晶の手をつかんだ。
「晶さま」
「大丈夫じゃ。お主は陽一と一緒にいて、少し水に慣れるとよい」
晶が水から上がり、朋樹の後を追っていく。
陽一にはなすすべがなくて、ただ見ていた。
「陽一さまよいのですか? 晶さまが行ってしまわれます」
「い、いいも何もあいつが勝手に行くんだから、放っておこうよ」
「そんな…」
舞が今にも泣きそうなので、陽一は困った。
「なら、俺たちも行く?」
「は、はいっ」
舞は泳ぐのが苦手なのだろう。しかし、晶のそばにいたい気持ちがひしひしと感じられた。
流れるプールには多くの人が賑わっていて、見つけるのは大変だった。
「やみくもに探しても見つからないから、流れに沿って上から追いかけよう」
陽一が言うと、舞が必死で人々の顔を見ながら歩き始めた。
おそらく一周しないと二人を見つけることは出来ないだろう。だが、どこかで立ち止り移動されると厄介だ。
携帯電話もないし、朋樹が何を考えているか分からなかったので、陽一は不安に駆られた。
「陽一さま、晶さまは大丈夫でしょうか」
「大丈夫だよ」
舞を励ますように言った。
「わたくし一緒にいないと不安でたまらないのです」
舞がどうしてここまで過敏になるのか、陽一にはさっぱり理解できなかった。
しかし、朋樹はうぐいす姫マニアなのに、どうして舞ちゃんに興味がないんだろう。
不可解でたまらなかったが、先ずは二人を探すのが先だと思った。




