再生
そのあとすぐ、陽一と朋樹が晶を(移動する前の)マンションまで送ってくれた。
玄関を入る前に、陽一が残念そうに言った。
「舞ちゃんに会いたいけど、もう遅いから明日にするよ」
「晶ちゃん、明日プール行かない?」
黙っていた朋樹が突然、両手に力を込めて晶に言った。
「プール?」
プールは体験したことはない。
よく分からずに頷くと、朋樹が飛びあがって喜んだ。
「やった」
ガッツポーズをする姿に、晶は思わず笑ってしまった。
「お主、面白いの」
「朋樹だよ」
「朋樹だな。覚えたぞ」
ふふっと笑うと、朋樹の顔が赤くなった。
「明日、午前十時頃に迎えに来るから」
晶は、そう言えば自分たちは移動したのだ、と思いだした。
「待ち合わせは駅がよい」
そう言うと、朋樹は頷いた。
「分かった。ありがとう」
朋樹は素直だのぉ、と思いながら微笑むと、視線を感じて陽一を見た。
彼は怖い顔でこちらを睨んでいた。
晶は思わず目を逸らした。
「じゃあ、僕たちは帰るから」
「舞ちゃんも行くのか?」
陽一がだしぬけに聞いた。
「おそらく行くであろう。我の行くところには必ずついて参るからの」
「じゃあ、俺も行く。いいだろ、朋樹」
「当たり前だろ、何言ってるんだ?」
朋樹は呆れていたが、陽一は怖い顏のままだ。
朋樹が手を振ったので、晶も左手を小さく振った。
二人の姿が見えなくなってから、晶は右手を見た。
陽一が触れた右手が、黒く焼け焦げている。
晶は、落ち着くのじゃと自身に言い聞かせた。
心臓が痛いほど鳴り響いている。
深呼吸をして左手を自分の右手にそっと触れた。ただれた細胞が再生を始める。
みるみるうちに、元の白い手に戻った。
ふっとため息をつく。
間違いない。
陽一はハンターと接触している。しかし、陽一自身はハンターを認識していない。
一体、誰だろう。
朋樹のことを思い浮かべたが、彼ではないことは分かる。あの少年は清らかな心を持っていた。
晶は空を見上げた。
星がまたたいている。
我の中の鬼よ聞こえておるか?
とうとう、我らが還る道を見つけたぞ――。
呟くと、
「晶さまっ」
と後ろから舞の声が聞こえた。
舞が抱きついて顔や体の異常がないかをすぐに探った。
怪我がないことを知ると、ほっと息を吐いた。
「晶さま、探したのですよ」
俊介がすぐ後ろでため息をついた。
「勝手に出歩かれては心配致します」
「陽一の気に乱れがあったため、様子を見に行ったのじゃ。我が悪かった。すまぬ、舞、俊介」
舞がぎゅっと晶の体を抱きしめた。
「お兄様、早く帰りましょう」
「ああ」
俊介が瞬間移動するのを晶が遮った。
「いい、我がする」
「しかし、姫さま」
俊介が困った顔をすると、晶は首を振った。
「鬼がわめいておる。たまには力を使わぬと発散する場所がないからの」
晶が困った顔で笑い、俊介と舞の肩に手を置いて、力を発揮させた。
一瞬でマンションに戻った。
「陽一さまに会われたのですか?」
舞が顔を近づけて言った。
「うむ」
「では、番号を入手したのでございますね」
「まあな」
答えると舞がうれしそうにほほ笑んだ。
「ようございました」
「その場に陽一の友達がおってな、その者がプールへ行こうと誘ってくれた」
「はっ? プールっ?」
舞の顔が引きつった。
「水着を着て泳ぐあれでございますか?」
「うむ。プールとは初めてだの」
「まさか、承諾なさったのでは」
舞が唇を震わせる。
「面白そうだからの」
「なりませぬっ」
「なぜじゃ」
晶が小首を傾げると、舞がうろたえた。
「それはその…」
「しかし、承諾したからの」
「ああ…。晶さまのお身を他人に見せるなんて、わたくしには耐えられませぬ」
「だが、お主が来ぬと陽一が喜ばぬゆえ、舞も来るのじゃぞ」
「自分も――」
すかさず俊介が言おうとするのを、晶が横目で見た。
「ならぬぞ。お主は目立つ」
俊介は、口を開きかけて閉じた。
「遠くから見るのなら問題ないが」
「御意に」
俊介は小さく頷いた後、呟いた。
「プールとは…?」
眉をひそめる俊介を見て舞は思った。
お兄様は絶対に許さないと思いますわよ――。




