姫マニア
「陽一。おーい、起きてるか」
頭上で声がする。
目を開けると、幼なじみの同級生、渡瀬朋樹がいた。
「朋樹か?」
目をしょぼしょぼさせて、陽一は目を覚ました。
「今、何時?」
「夜の七時、陽一が久しぶりに来たって聞いたからさ、会いに来た」
会いに来たって…。
陽一は息を吐いた。
「一応、病み上がりなんだけど」
「熱中症ってやつ? 大丈夫か?」
「うん…」
なんとか体を起こす。眩暈や吐き気はなかった。
「大丈夫みたい」
「よかった」
夏休み中は気をつけろ、と学校でもうるさく言われていたのに、陽一はどうして熱中症になったのか、さっぱり分からなかった。
「それよりどうしたんだよ。なんか用事でもあったのか?」
同じ高校で祖父の家の隣に住む朋樹とは、ラインでも連絡を取り合っている。
「いやー、俺ってほら、うぐいす姫マニアだからさ」
そうだった。
陽一は、はたと思いだした。
朋樹は幼い頃から一緒にうぐいす姫探しに奮闘した仲でもあった。
小学生の頃にうぐいす姫のことなど諦めた陽一とは違い、朋樹はうぐいす姫マニアとなり、昔の資料から手掛かりはないかと「姫」と名のつくものは探り出し、いまだにうぐいす姫を探しているのだ。
陽一はにやっと笑った。
「見つけたぜ」
「えっ? えーっ、嘘だろ、マジかっ」
朋樹が目を飛び出さんばかりに驚いて、陽一の胸倉をつかんだ。
「かわいい? 胸でかい? 痩せてる?」
「すんげえ、かわいいの。俺の彼女」
「嘘だろーっ」
興奮しながら話していると、朋樹にものすごく自慢したくなってきた。
朋樹はうぐいす姫マニアだが、外見は誰もがうらやむ整った顔をしている。
身長も陽一よりずっと高くかっこいいので、後輩の女の子には人気があったが、同学年からはうぐいす姫マニアだと知られているので、オタクだと思われていた。
「舞ちゃんて言うんだよ。会わせてやろうか?」
「会いたい会いたい! 今すぐ会いたいっ」
朋樹が言うので、陽一は祖父に見つからないようにこっそりと部屋を抜け出した。
二人で外へ出ると、月が出ていた。
「まだ、明るいな」
「満月は二日前だったな。あの日の月はきれいだったな」
朋樹は月が好きな男だった。
「月にはロマンがあるよ」
月にロマンなどあるだろうか。
陽一は薄気味悪そうに朋樹を見てから、舞の家の方向へ歩いて行った。
その時、ポケットに入れていたスマートフォンが鳴りだした。
聞きなれないアラーム音だ。
「携帯、鳴ってるぞ」
朋樹に言われて見てみると、スマホが異常な反応をしている。
「これ、変じゃねえ?」
液晶画面はまっ黒なのに音が鳴っている。しかも、本体が熱くなっていた。
「壊れたんじゃない?」
「え! 困るよっ」
陽一と立ち止って首を傾げていると、道の向こうから携帯電話の着信音が近づいてきた。
よく聞くと、陽一と同じアラーム音がしている。
陽一と朋樹が顔を上げると、スマートフォンを持った晶がいた。
「晶じゃねえか」
陽一が気の抜けた声を出した。
朋樹が目を丸くして、じーっと食い入るように晶を見ている。
「よ、陽一、この子は…?」
「え? あ、こいつは、舞ちゃんのいとこで晶」
「晶ちゃん…」
朋樹はふらふらと晶に近づいた。
「かわいい…」
呟いてじっと見つめる。
晶はけげんな顔で朋樹を見上げると、陽一を見た。そして、少し考えた顔でもじもじとした後、ぐいっと何かを突きつけた。
「これを買ったのじゃ」
「スマホ? 舞ちゃんは一緒じゃないの? 危ないぞ、一人歩きは。家まで送ってやるよ」
陽一がぶっきらぼうに言うと、晶がポッと顔を赤らめた。恥ずかしそうにうつむいて少し黙っていたが、すぐ顔を上げた。
「…一人で平気じゃ。それよりお主の番号を教えろ」
「えらっそうだな」
陽一はむっとしたが、貸せよ、と晶のスマートフォンを取ろうと手を出した。その時、陽一の指先が晶の手に触れたとたん、刺しこむような痛みが走った。
「いって」
針が刺さったような感覚がして、陽一は手を引っ込めた。
「てめえ、何か仕込んでんじゃないだろうな」
「仕込む?」
晶が首を傾げる。すると、朋樹が間に入った。
「陽一、何を言ってるんだよ、この子がそんな野蛮なことをするように見えるか? ごめんね、晶ちゃん。こいつアホなんだよ。貸して、僕がやってあげる」
朋樹が優しく言ってスマートフォンを受け取り入力した。
「ついでに僕のも入れといた。いつでもいいからライしてね」
「親切だの、お主、名は何と申す」
「僕は朋樹です」
朋樹が女の子にこんな態度を取るのは初めてだった。
陽一は肩をすくめて、どうして舞ちゃんがいないんだろう、とぼやいた。
晶はツンと澄ました顔で陽一を見た。
「舞は来ぬぞ、我は一人で出てきたからの。それより、陽一、何か変わったことはなかったか?」
「変わったこと?」
陽一は少し考えた。
「晶ちゃん、こいつ、今日、熱中症でぶっ倒れたんだよ。かっこ悪いでしょ」
朋樹が教えると、晶が心配そうな顔をした。
「熱中症? それは出歩いて大丈夫なのか?」
陽一は、晶が心配してくれたので、少し気分がよくなった。
「大丈夫だよ。今から舞ちゃんに会いに行こうと思っていたんだから」
「それならよいが」
晶は呟くと陽一に近寄り、手を差し出した。
「何?」
陽一は首を傾げる。
「手を出すのじゃ」
「な、なんで」
「いいから、我の言うとおりにせよ」
「はいはい」
陽一が手を出すと、晶が白い手を乗せた。
二人の手が合わさったとたん、びりびりと激しい痛みに襲われた。
「うわあっ」
陽一が叫んで、晶がすぐに手を体の後ろに隠した。
「いって、何するんだっ」
晶は後ずさりしながら、おびえた顔をしていた。
「大丈夫? 晶ちゃん」
朋樹が心配そうに言った。
晶は後ろ手にしたまま小さく頷いた。
「手、見せて」
朋樹が晶の手を取ろうとしたが、彼女は首を振った。
「……大事ない」
晶が茫然と言った。
陽一は憮然として、晶を睨んだ。
「お前といるとろくなことがないよなっ」
「陽一っ」
朋樹が声を荒げて叱る。
晶はぼんやりと陽一を見つめるだけだった。




