十六夜
――あの女を見た。
マンションに戻ってから俊介と舞に報告すると、舞は青ざめた。
「ああ、晶さま」
へなへなとソファに座りこむ。俊介は顔をしかめると、明日からの外出は自分も一緒に行くと言った。
「あの女は陽一に必ず近づく。もう、遅いかもしれぬが」
「姫さま、ここも移動しましょう。場所も知られております」
「お兄様の言う通りでございます。わたくし、心配で夜も眠れませぬ」
「分かった」
晶が素直に頷いたので、二人は安堵した。
「しかし、陽一との連絡方法を考えねばならぬの」
「それはわたくしがなんとか致します」
舞がはっきりと答えた。
「何か、策があるのか」
「ええ、これでございますわ」
舞が取り出したのは、スマートフォンだった。
「お兄様がいると、便利ですわ」
「俺を道具のように言うな」
俊介がむっとした顔をする。
「とにかく、陽一さまにご連絡をするときはこれを利用致します」
「当然、お主がするのであろうな」
晶の言葉に、舞が顔をしかめた。
「晶さま、わたくしがリモコンの使い方も分からないのを承知でそんな事をおっしゃるのですか」
大げさな、と晶は思ったが、確かに舞はものすごい機械音痴だった。
スマホの機動の仕方も分からないだろう。
「分かった。我がしよう」
「ありがとうございます。さっそく陽一さまにご連絡を差し上げましょう」
「相手の番号が分からぬから、無理だ」
「それより、今から他のマンションへ移動します」
二人の会話に入りこむように俊介が言った。
「え?」
俊介の言葉に晶は驚いた。
「今?」
「当然です。ハンターが夕べ現れたのに、悠長にしてはおれません」
晶が何か言う前に、俊介は晶と舞の肩に手を置いた。
「では、移動いたします」
言うが早いか、別のマンションへと瞬間移動した。
今日、晶と舞が出かけている間に引っ越しの手続きをしたのだろうか。
俊介の行動は素早かった。
晶は移動先の内装を見て、今まで暮らしていたマンションとさほど変わりないと思った。
「部屋は三つ用意しています」
俊介が説明をする。
広いキッチンとリビングもある。
晶は窓の外を眺めた。
しかし、外の眺めは全く違った。
「ここはどこじゃ」
「駅に近い場所です。以前の場所からは方角も違う場所にしました」
俊介が淡々と答えた。
「そうか…」
俊介が自分を思ってしてくれたのだから、文句は言うまい。
部屋からは月がよく見えた。
自分の力も欠けているが、なぜか、妙に胸が痛んだ。
「陽一に何かあったか……?」
晶は呟いた。
振り返ると、舞と俊介は部屋の片づけをしていた。あらかた整理すると、舞が言った。
「晶さま、わたくし先にお湯に浸からせていただきます」
舞は風呂が好きで早く使いたかったのだろう。晶は頷いた。
「分かった。我は部屋で休むぞ」
そう言ってから、俊介にも黙ってそっと一人でマンションを抜け出した。




