痛い彼女と竜操士の彼
「えーーーっ、本当に本当に本当に本当にっ?」
彼は苦笑しながら答える。
「ホントですよ」
「えーーー……」
ムスーっとする彼女。
そんなわかり易すぎる態度に彼、ルトリアス・バルザックはウンザリしていた。
(同じ単語を連呼するんじゃねえ!)
本当にウンザリしていた。
(ガキだからって調子乗んなよこのくそガキが‼)
ルトリアスとて普段からこう内心罵ったりはしない。
大人には事情があるものだ。
ルトリアスはこの面倒な仕事をしなければならなくなった原因を思い出していた。
***
それは丁度仕事が一段落してホッと息をついた、麗らかな午後のことだった。
スタスタとこちらに近づいてくる上司。
そのいつもと変わった様子にルトリアスは嫌な予感がした。
「バルザック、ちょいとかなーり面倒な仕事を引き受けて貰えんかね」
こう言われて引き受けたいと思う者はあまりいないだろう。
しかしルトリアスは宮勤め。
上司、マジ、絶対
この世の真理である。
ルトリアスは内心ため息をつきながら答えた。
「わかりました、一体どんな仕事何でしょうか?」
「おー、バルザックは話が早くて助かる。それで内容はだな……」
いわく、間違って異世界召喚が行われた
いわく、異世界からきた子供に膨大な魔力がある
いわく、その子供を神子にしようとする一派がある
「子守は女官の仕事で、竜操士の仕事でははないと思うんですが?」
「女官は危険すぎる。どこの家の者かいちいち調べにゃならんし、お前は俺の直属の部下だし平民上がりで誰にも援助紹介の類いを受けていない実力派!護衛も兼ねれるし一石三鳥なのよ」
つまりこういうことだ。
女官メンドイから、メンドくないお前に任せるわー
お前俺の直属の 部 下 だしね~
もしかしたら大貴族の家に睨まれるかもだけど我慢してね☆
断れない平民と部下という身分の悲しさよ。
そして今に至る…
「ねえったらー、ルゥトー」
ルトとはルトリアスのことだ
ルトリアスは略すことを許可した覚えはない。
「何ですか?ハズキ様」
「んー、今回ハズキって何役?」
「はい?」
(ナニヤク?いや言葉の意味はわかるが…どういうことだ?)
「だーかーらー、勇者か神子か救世主か魔王かどれかってことっ」
(何言ってんだコイツ…)
「役?は特にないと思いますが…強いて言うなら召喚の被害者かと」
「そっかー、後付けタイプか」
(コイツ、痛いヤツだな)
***
「前は勇者やってたんだけど、順番的にこんどは神子?」
メンドイワー、と呟く彼女。
その背中には光輝き、渦巻く紋様。
「いくら契約とは言ってもこれでなん順目?」
もう、いいよね。
むちゃくちゃにしちゃおう!
きゃはははは!
狂った様に笑う彼女。
彼女の周りを荒れ狂う暴風。
バチバチと髪からは雷が放たれ、目はハイライト。
歪んだ瞳は王城を向いていた。
「 」
この世界には無いから。
彼女を救える者が。
狂った様に軋む彼女の心は限界で、痛い痛いと泣き叫びながらもがいてた。
「おーい、またか」
心底呆れた様なその声は、彼女の心を救えない。
でもその声の主は、彼女の軋みを止められた。
彼は彼女の首根っこをつかみ、彼の前に座らせる。
彼が座るその場所は、驚くほど大きい竜の首。
機械仕掛けで魔法も、不思議な力も使えない、無機物の竜。
「えーと、お嫁さんになるのが夢でしたっけぇ?」
完璧に馬鹿にしている。
1ヶ月に一度王城を壊そうとする、暴力女じゃ無理じゃないですか?
プププププと笑う彼。
彼女は、顔を真っ赤にして、俯いた。
彼の声は、彼女の心を救えない。
なぜなら、彼は、決して彼女の心に寄り添わないから。
でも、彼が彼女の軋みを止められるのは。
彼が彼女を心の底から馬鹿にしているから。
「クソ神め。ストッパーを付けやがって」
俯いた彼女は、淑女らしからぬ独り言を呟いたけれども。
口元は大きく弧を描いて。
それでも彼女は救われたのかもしれない。