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2. 跪く


 †


 数分後。

 公園の敷地内には、ボコボコに蹴倒された上に地面に正座させられた人体模型と、その前に仁王立ちする俺の姿があった。人体模型は硝子の目玉だというのに今にも泣きそうである。表情が変わらないのに感情がわかるってのも不思議だな。というか、実際に涙声だった。


『ふぇ、こ、殺さないで下さいぃぃ』

「殺さねーよ。つーかお前の方が殺しにかかってたじゃねーか」

『あ、あれは言葉のあやと言いますか……てへっ』

「てへっ、で済まそうとすんなよ」

『あうっ』

 ベシッとデコピンをかましてやる。

 まったく、言葉のあやで襲いかかられたら溜まったもんじゃねぇ。

 溜息。


「んで、お前は一体何なんだ?」

『あのう、その、それが……私、鬼……でして。人食いの』


 その言葉に、俺は無言で俯き額に手を当てた。

 幽霊が実際に存在してそこらへんを漂っていたり、時々悪霊化したりするように、妖怪っていうのも別に空想上の存在って訳じゃない。

 だが、江戸時代終期以降の文明開化を始め、激変する環境の変化でかつてのような生き方ができなくなった妖怪たちは、より人里離れた山奥に引っ込んでひっそりと生きるか――あるいは人間社会に溶け込んでこっそりと生きるかを選んだのが殆どだと聞く。


 つまり、 多少以上に霊感がある俺にとっても、現代の日本で野良の妖怪を見かけたことは全く無いのだ。


 ましてや≪鬼≫ときた。


 鬼という種族もピンキリではある。地獄の餓鬼のように理性など殆ど無い、食欲の化身みたいなやつもいれば――地方や民話、伝承によってはその土地で畏れられ祀られる神に準じる強力な存在まで様々だ。

 そんな強力な存在であるならば、なおさらそこらへんにいてたまるか。

 いや、それ以前にだ。


「……俺は今まで鬼という種族に出会ったことはないんだが、最近の鬼はアレか。人体模型の身体になるのが流行りなのか?」


 鬼って言うと、普通アレだろ。額に角が生えてて、腰に虎柄の布を巻いている、妖怪の中でもかなりの力を持つとされる上位種のはずなんだが。


『さぁ、よくわかりません。……ジータイモケー?』

 と、人体模型が小首を傾げた。

 その仕草に俺は再び額に手を当てた。眉間の皺、二割増しである。

 今の小首を傾げるポーズ、美少女が行えば実に様になっていたことだろう。アニメだったら花でも背負ってキラキラ光ってキュルキュルリンとかなんか効果音付きで。


 だがしかし、現実には人体模型である。顔の半分、表情筋が丸見えの。残りの半分は男を模した顔立ちで、しかも坊主頭の。お腹の中胃とか腸とか丸見えの。

 でも声は女の子。

 なんかもう色々と台無しである。

 ていうか俺が泣きたい。ハンパにこの手の出来事に耐性があるってのも考えもんだな、と俺は心の底から後悔していた。


「そもそもなんで鬼が、そんな恰好しているんだよ」

『えーっと、それはですねぇ……』


 当然すぎる俺の質問に、人体模型は事のあらましを説明してくれた。


 封印からの解放。既に失われていた肉体。崖から転げ落ちた先にあった人形――恐らくは不法投棄――に入り込んでしまったこと。人目を避けながら歩き回っていたらいつの間にかこところまで来てしまい。


『そ、それで私、お腹が空いちゃって……食べ物なんて無くて……けど私、お、鬼だから、人間を食べれば良いかなって思いまして』

 俺は慌てた。その言葉だけは聞き逃すわけにはいかない。

「ちょ、待て待て。もしかしてお前誰か襲ったのか!?」

 おい、こいつが人を襲っていたというのであればもう蹴倒すだけでは済まなくなるぞ。えーっと、鬼って保健所か!?


 しかし人体模型は首を振って否定する。

『い、いえ、私、貴方が初めての相手で……。ど、どうしても怖くて、できなかったから……』

 しゅんとして項垂れ、それでも軽く見上げる様にしながら声を震わせる人体模型。いつの間にか膝も崩して横座りし、これが美少女でアニメだったら以下略。

 

 なんかね、もうね。

 こいつの仕草一つ一つがこっちのSAN値削りに来ている気がしてならない。花を背負って涙目の人体模()少女って……一体どんな新ジャンルだ。

 

 大体何だ、その思わせぶりなセリフは。

 俺だって年頃のオトコノコである。思春期特有の悶々としたアレコレを抱えているわけだ。正直、妙齢の女性が着ている下着とそのさらに下には非常に興味がある。


 だが、人体模型相手に初めての相手だの食べるだの食べられるだのは色んな意味で望んでいない。そんな悪夢のプラン、全力で却下である。 

 っていうか、人体模型って素肌どころかハラワタまで丸見えなんだよ! 見え過ぎ! 下着の下過ぎ! スケスケってレベルじゃねーぞ!?

 俺の眉間の皺、五割増し。深さも三割増しだ。


 ん? ちょっと待てよ。

「お前、生霊とはいえ人食いの鬼なんだろ? しかも生前人間襲って封印されたんだろ? なんで人間襲うのが怖いんだよ」


 問いに対する答えは簡潔に一言。


『さあ?』


 しかも疑問形だった。

 ざっけんな。

 あと可愛らしく小首を傾げんな。


「さあ? じゃねーよ! 自分の事じゃねーか、即答してないでちっとはよく考えろよ!」

『そう言われましても、封印される前のことは、殆ど覚えていないのです……』


 あからさまに肩を落とす人体模型。その姿を見て、俺も何度目かの溜息をついた。まさか記憶喪失の人食い鬼(人体模型)と出くわすなんて。

 なんだこれ。どうすりゃいいんだよ。

 溜息混じりに、何気なく聞いてみる。


「なぁ、全く何にも覚えてないってことはないんだろ。自分が人食い鬼だってこと以外で何か思い出せないか?」


 言われて人体模型は腕を組んで、むーんと唸った。

 数秒後、彼女はぽつりと、『ヒゲ親父……』と呟いた。


「ヒゲ親父?」

『はい。これは……私を封印した人ですね……』

「ほう」


 と言うことは、だ。俺は胸の内で考える。この人食い鬼の幽霊は、自分を封じた人間に対し恨みを抱えている?


 幽霊にもピンキリだが、大体の傾向において自我の薄いタイプは突発的な事故などで急死した場合が多い。この場合の幽霊は厳密に言えば霊魂そのものではなくて死の衝撃で飛び散った残留思念だったりする。そうであれば放っておけば、そのうち自然消滅するんだけどな。


 じゃあ逆に、ハッキリと自我を持つタイプの幽霊の場合だが、これは霊魂そのもの、あるいはその一部である場合が多い。死んだらあの世逝き――比喩ではなく文字通り――の法則を歪めるほど、現世に執着する未練があるとこうなりやすい。

 判り易い例えをだすならば、『末代まで祟ってやる』ってヤツだろうか。霊魂そのものかその一部が怒りと恨みを原動力にこの世にしがみ付き、悪霊となるワケである。

 見方を変えれば、その未練を解消してやれば後者タイプの幽霊は成仏する理屈である。これは人間の幽霊でも人食い鬼でも変わらないはずだ。


「ふむ」

 記憶を無くしているのに、自分を封じたヒゲのおっさんのことを覚えているということは、相当な恨みを抱えているということか?

 ならその恨みを晴らすことができればこの人体模型に憑いた鬼も成仏するかも知れない。何百年も昔の話ならば封じた本人はもうこの世にはいないだろうが、とにかく手掛かりだ。


 いくらかの期待を込めて、俺は尋ねた。

「そのおっさんの名前とか覚えてるか?」


『はい、布留部剣典という、陰陽師です!』


 人体模型の明るい声。

 一方俺は全身の力が抜けてがっくりと崩れ落ち、地に膝と手をついた。


 チクショウ、最初のドロップキックの後、走って逃げてりゃよかった。

 不毛なことを考えてみたがそんなのもー、後の祭りである。


『あ、あのうどうなされたのですか!? どこか具合でも悪いのですか!? そ、そのう、よければ背中さすりましょうか……?』


 おろおろと元凶がなんかほざいてる。

 人体模型に背中をさすられて、俺はちょっとだけ泣いた。

 

 俺の名は、古部剣斗。

 布留部剣典の、直系の子孫だ。


ご先祖様。ちょっと、全力でぶん殴って差し上げたく存じますがいかがでしょうかくそったれ


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