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12. 八つ当たりする

  †


 退屈な授業を受け終えて、夕方。


「じゃあな。部活頑張れ」

「おう。期待してくれたまえ」


 そう言って俺は正門前で太郎と別れた。

 中学同様、ヤツはバスケ部に所属している。我が南石高校男子バスケ部は県下屈指の強豪校で、先だって行われたインターハイ県予選で優勝。現在、夏休み早々に行われる全国大会に向けて猛練習中だ。

 太郎自身も、一年生唯一のスタメンとして期待されている。

 こうして考えてみれば、頭の中身以外のスペックはマジで高いんだよな、あいつは。


 他の生徒たちに混じって、校門を抜ける。 

 部活に行く奴やバイトに行く奴。放課後の過ごし方は様々だろう。まだまだ昼の熱気が残る空気を掻きわけながら進んでいると、背後から声がかけられた。


「古部くん」


 由良である。

 彼女は俺に並ぶと、小声で言った。


「≪シルバーカンパニィ≫から連絡あったわ。やっぱり、例の件は私たちが担当することになるそうよ」

「そうか。だが、俺の方には何も連絡が無いんだが……」

「まずは調査だけだからね。あなたが関わるかどうかは、まだ未定だもの」


 現在、昏倒事件の起きた工事現場は封鎖されている。明日、会社の調査担当にくっついて由良も現場に出向くことになったそうだ。


 霊障の原因は、現在も分かっていない。

 由良の手元にある報告によれば、被害者たちに外傷は特に無いらしい。ただとにかく霊力が異常に減衰していて、一時は生命維持に必要ギリギリしかなかった、とのことだ。


 霊力。

 これを一般人に向けて分かりやすく説明すれば、「ゲームでいうところの≪マジックポイント≫ってやつ」の一言で済む。実際、地域や扱う術の流派によっては、同じものを魔力とかマナ・ポイントとか呼んでいるし。


 勿論それはあくまでイメージであって、そんな簡単なモノじゃない。枯渇すれば呪文が使えなくなる、どころでは無くて、魂そのものが死んでしまって、肉体の生命活動も弱くなってしまう。肉体的な体力に対する、魂の有する生命力である。


 それが極端に減っていた、となれば真っ先に考えられるのは、霊気もしくは霊魂そのものを食べる妖怪の存在だろうか。

 だが、そんな危険な妖怪が、こんな街の傍で暴れたりするものだろうか?

 

一般的なフィクションのイメージでは妖怪とは超常のバケモノであるように扱われることが多いが、実のところ、歴とした生き物だ。その生態や行動、有する能力が少々物理法則にそぐわないと言うだけだ。

 幽霊が≪本来あの世に居るべきなのにこちら側に居着いてしまっている存在≫と言えるならば、妖怪とは≪あちらとこちらの境界に跨った、こちら側の存在≫と言える。

 極論すれば、≪そういう生き物≫なのだ。


 だがしかし、現代社会とは、妖怪にとって至極生きづらい世の中である。何せ奴らは少数派(マイノリティ)だ。俺の知っている妖怪は全員、人間に化けて人間社会にとけこんでいる。お銀さんだって家の中以外で尻尾と耳を生やすことは絶対にしない。本当の姿を見せるなんて有り得ない。


 どうしてそんなことになっているのかと言えば、当然。

 本性を現わせばそれが最後、迫害されるだけだからだ。


 ましてや、人を襲うなど。

 

 俺と同じ疑問を、由良もまた抱えていたらしい。


「市街地開発ってことで森を拓いていたところだったから、もしかしたら先住者がいたのかも」


 縄張り荒らされたそいつらが怒って、見せしめみたいに作業員を襲った。

 ありえなくはないが。


「それにしたって事前に調査するはずだろ。で、そいつらと話がついてなきゃ工事なんて始まる訳がない……ん?」


 俺は続く言葉を飲みこんだ。何事かと由良も俺の視線の先を追う。

 そこには、チンピラな男二人に、路地裏に連れ込まれる女子高生の姿があった。


   †


「……きゃあッ」

 

 少女の悲鳴は、周囲を囲むコンクリートに阻まれて表通りにまで届くことはない。そこは雑居ビルに囲まれた、街のデッドスペースだった。

 

 少女は、自分を突き飛ばした男を見上げた。

 金髪にカリアゲ。もう一人はスキンヘッドで、ちょっとまともな職業についているようには見えない。


「あー、あー。どうしてくれるの、コレ」


 スキンヘッドの方が自分の胸元を指した。

 少女が不注意でぶつかってしまって、飲み物をひっかけてしまってできたシミがある。


「……あ、あの、その、わ、わたし……ご、ごめ……」

「ごめんで済んだら警察はいらねぇんだよ。お゛う?」

「ひっ」


 凄まれて、少女は何も言えなくなった。 涙ぐんで、視界がぼやける。


 いつもそうだ。

 私は、人の前に出るとどうしても萎縮してしまう。そのままではいけない、いずれ結婚する相手に迷惑がかかると言われ、母とこの街にやって来たというのに――

 何も変わらない。

 

 男たちは、代わる代わる少女に向かってがなりたてている。どうやらクリーニング代にかこつけてカツアゲしようとしているのだ。

 非は、自分にある。

 震える手で少女が財布を取り出そうとした時、


「はい、そこまでー」


 いっそ場違いといっていいほど、明るい声が響いた。

 全員が、声の主を見る。


「……ァんだ、てめえ?」


 そこに居たのは、少女と同じ学校の制服を着た少年が立っていた。


 少女は、突然の闖入者に驚き、その顔を見てさらに驚いた。

 そんな、まさか!


 そんな少女の驚愕は、少年は気が付かない。長い前髪が少女の表情を隠していたからでもあるし、実のところ彼は、殆ど少女のことはどうでも良かったからだ。

 その彼は周囲を確認すると、おどけたように続けた。


「いやぁ、オレが何者かなんて、どうでもいいんですけどね。話聞く限り、悪いのはそこのお嬢さんのほうかも知れませんけど。でも流石にウラに連れ込んでこう詰め寄るのはちょーっとやり過ぎじゃないんかと、思うんですが?」


「…………」

 

 金髪男が、少年の前に立つ。

 数秒の間少年を睨みつけると、何の予告も無く、彼を殴りつけた。


「……ッ!」


 少女の、悲鳴にならない悲鳴。

 よろめいた少年の口の端が切れて、少しだけ血が流れた。


「セーギカンごっこはよそでやれやクソガキ」

 金髪男が、再び右腕を振り上げた瞬間。


 それよりももっと速く鋭く重たく、少年の拳が金髪男の顔面を撃ち抜いていた。


 完全な不意打ちを食らって金髪男がひっくり返る。

 相方がやられたことに気づいて、スキンヘッドが慌てて立ちあがった。


「ンッだオラ、てめ、ああ゛!? ッコロされたいんかラァ!?」

 凄みを利かせるスキンヘッドを横目に、少年は口の中の血を吐き捨てて言う。

「何言ってんのかわかんねーよ」


 そして、人差し指でチョイ、と招く。

 その小馬鹿にした態度が、スキンヘッドの怒りに火を付けた。


 伸ばした腕が、少年の胸倉を掴みあげる。

 そして太い右手が、少年を殴りつける――


 ガツ、と硬い、鈍い音がした。

 手を押さえて蹲ったのは、殴りつけた男の方だった。


 少女の眼には、何が起きたのかはっきりと分かった。

 少年が、握り拳に向かって頭突きをしたのだ。

 打点がズレた上に顔ではなく硬い額で迎え撃ったのであれば当然の結果だった。


「てめ、この……」

 なおも凄もうとするスキンヘッドに、少年は面白くもなさそうに言い放つ。


「一発は一発。同じ分だけやり返したんだから、文句は言いっこ無しだぜ」

 

 蹲る男の横を抜けて、ひっくり返った金髪の元に。

 そのズボンから財布を取り出して、少年は、中からお札を二枚、抜き取った。


 そしてスキンヘッドの前へと戻る。

「ほら、見せてみろ」

 そう言って少年はスキンヘッドの前に座りこむと、その右手を取った。

「あーあ、ホネまで行ってるかもな。全力で殴ってくるからだ。ちょっとじっとしてろ」


 彼は両手でスキンヘッドの右手を挟むと、ふざけた調子で「痛いの痛いの、とんでいけーッ」と唄う。


「……あ……」


 瞬間。

 きっと、スキンヘッドの眼には見えなかっただろう。だが、確かに、少女には見えた。

 少年の手から僅かに溢れた霊光が、スキンヘッド男の右手に染み込んで行ったのを。


 突然腫れと痛みが和らいだことに戸惑うスキンヘッド男の前に、少年はお札を突き出した。さっき金髪男の財布から抜き取ったお金だ。


「なんだ、おまえ、コレ……」

「なんだ、ってそりゃ、クリーニング代でしょ」

「はァ!? っざけてんのか、こりゃさっきお前があいつから盗った……」

 

「聞えなかった? これ、クリーニング代受け取ってくれよ。あ、受け取ってくれない? え、マジで? 折角人が穏便に事を済ませようとしてあげているのに? ふーん」


 少年の口調は、とても軽く気安いものだった。

 だが、とても言い表しようのない異質さを孕んでいるのを感じる。 

 その行動は挑発そのものだ。そして彼は、そうなってくれたらいいのにな、と思ってる。


 両者の視線が絡みあう。

 見下ろす者、見上げる者。それは単なる体勢の違いではあったが、それ以上に、明確に、二人の格付けを暗示していた。

 傍から見ているだけの少女でも分かる。

 少年が纏っている空気に、スキンヘッドは呑まれかけていた。多分――スキンヘッドの男は、それなりに喧嘩の場数を踏んでいる。だから、気がついた。


 目の前の少年の異質さに。

 正体までもは分からずとも、異質の存在に気がついた。

 

「…………チッ」


 奪うようにして札を引っ掴むと、スキンヘッド男はようやく起き上がって来た金髪カリアゲに肩を貸してそのまま大通りの方へと歩いていく。


「おーい。一応病院には行った方がいいぜ、その手。……っと、行っちまったか」


 どこか残念そうに、彼は言う。

 そこでようやく少女は、自分がみっともなく地面にへたり込んでいたままだった事に気がついた。慌てて立ちあがると、助けてくれた恩人に向かって頭を下げる。


「あ、あの……ど、どうも、そのた、助けてくれて……あ、ありがとう……ございます」


 こんな時でも、つっかえつっかえの自分のドンくささに、嫌気が指す。こんな、ヒトに迷惑を掛ける位だったら街になんて来なければ良かった。ずっと山に居ればよかった。


「あー、そんな、顔上げて下さいよ先輩。助けたっていうか、うーん。なんて言うンすかね。丁度いいところに出くわしたっていうか」


「実際、助けたというより、助ける建前で弱い者イジメがしたかったのよね。もしくはストレス発散」 

謎の言い訳をする彼の背後から、やはり同学年の女子生徒が現れて言う。

「古部くんは、ストレスのはけ口を見つけてヤツアタリしただけですよ。先輩は何も気にされなくて構わないかと」

「んな、由良さんよ。そういう事は、助けた本人の前では言わないでいいのではないかと思うのよね、俺」

「なによ、ええカッコしい」

「いーじゃねーか」


 何やら言い争いを始めた二人に、いたたまれなくなって、少女は走り出した。二人の脇を抜けて、路地から大通りへと。

 彼らはこんなにも上手くやれているのに、どうして自分は、こうなのかと。

 ただ、ありがとうと言うことすら上手にできない。

 あっけにとられる二人を置いて、彼女はその場を逃げ出したのだ。


「……あ、あれが……ふ、布留部……けん、と、くん……」


 路地から出て、大通りを走る。

 千々に乱れる思考の中で、何とかつい全速力を出さずにいれたこと、それだけは自分で自分を褒めてあげたい――と彼女は思った。


  †


 名前も知らない先輩が走り去った後、雑居ビルの裏には俺と由良だけが残された。


「……全く。アナタ、本当身内贔屓というか何というか……あの先輩がうちの生徒じゃなかったら、見捨ててたでしょ?」

「かもな」


 別に俺は、正義のヒーローなんかじゃない。義を見てせざるは、とか強きを挫きて弱きを助ける、とかそんなこと微塵も思っていない。


 ぶっちゃければ、由良の言う通り単なるヤツアタリだっただけだ。

 

 ま、正直やり過ぎた自覚はある。

 なんだよ、人から金を盗ってその相方に渡すって。どういう脅しだ。


 もうちょっとこう……彼らのやる気をなくした上で平和的に場を修めるつもりだった。

 だが、どうにも朝から積み重なるストレスのはけ口を求めてしまっていたのは事実である。その結果がコレだよ。


 名も知らぬ、絡まれていた先輩の件は単なるお題目にしぎない。


「あ、そうだ。由良、今のチンピラの住所とか名前とか、調べられる?」

「? できると思うけど……どうするの?」


 できるのかよ。すげーなお前。


「いや、ほら。おあいこと言うなら、最後の治してあげるのは貸しでしょ。だから返してもらおうと思ってさ」

「どうせまた、碌でもないことでしょ?」

「いや別に」


 我ながらしらじらしくそう返すと、俺は先輩が行ってしまった路地の方を見た。


「ところで、布留部くん」

「……おう」


 ……あの先輩のうずくまっていた場所から、ほんの僅かながら妖気が感じられるんだけど。

 俺が初級の治癒霊術使ったのも気づいていたようだし。


 気のせいかね?




完全な伏線回。

しかもこの、名前すら出てきていない先輩、次に登場する予定は

作中での夏休み以降ですよ……。

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