素質
多数の残像ができるほどに素早い金髪の少女の動きを目で追おうとしたプロクスだったが追い付ける筈もなく、ただどこから攻撃が来るのかを推測する事しかできなかった。
「嘘だろ……こんな速度、人間に出せるのかよ……」
「そこっ!」
「おわっ!?」
プロクスが油断をしていると、彼の右脇腹を狙って少女が斬り掛かってきた。
咄嗟に右脇腹付近に伝説の剣を払った事で、どうにかダガーの斬撃を喰らわずに済む。
「あ、あぶな!? 本気で殺しに掛かってんのかよ!?」
「当たり前でしょ!」
少女は喋りながらだろうと、何度も何度もプロクスのあらゆる部分に斬り掛かってきていた。
左胸、右腕、左肩、右胸、左足、右足と、徐々にプロクスの体に浅い切傷が増えてゆく。
それでも彼は伝説の剣で、少女が繰り出してくる連続斬りを正確に弾いていた。
「くっ……」
「へえ、素人の癖して思ったより耐えるじゃない」
「くそ……舐めやがって……」
「悔しいなら、もっと頑張んなさい! ……はっ!」
少女がぼそりと何かを囁くと、彼女の残像が更に数を増した。
「な、なんだよこのでたらめすぎる速さ……さっき以上に速いじゃないか……」
「残念だけど、これで終わりよ!」
「うおおおっ!?」
少女はそう言ってプロクスの真正面に飛び掛かり、尋常ではない速さで押し倒して動きを拘束し、左手のダガーをプロクスの右頸動脈近くで固定した。
「はい、あたしの勝ち確定ね」
「ちくしょう……」
だがプロクスの闘志は尽きる事無く、瞳の奥にはまだやれると言わんばかりにその闘志の炎を宿していた。
その瞳を間近で見た少女は呆れてしまう。
「はあ……まだまだやり足りなさそうね、あんた」
「ははっ……俺は決めたんだよ。例え体が動かなくなろうと心だけは絶対に折れないってさ」
「あっ、そう」
少女は無関心にそう言い放ち、ダガーを両方の外腿に固定してある鞘にサッと納めた。
「じゃああんた、あたしに負けたから言う事を聞きなさい」
「はっ!? な、なんでだよ!」
どうしてそうなるのか全くわけが分からないプロクスは、少女の言い分に憤る。
「なんでって、あんたも言ってたでしょ。あたしの服を全部はぎ取ってやるって」
「いや……そりゃあ言ったけどさあ」
――怒りに身を任せて変な事言うんじゃなかった……。
プロクスは心底自分の軽はずみな発言に後悔してしまう。
「つまりそれって、あたしに勝ったらなんでもさせるってお願いしたようなもんじゃない。
だからあたしも、あんたが負けたから言うこと聞いてもらうわ」
少女は笑うことなく、ただ冷めた表情のままそう言い放つ。
「そんなの暴論すぎる……」
「あはっ、あんたも男でしょ? 一度言った言葉を曲げる気?」
「はあ……まるでミンタみたいな奴だな……目付き悪いけど……」
「ん? ミンタ?」
ミンタとい単語を聞いて、少女は思わずハテナを頭上に浮かばせる。
「なんでもないよ! ……分かった、なんでも言うこと聞くからまずはそこを退いてくれよ!」
「? なにあんた顔赤くなってんの?」
「いやあ悪い、だって俺の手が引っ掛かっちゃってさあ……」
「え……?」
少女は恥ずかしがるプロクスが、自分の胸元辺りをちらちらと見ていることに今さら気付く。
思わず少女が自分の胸元を確認すると、ブレストガードが胸下へとずり落ちて、あられもない姿をさらけ出していたのを目に入れた。
「きゃあっ!?」
そこで初めて少女は恥ずかしさのあまりにぶっきらぼうな顔を崩し、そそくさと胸元を直すと再度右手にダガーを装備してプロクスの目前にあてがう。
「うわあっ、待て待て!」
「あんた見たわね!?」
「み、見てたけど……」
嘘は付けないプロクスは、少女から目を逸らしながらも正直にそう言った。
「じゃあ死刑よ!」
少女は頬を真っ赤に染めながら、ダガーを上空に持ち上げて振り下ろす構えを取った。
「だ、だからやめろって! 悪気はないしお前も油断してただろ!」
「う、うるさい! このどスケベ!」
「黙れ貧乳!」
ド直球に言われたくない事を言われた少女の目元に、涙がじわりと溜まってくる。
「ぜ、絶対に殺す!」
「ま、待ってくれ! 嘘ですごめんなさい! どっちかっていうと美乳でした!」
「う、ううう……こんな変態にあたしの……見られた……っ」
そして、とうとう怒りのやり場を失った少女が力なくダガーを地面に落とし、プロクスに跨ったままボロボロと泣き出してしまった。
その姿を間近で見たプロクスに、なんとも言えない罪悪感が芽生えてしまう。
「えっ……どうしていきなり泣き出すんだよ……」
「うる……さいっ!」
少女は泣きながらも、右拳を握り締めてプロクスの左頬を力任せにぶん殴った。
「痛ってえ! 拳を握るなって……」
「うわあああん!」
「わ、わけが分からない……」
――ああ、こうやって勢い任せで殴ってきたり、いきなり泣き出したりするこいつの姿を見ていると、村を出ていった時のミンタの事を思い出すな。
村を出る時に幼馴染のミンタを泣かせてしまったことをプロクスは思い出して後悔し、目の前で泣いている少女の頭に思わず右手の平を乗せてしまう。
「ごめんな……ミンタ」
「……気安くさわるな!」
頭に手を置かれて驚いた少女は泣くのをやめ、プロクスの右手を思い切りパシンと払ってしまう。
「あ痛っ!」
「あとさ……あたしの名前はフィーネ……フィーネ・オーティスよ、二度と間違えないで!」
「あっ、ごめんな」
つんけんとした金髪少女――フィーネは自分の名前を名乗って立ち上がると、涙を拭ってぶっきらぼうな顔に戻り、右手をプロクスに差し出した。
「ほらっ、早く手を出しなさい!」
「あ、ありがとう……」
プロクスは差し伸べるフィーネの手を取って立ちあがる。
――思ったよりも柔らかい手をしてるんだな。
意外な事実を知って、プロクスは一人驚いていた。
「で、あんたの名前は?」
「ああ、俺の名前はプロクス――プロクス・ゲントだ」
「そう、じゃああんたに早速聞きたいことがあるんだけど、あのギルドの奴らから何か話を聞いてない?」
――そういえば、蛍火が綺麗な暗い洞窟がどうとか、ロセウムは言っていたな。
ロセウムから聞いた話をプロクスは咄嗟に思い出した。
「……蛍火が綺麗な洞窟の奥にあると、奴らのリーダーは言っていたよ」
「と言うことは……ルシオラ洞窟ね? なんだ、あんたちゃっかりといい情報仕入れてるじゃない」
「まああれだよ、多分俺の人望がすごいからだろ?」
――いや、本当は同じ村に住んでいた好みであの人は教えてくれたんだろうけどさ。
そう思いながらもロセウムが自分の住む村の出身者だと言うことをプロクスは何となく伏せていた。
「はあっ? 何よその根拠のない自信は。バッカじゃないの?」
バカと言われたプロクスは苛立ってくる。
「あのさ、初めて会った時から思ったんだけど、お前口が悪すぎないか?」
「べ、別に! これぐらいでいいのよあんたに対してはっ!」
「そんなんじゃ友人も少なそうだな、お前」
「よ、余計なお世話よ! いいからさっさとルシオラ洞窟まで行くわよ!」
フィーネは怒りながら、先陣を切ってルシオラ洞窟のある西の方角目指して歩き出した。
「あっ、ちょっと待てよ! 俺はアブソルトジャスティアに行かないといけないんだけど……」
「何よあんた、女の子が一人で人攫い集団がいるアジトに行くってのに放置する気?」
「うっ……」
それを言われては、正義感の強いプロクスにとって断る事なんて絶対に出来なかった。
「分かったよ……付いていきますよ!」
――魔物を楽に倒せてたお前なら、どうせ一人でも問題ないだろ!
内心そう思っていたプロクスだったが、確かに強いとはいえフィーネを一人放っておいて自分だけ安全な場所に行くのは気が引けると考え、仕方なく彼女の後を付いていった。
「分かればいいのよ。あと、あたしの半径二メートル以内に近付いたら死刑よ!」
「そんな無茶苦茶な!」
「ふん、そのくらいでちょうどいいのよ。あんたみたいな変態の扱いはね!」
「ひどすぎる!」
散々言われてプロクスの心はぼろぼろだ。
だけどもプロクスは、フィーネの後ろを律儀に付いていく。
だってそれは、彼がどれだけ傷付いたとしても、一人の少女が自分の知らないところで無茶をすることに比べればなんて事のないものなのだから。
○
プロクスは何かに使えるかもしれないと思ってロセウム達が残した荷車に手荷物を入れ、それを引きながら歩いていた。
それから三十分ぐらいは歩いただろうか。西日差し込む平原の中、二人の間で会話の全く無いという気まずい空気に耐えられなくなったプロクスは、根をあげて自分から話しだす。
「なあ、フィーネ」
「気安く呼び捨てしないで」
相変わらずのつんけんな態度にプロクスは委縮してしまう。
「うっ……フィーネさん」
「何よ?」
「えっと……フィーネさんの出身はどこです?」
「あんたには関係ないでしょ?」
「いやいやっ、それじゃ話が盛り上がらない……」
「別に盛り上げる必要なんてないし」
全く相手にするつもりはないとでも言うかのように、フィーネはプロクスの言葉を一蹴しまくる。
「あのなあ……一応、俺達仲間なわけなんだし邪険にしてても仕方ないだろ?」
そんなフィーネの態度に耐えられず苛立ちを押えきれなくなったプロクスは、彼女に自分の意見を押し通した。
その意見が気に入らなかったのか、フィーネは立ち止まって振り返り、プロクスの顔をキッと睨む。
「じゃあ、あたしはなんて返事を返せばいいのよ!」
「何って……適当に良さげな返事を返せばいいだけだろ!」
「ふざけないでよ! そんな上辺だけの言葉、返せるわけないでしょ!」
睨み付けるフィーネの目元に再び涙が浮かんできたことで、彼女は思わず後ろに振り返ってしまう。
「だから人間なんて嫌いなのよ……!」
「お前……もしかして何か過去に嫌な事でもあったんじゃないのか?」
あまりにもぶっきらぼうにするのには、きっと何か深い理由があるんだとプロクスは思い、どうにかして彼女の心を開こうと言葉を紡ぐ。
「な、何を言って……!」
「だってさ、普通そこまで人と距離を置くことなんてないだろ」
「べ、別に……! あたしはただ、一人が好きなだけだし……!」
「本当にか?」
「ほ、本当によ!」
――これだけ強く言うってことは余程の事があったに違いない、とにかく今はそっとして置いた方がいいかな。
だが結局今どれだけ言葉を紡ごうともフィーネの心を傷付けるだけだとプロクスは思い、もう彼女の過去には触れないようにした。
「分かったよ、そこまでお前が言うのなら、俺はもう何も言わないよ」
「や、やっと分かったか、この大バカ!」
「はいはい」
どう考えても強がりにしか聞こえないフィーネのその言葉に、プロクスは適当に返事を返した。
「……じゃあ、さっさと行くわよ!」
「後ろは警戒しておくから任せておきなって」
「別に後ろなんて心配しなくてもいいわ!」
一度会話をやめた二人は、再びルシオラ洞窟目指して歩き始めた。
○
それからさらに三十分後、やはり気まずい沈黙の空気にだけは耐えられなくなったプロクスは、今度は言葉を選ばず自分の言いたいことだけをはっきりと彼女に伝えるように話し出す。
「なあフィーネ」
「だから呼び捨てにしないでって言ってるでしょ!」
「いや、だってお前が言葉を選ぶなって言ったから」
「だからって飛躍しすぎ!」
「じゃあフィーネも俺の事を呼び捨てにしろよな、それでお相子だろ?」
「あんたねえ……っ! もういいわ! 勝手にしなさいよ!」
これ以上何も反論できなくなったフィーネは、ぷんすかしながら歩き続けた。
「おう、じゃあこれからもよろしくな相棒!」
「バカっ、あんたとあたしじゃ天と地ほどの差があるでしょうが!」
「あははっ、じゃあ天と地合わせて平均的でちょうどいいじゃないか」
「むうう……バーカ!」
――ははっ、こっちから喋ればどんだけ汚い言葉使いでも、必死に返してくれるんだな。
そう思うとプロクスは、自然と微笑みを浮かべてしまう。
少しずつだが、二人の間で会話が増えてきてから一時間も歩くと、やっとルシオラ洞窟の前へと辿り着いた。
○
ルシオラ洞窟入り口を前にしたフィーネが真剣な顔付きになったことで、プロクスも真剣な顔付きにしてしまう。
「いい? ここからはいつ、あいつらギルドの連中が襲ってくるか分からないから、できるだけ静かに行動なさい」
「ああ分かってるよ。例え相手が弱くても、不意打ちされたら堪んないもんな」
「そういう事、じゃあ行くわよ?」
「じゃあ、俺も少しフィーネの側に寄るよ」
「それは絶対にダメ!」
ここまできて近付くのを拒否されたプロクスは大いに傷付いていた。
「や、やっぱり俺が変態だから嫌なのか……?」
うるうると涙を溜めるプロクスの顔を見てフィーネに罪悪感が付与されてしまうが、それでも彼女は必死になって、自分に近付かないように釘をさす。
「だ……ダメったらダメなの! いいから言うこと聞きなさいよ!」
「わ、分かったよ……」
フィーネが先陣を切って洞窟の中に入ると、涙目のプロクスも彼女の後ろをしょんぼりとしながら付いていった。