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ベネ・メレンティに祝福を  作者: 美浜忠吉
初めての村の外
3/21

村の少年は勇者に憧れて

 時はウェーリタス歴814年、幻想世界アビモペクトルに存在する王国――アブソルトジャスティアから馬車を使って東に四十分行った場所に在る牧場経営と農業を中心とした村――アウクトルが存在した。



 アウクトルのとある家屋の玄関先で、アブソルトジャスティアに向かうための簡易的な旅支度をすませた少年――プロクス・ゲントが、これから楽しい旅行でも始めるかのようにキラキラと目を輝かしていた。


「それじゃあ父さん、母さん、俺行ってくるよ」


 その少年の声を聞いて、プロクスの母――マーテルは悲しそうにプロクスの姿を眺める。


「本当に、体には気を付けてね……」

「ははっ、そこまで心配しなくても大丈夫だろ、プロクスももういい年なんだし」


 プロクスの父――パテルは悲しむ母を宥めていた。だが、彼の内心は母と同じであろう。


「安心しなよ二人とも、俺だってあの伝説の勇者の血を引いてるんだからさ」

「だから心配なの! あの御先祖様のように無茶なことされたら堪ったものじゃないんだから!」

「ま、まあまあお母さん! プロクスだってそれくらいは弁えてるだろう……多分」


 プロクスの事となると必死になるマーテルは、まさに母の鑑である。それを必死に宥めるパテルは気苦労が絶えないであろう。


「あ、あはは……大丈夫だよ母さん! 俺、絶対に母さんを悲しませる様なことしないし!」

「絶対よ……絶対に帰ってきなさいね! お嫁さん連れて帰ってきても構わないから絶対にね!」


 母の心配事の一つである息子に嫁が嫁いできて欲しいことをさらりと言いのけるマーテルのその姿を見ると、なんだかちょっぴり切なくなるパテル。


「はっ!? なんか話が逸れてるし……そ、そんなの連れてくるわけないだろ!」

「あっ、そうだったわね。あなたにはミンタちゃんがいるものねえ」


 ミンタとは、この村に住む産まれた時からプロクスの幼馴染であり、フルネームはミンタ・インフラムという。

 プロクスの年齢が十七だから、彼女との付き合いも産まれてから考えると、かれこれ十七年経過していることになる。


「ちょ、ちょっと母さん! ミンタは関係ないから……只の幼馴染だから!」

「あらまあ照れちゃって、素直じゃないんだからっ」

「うむ。それにしても、ミンタちゃんもこのバカ息子の見送りに来れば良かったのにな」


 ミンタを思うパテルは、ある意味で息子以上に可愛い存在だと考えていた。


「な、なんだよ二人とも……もう何もないなら俺は行くからな」

「あっ、ちょっと待ってプロクス」


 プロクスを呼び止めたマーテルは、家の奥へと戻るとタンスの中から“十字架の形をしたある物”を取り出し、玄関に戻ってきた。


「はいこれ、あなたを守る大切な御守り(ペンダント)よ?」

「ありがとう母さん」

「大事に持ってなさいね、きっとあなたの身を守ってくれるでしょうから」

「じゃあ、俺からはこれを」


 するとパテルは、玄関ホールの壁に掛けていた全長百五十センチメートルの長さをした大剣を取って、プロクスに手渡した。


「こ、この大剣って家に代々伝わる伝説の剣だよね……いいのか父さん?」

「なに言ってんだ、しょっぱい武器で行かせる程俺だってお前が嫌いな訳じゃない。まあ子孫の身を護るための武器なんだから御先祖様も許してくれるだろうよ」

「ありがとう父さん!」


 プロクスは心底嬉しそうに、先祖代々から伝わる伝説の剣をそれ専用の鞘に納めて背中に掛けた。


「あら、なんだか私のあげた御守りの時よりも嬉しそうねえ」

 マーテルは横目でプロクスの顔を寂しそうに見る。

「いやいや、母さんの御守りだってすごく嬉しいし大事にするって!」

「ふふ、冗談よプロクス。相変わらずあなたは優しい子ね」


 だがそれは彼女の冗談であり、逆にとても嬉しそうにプロクスの頭を撫でる。


「ははっ……相変わらず母さんは意地悪だな」

「でもねプロクス、外の世界はこんな意地悪な出来事がたくさん待っていると思うから……だから騙されないように気を付けなさいね?」

「ああ、気を付けるよ」

「それじゃあ、気を付けてな」

「じゃあ、本当に行ってきます!」


 こうしてプロクスは父と母に見送られながら実家を後にし、先ずはこの村の長に挨拶をすませるため村長の家へと向かった。



 村長の家へ向かう途中でも、村人達はプロクスの勇姿を称えるように応援しながら見送り、時には「ミンタを悲しませるなよ色男ー!」なんて、フランクな村人の声も聞こえていた。


 その言葉にプロクスは手を振ったり、笑ったりと、適当に流す。

 無性に照れくさく感じる彼にとっては、それぐらいしかできなかったのだ。


 しばらく歩いて村長の家に辿り着いたプロクスは、村長の居る部屋へと勝手知ったるように入っていった。



「おばあちゃん入るよ」

「おお、入りなさい」


 ドアをノックして村長に許可を貰ってから部屋の中に入ると、そこには整った長い黒髪を垂らしたおばあちゃんと呼ばれる程年寄りとは思えないぐらい白く滑らかな肌をした二十代前半に見える女性が、大きな木製の机上で様々な書類の整理をしていた。


「おばあちゃん、いつもお仕事お疲れさま」

「ほほっ、相変わらず元気そうだね、お前は」


 そんな女性に対してプロクスは、怖いもの知らずの様におばあちゃんと呼び続けていた。


「おばあちゃんも相変わらず若々しいね」

「まだまだ、若い者に負けるつもりはないからねえ」

「流石おばあちゃん、五百年生きてるだけはあるね!」


 五百年と簡単にプロクスは言うが、それだけ長命なのも妖精族の血をセレネが引くおかげだ。


「ほほほっ! それで、(しか)あやつら(プロクスの両親)に挨拶はすませたのかい?」

「勿論だよおばあちゃん、それでこの後ミンタにも挨拶をすませようと思ってたんだけどさ……」

「うむ、ミンタに別れの挨拶をしたいお前の気持ち、とても理解は出来るのだが、あやつに別れを請うのは酷と言うものじゃ」

「ははっ……やっぱりそうですよね」


 プロクスとしてはミンタに一言だけでも別れの言葉を告げたいのだが、彼女はそれを否定していた。


「まあ……ミンタには私からも伝えておくんで、お前は気にせずに村を後にしなさい」

「ありがとう、おばあちゃん」

「なあに、子孫が困っておるのなら、それを助けるのもおばあちゃんの役目だよ」

「じゃあ、行ってきます!」

「ああ、気を付けてな」

 プロクスはセレネに一礼をして、セレネ宅から出ていった。



 最期に一通り村人達に挨拶をすませたプロクスは、村の出入口前へと足を運び、出入口の上に掲げてある“Wicus Auctor”と書かれた大きな看板を見て、少々物悲しくなってしまう。


「はあ……遂にこの村から出るのか」

「おりゃー!」


 溜息を吐いているプロクスの背後から、強い力で彼の背中を誰かが握り拳で突いてきた。


「痛あっ!」


 あまりの痛さに後ろを振り向いたプロクスの前には、緑色の長い髪をなびかせるカンカンに怒り狂った村娘が立っていた。


「こらっ、なんでそんな寂しそうにしているのよ!」

「み、ミンタ! もう顔も見せてくれないんじゃないかと思ってたのに……」

「バカっ、最後にあなたの顔見ないと後悔するに決まってるじゃないの……だから私……無理してでも……」


 だがプロクスと喋るうち、急激にしんみりとして俯いてしまう。


「えっ、なんかやたらしんみりしてるけど別に二度と帰ってこないわけじゃないんだけどなー」


 まるで今生の別れでもするかの様に辛そうに振舞うミンタを前にして、プロクスは困惑していた。


「あっ……これは違うの! うん、そう……ちょっと大げさに心配してるふりをしただけですっ!」


 照れ隠しをするため、ミンタは必死に言い訳をする。

 そんな彼女の頭にプロクスは、ぽんと手の平を乗せて微笑んだ。


「あははっ、ありがとなミンタ。お前には昔っから世話になってばっかりだよ」

「べ、別に……ただ、弱くて頼りないあなたが心配だっただけだから!」

「それはもう五年以上も前の話だろう? あの頃に比べりゃ俺だって立派に成長したよ」


 プロクスがまだ十二歳の頃まだまだ成長盛りだった彼は、女児特有の成長期ゆえにミンタよりもずっと背が低く、また、力も弱いせいで彼女との喧嘩もまるで勝てないでいた。


 そんなプロクスの過去を知っているからこそ、ミンタは心配で仕方がないのだ。

 それからミンタは鬱陶しそうに、プロクスの手を自分の頭から退かして続ける。


「ふふん、それでもまだ私の方が強いはずよ」

「どこが?」

「心よ!」


 ミンタは心強そうにきりりと眉を上げ、自分の胸に手の平を軽く乗せて仁王立ちした。


「ああそうだな、確かに成長してるもんなお前も」

「じ、じろじろと見ないでよ変態っ!」

「痛ぁっ!?」


 特に他意もなくミンタの胸部を見ていたプロクスの頬に、彼女は遠慮なしに握り拳でぶん殴った。それでプロクスの体は、右方向に大きく吹っ飛んでしまう。


「ほらっ、こんな拳も避けられないんじゃ村の外になんて出せるわけがないわ!」

「あたたたたっ……。あのなあ、もう話が済んだなら村から出させてくれよ」

「嫌です、あなたが私を倒すまでここを退きませんからっ」


 ミンタはそう言って、村の出入口前に腕を組んで立ち塞がる。


「おいおい冗談はやめてくれよ。お前を倒すなんて、そんな事できるわけないだろ?」

「いいから来なさいプロクス、この私と徒手空拳で勝てないなら当然、

村を出すわけにはいかないんだからっ!」


 自信満々にミンタは格闘の構えを取り、長いスカートを左右に揺らしながら軽やかなステップをし始める。


「おい、本当に本気なんだな、ミンタ……」

「当り前よ、今まであなたに喧嘩で負けたことないわよ、私は」

「……あまりお前に怪我させくないけどそっちがその気ならやるしかないな」


 プロクスはそう言って背中に抱えていた鞘と、所持金と道具の入った腰掛袋を地面に置き、ミンタと同じように格闘の構えを取る。


「ふふっ、そうこないとねプロクス。でも言っとくけど私、この五年間で更に強くなってるんですから心配するなら自分の体を心配なさい!」


 ミンタの強気な発言の通り、彼女はこの村一番の徒手空拳の使い手でもあり、その戦闘力は二級宮廷兵士程度ぐらいはあるんじゃないかと、村では噂される。


「俺もお前ほどじゃないけど、随分と身のこなしが良くなったんだぜ」

「それはそうよ、だって私があなたを育てたんだからっ」

「いやいや、俺は別にお前に育てられた覚えなんて……」

「お喋りはそのくらいに……ねっ!」


 ミンタはその一言と同時に間合いを詰め、プロクスの顔面目掛けて強烈な右拳を突き出したが、彼はなんとか首を捩って顔を移動させてかわした。


 だが彼女の拳は、プロクスの顔面すれすれの場所を打ち込んでいた。


「うわっ、いきなり顔面はやめろって! 怪我じゃすまなくなるだろ!」


 プロクスがどれだけ泣き言を口にしても、ミンタは攻撃の手を緩める事無く更に顎を狙って今度は左拳を打ち上げる。


「当たり前よ、殺しに掛かってるんだから!」

「ひえっ、ほ、本気かよお前!」


 弱音を吐きそうになりながらもプロクスは、正確にミンタの突き出す拳をかわし続けていた。


「まっ、この程度の拳なら、まだ魔物の攻撃の方が危険そうだしちょうどいいんじゃないかしらねー」

「バカ言うな! これならまだ魔物の方が優しいだろうが!」


 ミンタは次々と、プロクスの脇腹、鳩尾、左肩等を正確に狙って両拳を交互に突き出してくるが、それでもプロクスには全然当たらない。


「へえ、さっきからあなた随分と正確に避けてるじゃない?」

「ははっ、ほんとにまぐれだよ、まぐれ」

「じゃあ、さっさと私にも拳を突き出してきなさい! でないと何時まで経っても村から出られないわよ!」

「って言われても、お前に拳突き出す隙が無さすぎるんだよ!」


 ミンタの動きは俊敏かつ柔軟であり、そんな彼女の隙を伺う事など到底無理であろう。


 “彼女の攻撃行動に余程詳しい者でない限り”は。


「それじゃあ、私の拳があなたを捉えた時が最後になるわね」

「そうだな、だけどそれでも俺はお前が疲れきるまで避けきるよ」

「私がそう簡単に……ばてるわけないでしょう!」

「……そこだ!」

「なっ……!?」


 ミンタがプロクスの顔面に右拳を突き出した次の瞬間、彼女の体は宙を舞った後地面にドサリと倒され、すかさずプロクスは彼女に跨ってから彼女の顔面に右拳を突き出した。


「ひっ……!」


 だがプロクスの右拳は、目を瞑って歯を食いしばる彼女の目前でピタリと止まっていた。


「ああ怖かった……お前の行動が意外と単純だったおかげで早く隙を作れたよ」

「ああぁ……うううっ……うっ……!」

「ちょ、お、おい! いきなり泣くなって……」


 突然声を殺しながらボロボロと泣き崩れるミンタを間近で見たプロクスは、どうしていいか分からずに慌てふためいてしまう。


「ああ……どうすればいいんだよ……」

「……隙あり!」

「はっ……うぐぁぁぁぁぁっっっ!?」


 プロクスがミンタの体から立ちあがった次の瞬間、彼女の強烈な蹴り上げが彼の股間を盛大にヒットする。

 そのせいで彼は股間に激痛を覚え、涙をボロボロと流しながら地面を憐れにのた打ち回ってしまう。


「ふふっ、油断するからそうなるのよ!」

「お、お前……本当……汚いぞ……!」

「だって魔物との戦いにっ、卑怯もくそもないでしょーっ、私はそれをあなたにっ、教えたかったのっ!」

「あのなあ……」


 ミンタのその声は、とても震えていた。


「あっ、それじゃあ私お父さんの手伝いっあるからっ戻るね! 精々死なないよう、頑張りなさいっ……ね!」


 悶えるプロクスをその場に置いて、ミンタは(せわ)しく自分の家へと駆けて行ってしまった。


「ミンタの奴……すごく上擦った声で……震えてたじゃないか……ああ痛い……」


 プロクスの言うように、確かにミンタは動揺を隠せないでいた。

 だがそれは、彼女がプロクスに初めて喧嘩に負けたからなのか、はたまたプロクスとしばらく別れ離れになる寂しさからくるものなのか、それともそのどちら共なのか、それは彼女以外の誰にも理解できないであろう。


 プロクスもまた、そんなミンタをとても心配していたが、股間を押えて苦しみ悶えるその姿は誰よりも情けなかった。


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