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ベネ・メレンティに祝福を  作者: 美浜忠吉
プロローグ
1/21

伝説の勇者と初代魔王の死闘

 時はウェーリタス歴0526年、幻想の世界アビモペクトルの各国町村では現在(いま)、魔王とその眷属による侵略活動を受けるといった最大級の危機が訪れていた。


 各地で魔王の眷属はこの世の物とは思えない姿形をした魔物を召喚し、主に人間族だけを執拗に襲い続ける。

 それによって魔物の犠牲になった者は老若男女問わず数え切れない程であった。



 鮮やかなサーモンピンクに光沢するぐねぐねとした周囲の肉壁と肉天井に肉床。

 その中は広い筈なのに、息苦く漂う薄い瘴気がここにいる全ての歓迎者を蝕む。

 城内を支える柱には白骨化した者の骸が埋められ、床にもそれと何かの肉で固められている。

 まるで何者かの体内にでもいるかの様にも思えるそんな場所。


 唯一無機物として存在する物は、紫掛かった肌を持つ若い青年の見た目とは裏腹にこの世の者とは思えぬ王者の風格をもつ存在――魔王がどっかりと座る玉座くらいであるが、その玉座の肘掛にも髑髏を彫っていて気味が悪い。


 常人では頭がおかしくなりそうなおぞましい光景の中、魔王の前には三人の人間と一人の獣人、それに一人のハーフエルフがいた。


 五人はみな、最上階であるこの魔王の間へと辿り着くまでに夥しい数の魔物を相手にし、それによってひどく憔悴しきっていた。おまけに、薄いとはいえこの瘴気は彼らの気力を更に奪い尽くそうとする。


 少し苦しむ五人の顔を目の当たりにした魔王は、面白い玩具でも見つけた子供の様に心底楽しそうに笑う。


「ハハハハハッ! よくぞ我が城へ遊びに来てくれたな諸君。気分はどうだね、うん?」

「……最悪だね、この瘴気だけでもどうにかして欲しいぐらいだ」


 並んだ五人の中心にいた百七十センチメートル程の身長に鋼鉄の軽装鎧を着て、刃渡り百二十センチメートルの特殊な金属でできた長剣の柄を両手で握り締めた短い黒髪の少年は、疲労していても強がる気力だけは誰よりも強い。


「みなさん……この瘴気、どうやらこの間だけで広がる特別なものみたいです。私がなんとか納めてみます」


 白を基調とした聖衣を身に纏った百五十センチメートル程の身長をした少女がそれだけ言うと燃え盛る焔の様に赤い瞳を閉じ、手を重ねてそのまま祈り始める。


 すると忽ち、魔王の間を覆う薄い瘴気が全て無くなり、代わりに清らかな空気が辺りを覆い尽くした。


 そのおかげか、憔悴しきった五人からまるっきり疲れが取れた様な気がし、気力を取り戻す。


「さっすが聖女サリファちゃーん、周囲の空気まで浄化するなんて流石ですー!」


 この殺伐とした状況には噛み合わうことのない抜けた声を出した百三十センチメートル程度の幼子にも見える紺色のゆったりとしたローブを身に纏った少女は、右手に持っているバオバブで作られた木の杖を満面の笑顔で嬉しそうに天に掲げた。


「まあわしの娘だからな、なんでもできて当然なのだよ、マナ様」


 聖衣を着た少女――サリファを褒めていたのは、彼女と同じく白を基調とした聖衣を身に纏っていたが、袖がビリビリに破れてごつごつとした腕の筋肉を露呈した百九十センチメートルの身長をもつ中年男性が、豪快な笑顔を見せ付けていた。

 彼は筋骨隆々で右手には鉄でできた巨大なメイスを持っており、それを地面にドスリと置いていた。


「フッ……こんな無骨な男から、ここまで美しい女性が産まれるとは誰も想像できなかっただろうな……」


 白銀の重装鎧を着た百八十センチメートル程の身長をして頭上に虎の耳と、尻に尾を生やした成年男性は、不敵に笑みを浮かべて筋骨隆々な男をバカにしていた。


「あら……フォルテス様ったら……」


 美しいと女性と言われたサリファは、満更でもなさそうにはにかむ。


「な、なんじゃとコラー!」

「ハッ……相も変わらず無茶ばっかしてるだろうが、四十超えたオッサンがよ」

「き、きっさまー! このわしイグニスが教皇様の側近であることを知っての狼藉かー!」

「またそれか……怒るとすぐ教皇側近という位を盾にする……バカの一つ覚えか?」

「お前こそなあ、厳格である筈の騎士団長の癖して、実際軽すぎるのだよ!」

「ま、まあまあ二人ともー! こんなところでケンカなんかしちゃダメですよー!」


 少し軽めな獣人――フォルテスに対してサリファはとても優しい人と絶賛していたが、筋骨隆々なサリファの父――イグニスにとっては、むしろその軽さが嫌いであったのだ。


 だからいつも二人は旅先でケンカをし、それをなんとか宥めるマナの姿がそこにできあがる。


「ふん! ここはマナ様に免じて赦してやるかの!」

「吾輩も……マナ様の可愛いお姿に免じて赦してやりましょうか」

「まっ、フォルテス君たらーっ!」


 この通り片方は権力、片方は女性全般の美貌や可愛さに弱いゆえ、簡単に喧嘩も収まるのだが。


 そんな和気藹々とした光景を玉座にどっかりと座って目の当たりにしていた魔王は、不敵な笑みを浮かべながら立ち上がる。


「フハハ……最後の晩餐は済んだかね?」


 その魔王の一言で、その場にいた全員の顔はキリッと引き締まり、緊張感を張り巡らせる。


「随分と余裕だな、リビティーナメレンティウムよ」


 黒髪短髪の少年にそう呼ばれた魔王は、顔をしかめる。


「なんだ……その長くて気持ちの悪い呼名は……」

「人々を死に導く存在という意味で、みんながお前に付けた名だ」

「ほおぅ……アーッハッハッハ!」


 とつぜん豪快な嗤い声を上げる魔王に、五人の中心に立つ黒髪の少年は不気味な感情を抱く。


「何がそんなにおかしいんだ」

「……ふう。いやあバカだな人間どもは本当にと――そう思っただけだ」

「……吾輩達の何がおかしい!」


 人間をバカにされて怒り狂った成年――フォルテスは、刃渡り二メートルを超える白銀の大剣の柄をを右手で握り締め、そのまま魔王の首を落とすために飛び掛かった。


「おいバカ! まだそいつの正体が分からんのだぞ!」

「うおおおおお!!!」


 イグニスの忠告を無視してフォルテスは魔王の目前に飛び掛かり、その巨大な白銀の大剣を魔王の首目掛けて正確に薙いだ――。


「……ふん」

「なにっ!?」


 だがフォルテスの薙いだ白銀の大剣は魔王の首に届くことは無かった。


「な、なんで生きて……」

「残念。何故ならお前の腕がほらあそこに」


 魔王が指さしたその先には、白銀の大剣を強く握った腕が落ちていた。

 その腕を目の当たりにして初めて、フォルテスの体に激痛が走る。


「ぐああああああ!!!」


 そう、フォルテスの右手は魔王のたった一振りの爪撃で斬り落とされてしまったのだ。


「い……いやああああ!!!」

「フォ……フォルテス君……?」


 その凄惨な光景を目の当たりにしてサリファは血相を変えて喚き、マナはあまりの恐怖に腰を抜かしそうになる。


「ううむ、亜人とはいえ脆いものよ」

「ぐあああ――う、腕があああ!」

「目の前でうるさい。黙れ獣が」

「がっ!?」


 魔王は無表情に戻って正確にフォルテスの顔に拳を繰り出した。

 その衝撃でフォルテスの体は四人の元へと吹き飛んだが、その場で気を失ってしまう。


「い、今手当を……!」


 とにかく平静を装ったサリファは、すぐにフォルテスの体を癒すため倒れている彼に両手をかざした。


「させるものか……」


 だがそのすぐ目前に魔王が瞬間移動でもするかの如く立ちはだかって腕を大きく上げていたものだから、呆気に取られて何もできなくなってしまう。


 そこですかさず、魔王はサリファ目掛けて腕を全力で振り下ろした。


「えっ……?」

「おりゃあっ!」


 だがその時、隣にいたイグニスがサリファの前へ庇うように立ちはだかり、九十キログラムを超える巨大な鉄製のメイスで魔王の爪撃を塞いだ。


「ぬっ?」


 それでも魔王の爪撃は非常に重く、イグニスの体のあちこちから骨のきしむような嫌な音を立てながら血を吐いてしまう。


「ガハっ!?」

「ほおぅ、我の一振りを防ぐことができる人間がいるのか……」

「がはは……まだまだ若い者には負けておられんのでな……」

「ふん、強がりにしか見えんな。このまま押し潰されてしまえ」


 魔王は腕の力をさらに込めると、イグニスからぶちぶちと何かが切れる音が体中に鳴り響く。


「うぐぉおおおおお!!!」


 イグニスが必死に魔王の爪撃を堪えていると、白く光輝かせた長剣を両手で強く握り締めていた黒髪の少年が斬り掛かった。


「とりゃあ!」

「ぬぬ?」


 その攻撃を左手で軽々と受け止めた魔王は、その長剣の輝きに違和感を感じてすぐ右横に払い飛ばす。


「ほう……キサマどうやら人間ではないようだな」


 片手で悠々とイグニスを押し潰そうとしながらも魔王は黒髪の少年に語りかける。

 それに応えるようかのように、少年は払い飛ばされた先で体勢を立て直していた。


「はあ? なんの事だそれは!」

「……ほう、知らんのか?」

「ごちゃごちゃと、うるさい!」


 軽々と払われた少年は恐れる事無く、今度は魔王の背後に飛び掛かる。


「……邪魔だ木偶が!」

「うぬおおおおお!?」


 それに反応して魔王はイグニスを押し潰そうとしていた腕をいったん離し、それで前のめりにバランスを崩したイグニスの体を巨大なメイスごと骨柱へ向かって蹴り飛ばした。


「がは……っ!?」


 蹴り飛ばされて肉壁へ激突したイグニスは項垂れる様に気絶してしまう。


「お父さん!?」

「あ……うう……っ」


 その光景を見たサリファは圧倒的な魔王の力を前に畏怖して動けなくなり、また、マナは恐怖のあまりに腰を抜かして肉床に尻もちをつき小動物の様に震えていた。


 それからすぐに魔王は少年の方へと向き直り、振り下ろしてきた長剣を左手で軽々と受け止めてしまう。


「くそがあ!」

「……ちっ!」

「うげぇ!」


 だが、光り輝く長剣を受け止めた魔王の左手は爛れるように溶け始めたものだから、魔王は少年の腹を蹴って後ろへ吹き飛ばし、思わず手を押える。


「……なぜ我を溶かす忌まわしき光を帯びているかは知らぬが、剣に魔力を帯びるその術は異質の術――我ら魔族以外には到底、使えぬ筈だ……」


 少年は床で倒れ伏せたまま、魔王の話をじっと聞いていた。


「な、なんの話だ……」

「フハ……そうか思い出したぞ……そういえばこの間村を襲わせた時、魔族の血を引く女を匿っていたなあ」

「お前、さっきから何独り言を言って――」


 倒れ伏せた少年を無視して独り言を続けていた魔王は突如として醜く顔を歪ませ、倒れている少年の元へ瞬時に移動した。


「なっ……」

「答えろ若き者よ、お前はあの魔族の息子か?」

「わ、わけがわからな――ぐあっ?」


 少年は思い切り魔王に頭を踏まれ、無残にも地面で這いつくばってしまう。


「ちゃんと答えろ、我はあの村に眷属を一人送った。そこで幸薄そうな魔族の女を我は匿ってやったのだ。あんな下賤な人間だらけの場所に放置しておけば、殺されてしまいかねないからな」


 その言葉を聞いて少年はふと理解する。自分の倒すべき存在が目の前にいるという事実を。


「お前……まさか俺の産まれ故郷……アウクトル村を滅ぼした奴の仲間じゃないだろうな……」

「だとしたら何が悪い。魔族を差別し、忌み嫌う人間共になど容赦はせぬわ」


 怒りに満ちた少年は漆黒のオーラを纏って魔王の足を払いのけてから立ち上がり、魔王をジロリと見つめていた。


「そうか――貴様が村の皆を……親父を殺してお袋を攫ったクソ野郎のボスなのかよ!!!」

「フハハ――やはりそうか! その暗黒を身に纏った姿は間違いなく魔の者! しかしあれだ、忌まわしき光を剣に宿すなど……解せぬな」

「ゴチャゴチャと……うるせえ!!!」


 怒りで我を忘れた少年は、先ほどとは全く違う勢いで魔王に飛び掛かっていった。

 しかし何時の間にか長剣を纏う光は消え去り代わりに漆黒の闇を纏っており、刃からは禍々しく黒いモヤを出し続けていた。


 それでもお構いなしに魔王に向かって斬り付けた少年であったが、それを左手で受け止めた魔王の傷がどんどんと癒えてゆく。


「ほお……素晴らしい暗黒の力だ。力が漲っていくぞ!」

「い、いけませんスペスさん! 闇の力に身を任せては……!」


 すっかりと闇に魅入られた少年――スペスを目の当たりにして焦るサリファは、必死に彼に向かって呼びかけた。


 だが今の彼の耳には何も届かず、ただ闇の力に身を任せているだけであった。


「うおああああああ!!!」

「ハハハ――無駄だ神の子よ、こいつはもうすっかりと魔族の血に魅入られてるからな」


 スペスが闇の力でただひたすら攻撃を繰り出す度に、魔王はその闇の力を吸収して漲ってしまう。

 そんな絶望的な状況を前にしても、サリファの瞳は決して濁る事はなかった。


「そんなもの……祈ってみなければ分かりません!」

「ハハハ……好きにしてみるがよい」

「言われなくても……マナちゃん……マナちゃん!」


 余裕の表情でスペスの攻撃を受け止め続ける魔王を前にして、サリファは怯えて戦意を喪失していたマナを必死に呼びかける。


「マナちゃん目を覚まして!」

「わたし……わたしは……」


 サリファからパチンと頬を叩かれた事でマナは正気を取り戻した。


「あうっ……あ、わ、わたし……何をして……」

「マナちゃん、アレを見て……」


 正気を取り戻したマナがサリファの指さした場所へ注目すると、マナは戦慄する。


「あ、ああ――あの光は――!」

「何か――分かりますか?」

「え、ええ。あの黒い光は……魔族のみが顕現できる深淵の炎と酷似しています……」

「つ、つまりスペスさんは……魔族なのですか?」

「いえ……正確には違います」

「それはどうして……」

「だってスペス君は――妖精族のみしか使う事の出来ない天恵の光を行使できますから……」


 サリファはそれだけ聞いて、スペスがどういった存在なのかを理解する。


「スペスさんのお父さんはたしか人間でしたから……もしかしてスペスさんは――」

「そうですね……スペス君は人と妖精族と魔族の血を併せ持った存在――ということになります」

「それで、あそこまで高い身体能力を保持しながら絶大な魔素(マナ)を身に宿していると……」

「そうです――そして今のスペス君に天恵の光を宿す方法はただ一つ……サリファちゃんの聖魔術でスペス君の闇の力を相殺することですが……できますか?」

「……ええ、やって見せます。この命尽き果てようとも――私は最後まで!」


 覚悟を決めたサリファのその瞳は、赤く燃え盛っていた。


「それではサリファちゃん。わたしは魔術の準備を始めますので、その間に回復魔術で気絶した二人をどうにか目覚めさせる用意をしておいてください」

「わかりました。ですが魔王は放っておいて大丈夫なのでしょうか……」

「大丈夫です、魔王はスペス君に夢中になって他には目も向けてない様子ですから!」


 マナの言うとおり、魔王はスペスの闇の力を全てを吸い尽くすまで彼から目を離そうともしていなかった。


「わかりました! では私は急いでフォルテス様とお父さんを癒してきます!」

「お願いしますね――」


 マナはサリファに気絶した二人を任せると目を瞑り、彼女の中で煉獄の豪炎をイマジンし始める。


 その間にサリファは二人の傷を癒すため、まず初めに近くで倒れていたフォルテスの元へ移動し、彼に手をかざした。


「……お願い、治って!」


 サリファがそう願うだけでフォルテスの全身の傷はみるみるうちに治っていったが、落ちた腕までは治ることはなかった。


「ごめんなさい……斬り落とされた部分まで治すのは私の力では不可能です……ですがもう大丈夫、すぐに目を覚ませます」


 それだけ言い残して、次はイグニスの元へと駆けてゆく。

 その途中に魔王とスペスの戦闘の様子を確認したが、未だに二人は戦闘を続けていた。


 そうして骨柱で気絶したイグニスの元へ辿り着くと、サリファはフォルテス同様に両手をかざした。


「ふうっ……。お父さん、もう大丈夫だから安心して休んでてね」


 安らかに眠るイグニスにそれだけ伝えると、サリファはマナの元へと戻っていった。



 一方、サリファが二人を癒している間、マナはずっと魔術を顕現させるための儀式をしていた。


 ――煉獄の王プルガトリウムよ……我、全ての魔素を削りても、いかなる存在をも溶かし尽くす煉獄の炎を顕現す。

 そう心の中でイマジンするマナの額から、とんでもない量の汗を流していた。


 ――我、マナ・ルーネの(めい)をどうか聞き受け給え……。

 マナが心の中でそう願った瞬間、彼女の奥底に熱い何かが憑依する。


「ふああ……いつやってもこれ……疲れますー……」


 マナの足元はおぼつかず、疲労しきってふらふらとしていた。


「さあ……あとはサリファちゃんを待つだけー……」


 とにかくできるだけマナは地面に倒れないように、じっとその場で耐え続ける。



「あ……もうダメです……」


 魔術の儀式を終えてふらふらしていたマナが遂に背中から倒れそうになったところ、二人の回復を促せて戻ってきたサリファが急いで受け止めた。


「マナちゃん、大丈夫ですか!?」


 熱っぽく息を切らすマナの体を肌で感じ、サリファは焦っていた。


「はあ……はあ……大丈夫……いつでも撃てますよー……」

「こんなに小さな体で無理をして……」

「えへへ……それはお互い様ですー……」

「今、回復してさしあげますから」

「ありがとー……」


 サリファが目を瞑って祈ると、マナの熱っぽい顔色もだんだんと良くなっていく。

 全ての体力が回復する前に、マナはサリファが回復術を使うのを止めさせた。


「えっ?」

「もう大丈夫ですから……後の魔力はスペス君のため……使ってください」

「マナちゃんがそう言うのでしたら……」


 あとはイグニスとフォルテスが目覚めるのを待つだけと、マナとサリファがそう思った矢先に二人の頭に誰かが手をぽすんと置く。


「待たせたな、サリファ」

「あ……お父さん!」

「……辛い思いさせて悪かった」

「フォルテス君!」


 その手の正体は気絶していたイグニスとフォルテスであり、二人は真剣な眼差しでがむしゃらに闇の力を振るって魔王と対峙するスペスを眺めていた。


「……それで?」

「わしらはどうすればいいのだ?」


 その頼もしい眼差しを感じたマナも、すっかりと勇気を取り戻して元気に語る。


「はいっ、まずはスペス君のあの闇を払うため、サリファちゃんが聖魔術を施します」


 そう聞いて、男二人は静かに頷く。


「するとスペス君が油断していた魔王を怯ませてくれるはずですので、二人は魔王が怯んだところを急いで拘束してください。拘束している間にわたしが魔術で炎を巻き起こしますから!」

「……わかった」

「任せるのだ!」


 男二人は頼もしそうに声を返し、武器を持たずにただ魔王を拘束するための準備を施し始める。


 イグニスは懐からルーン文字の刻まれた赤い石を取り出し、天にかざす。

 すると二人の体が赤く輝きだし、みるみる内に力が湧いていく。


「フォルテスよ、お前などにこの妖術を使うのは勿体ないが魔王にもう片方の腕を斬り落とされて使い物にならなくなっても敵わんからな! 術を施させてもらったぞ!」

「……ふん、好きにしろ……ただ吾輩が言える事は、お前を信じるまでだ」

「ガハハハッ! わしの術にびびってせいぜい逃げ出さん事じゃな!」


 二人の体で赤く輝く光が無くなると同時に赤い石が粉々に砕けてしまった。


「媒石を使っての妖術とは、流石イグニス君ですねー! わたしも欲しいですー!」

「すみませぬマナ様、この石は滅多に作れない代物ですので、

その価値もとんでもないのでございます。ですから献上したくともいささか……」

「やっぱりそうですよねー」

「……二人とも無駄話はそれくらいにしておけ」


 フォルテスに注意されたマナとイグニスの二人は、何も言えなくなってしょんぼりとしたまま俯いてしまう。


「……サリファ、聖魔術を施してくれ」

「は、はいっ!」


 それからフォルテスはサリファに聖魔術を使うように指示し、サリファは目を閉じて心を落ち着かせた。


 ――我母フォルティナ様、どうか目の前で闇にのまれた少年の心を救い給え……。

 サリファがそう祈ると、彼女の背中から光り輝く大きな天使の翼が生えてくる。


「おお……なんと神々しい!」

「……これが神の力なのか」

「う、美しいですー……」


 その場にいた誰もが、光る大きな翼を生やしたサリファの姿に見惚れていた。



 その光に反応した魔王が、思わずサリファの方へ注目する。


「……ぬっ!? あ、あの光は……忌まわしき悪神の光!」

「はあああああ!!!」


 それでも片手でスペスの攻撃を何度も何度も受け止め、闇の魔素を吸い取っていた。


「く……ここでこいつの暗黒の力を手放すのは惜しいが……あれは放置できんな」

「よそ見をするなあ!!!」

「な……こいつ意識があったのか……?」


 てっきりスペスが意識を無くす程がむしゃらに攻撃しているのだと勘違いしていた魔王は少々焦る。


「俺は……お前を絶対に許さないからなあ!!!」

「ちっ……厄介だな」


 このまま守る手を緩めれば魔王とはいえ闇の力を吸収はできないし、下手をすれば闇の力が反発して深手を負う可能性もある。


 そこまで考えた魔王が取った行動はただ一つ――。


「……キサマは向こうで気絶してろ!」

「なっ!?」


 魔王は全力を込めて爪撃を繰り出し、スペスの体を肉壁に向かって吹き飛ばした。


「うがああああ!?」


 スペスの吹き飛ぶ体は留まる事を知らずに強く壁に叩き付けられた。


「うげっ!? ゲホッ……ゴホッ……!」


 壁に叩き付けられてダメージを負い動けなくなったスペスを放置して、魔王は瞬時にサリファ目掛けて飛び掛かった。


「ハーッハッハッハッハーッ!」

「そいやあっ!!!」

「どりゃ!!!」


 だがその途中、補助妖術で全身の筋力を増幅させたイグニスとフォルテスに両腕を押え付けられ、その場で拘束されてしまう。


「な、なんだと!?」

「はっ、そう来ると思ってわしら!」

「――準備していたのさ」

「く……クソどもが! その穢らわしい腕を放せ!」

「イヤだわい!」

「――放すと思うか、バカが」


 二人は暴れる魔王を軽口でも言いながら強がって必死に押えていた。


「放せえ!」

「さあマナ様!」

「――今こそ魔術を!」

「わかりました!」


 マナは両手の平を魔王に向けて構え、目を瞑ると詠唱を始める。


「……我、彼の者に煉獄の裁きを与えん――“imber inflamarae Ars magna...”!」


 その途端に、マナの両手の平からとんでもない範囲を焼き尽くす煉獄の炎が巻き起こり、それが魔王目掛けて容赦なく射出された。

 だがその衝撃は凄まじく、煉獄の炎を放ったマナの体は後方へ大きく吹き飛んだ。


 そして尋常ではない煉獄の炎が物凄い勢いで魔王へと近づいていく。


「お、おい放せ! お前らも死にたく――」

「魔王よ、お前の望みどおりに」

「――放してやるよ!」

「な、なんだと――うがあああああああ!?」


 煉獄の炎が魔王のすぐ目の前に向かったと同時に、イグニスとフォルテスは魔王を煉獄の炎へぶん投げ、瞬時に煉獄の炎から身をかわした。


「うがあああああああ!!!!」

「ふう……なんという熱い炎、流石はマナ様ですな!」

「……少し耳の毛が焼けてしまったがな」


 もろに煉獄の炎に巻き込まれた魔王は、そのまましばらく焼き続けられてしまう。


「うはあ……もうスッカラカン……これ以上魔法使えませーん……」


 マナは肉床へと仰向けに倒れると両手両足を大の字に広げ、うつろな瞳で肉の天井をじーっと見つめていた。


「気味の悪い天井ですねー……」



 その間にもサリファは天使の翼を使って、肉壁で動けなくなったスペスの元へと急いで飛んでいった。


「ス――スペスさん大丈夫ですか!?」


 傷だらけになってあちこち血を流していたスペスを前にして、サリファは気が気ではなかった。


「あ、ああ……俺は大丈ゴボッ!? はぁ……はぁ……」


 肉壁に強く打ち付けられた衝撃で内臓をやられたのか、スペスは大量に赤黒い血を口から吐き出してしまう。


「い、いけない! 今すぐ治癒を……!」


 サリファは無我夢中でスペスに両手をかざし、彼の回復を極限まで促した。


 おかげでスペスの体は完全に回復したが、サリファが突如として彼の体に倒れ込んでしまう。


「お、おい! 大丈夫かサリファ!?」

「ち、力を使い過ぎました……」

「バカ……無茶して力を使い過ぎなんだよ!」

「だ、大丈夫ですっ! これで最後に……しますから」

「な、何を言って……?」


 するとサリファの背中から生えた大きな翼がスペスを包み込み、彼の中に潜む闇の力を全て洗い去ってゆく。


「あ、暖かい……なんだこの暖かさは……」

「これは……天恵の光……神の与えし奇蹟の光による暖かさですっ……」

「あ――俺の中の魔素が――漲っていく?」


 スペスの体に存在する聖なる力が上昇していき、体の傷もすっかりと全治していた。


 スペスに自らの魔素をありったけ注いだサリファの背中から生える大きな天使の翼は砕ける様に消え去り、あとに残ったのはすっかりと疲労しきった彼女の姿だけであった。


「サリファ!」

「ふふっ……スペスさん……あとはお任せしましたから……どうか魔王を倒して……ください」

「サリファ!!」


 それだけ言い残して、サリファはその場で気を失ってしまう。



「や、やりましたかマナ様!」

「えへへー……」

「今起こしますぞ」

「ありがとー……」


 フォルテスと共にマナの元へと戻ったイグニスは大の字に寝そべる彼女を抱えて起こし、煉獄の炎に焼かれる魔王の姿を前にして大層嬉しそうに叫んでいた。


「ほえー……」

「マナ様、魔王の様子はどうですかな!」

「いえ……まだ終わってません」


 マナは煉獄の炎が消えた後にもくもくと白煙が巻き起こる中でも魔王の魔素を感じて肝を冷やしてしまう。


「……しぶとい野郎だな」


 白煙が完全に消えると、その中から体中を煉獄の炎で焼け爛らせた魔王が憤怒に燃える赤い眼光で三人を睨み付けた。


「おのれ……おのれええええええ!!! この我をここまでコケにしおって……許さぬ……絶対に許さぬぞおおおおおお!!!」


 その赤く鋭い眼光に睨まれた三人は、背中からゾクゾクと嫌な寒気を感じた。


「な、なんて気迫なのだ!」

「こ、怖いです……」

「……流石は魔王、と言ったところか」


 だが魔王はそこで怯んで、なかなか動けないでいた。


「くそが……体が思うように動かぬではないか!!!」


 その様子を目の当たりにして、イグニスは寒気を感じながらも余裕な表情を浮かべる。


「ですが魔王も相当な深手を負っていますな……」

「ええ……あとはスペス君が魔法剣を使えれば――」

「……全ては終わりを迎えるな」


 とにかく三人も力を使い果たして魔王同様にその場から動けず、ただジッとスペスが回復することを祈っている事しかできなかった。



 スペスは煉獄の炎で焼かれた魔王を遠目で見て、急いで立ちあがり長剣の柄を右手で持って、刃を左手に添えた。


「サリファ……少し休んでいてくれよ?」


 そう言って刃を持つ左手に魔素を込めるイマジンをし始める。


「我の中に存在する魔素(マナ)よ――我の手中にある媒体に全て移行せよ――」


 それだけ囁くとみるみる内にスペスの手中にある長剣に光が注がれ、刃が光り輝きだした。


 その光の刃はみるみる内に長く伸びていき、気付けば三メートルを超える長身の剣へと姿を変えていた。


 おまけに体全体を、スペスが気付かないうちに光る鎧の様な物質を纏い背中からは巨大な光の翼を生やしていた。


「これが俺の最後の力――この全てを忌まわしき魔王へぶつけてやる!!!」


 スペスは両手で光の剣の柄をしっかりと握り締め、そのままよろける魔王へ向かって一直線に駆け出した。



 焼け爛れていた魔王の体が徐々に回復し、ゆっくりとだが足を動かせる程にまで治癒されていた。


「フハハ……今の炎は熱かったぞ……まさか貴様如きが煉獄の炎を行使するとは思わなんだ」

「ひっ……」


 魔王の赤く鋭い眼光に睨まれたマナは、思わず背中をぞわりと震わせてしまう。


 それからジワリ、ジワリと魔王は三人の元へと近付いていく。


「く……なんとか最後の力を振りしぼってメイスを振ることができれば……」

「だ、ダメです無茶しちゃ……そ、そんなことしたらイグニス君の体が……」

「悪い事は言わんイグニス……もう吾輩もマナ様も、冗談を言う気力すら残っていないのだ……」


 三人の絶望する顔を目の当たりにした魔王の顔が醜く歪む。


「クッ……アハハハ! ほれほれぇ……さっきまでの元気な姿はどこへいってしまったのだぁ?」


 とうとう三人の目の前へとやってきた魔王が、天高く右腕を振り上げた。


「くっ……」

「いかん!」

「ふ、二人ともダメです……魔王に背中を向けては……」


 せめてマナだけは守ろうと考えた男二人は、マナを抱きかかえるように二人で庇い最後の力を込めた。


 その姿を見て、魔王はゲラゲラと笑っていた。


「フフ……クハハ……アーッハッハハハハハッハー! いやあ、ニンゲンと言う存在は無様で愉快なものだなあ!」

「ふん、お前なんぞに人間の心は理解できまい」

「……そうだな、吾輩も冷めた獣人だがお前の様な化け物とは一緒にされたくはないさ、魔王よ」

「――わたしもです、例え二人があなたに殺されてしまったとしても……わたしは全身全霊を持って、あなたを葬ってあげますから!」


 全員の心の底からの声を聞いて、魔王は笑うのを止めて冷酷な表情へと変化する。


「……ふん、そのまま三人まとめて死ぬがよい」


 そう言って魔王が腕を振り下ろして三人ごと引き裂こうとしたが――それはいつまで経っても叶わなかった。


「な……なんだと……!?」


 何故ならそれは――彼の腕がスペスの握った光の剣によって斬り落とされていたから。


 腕を斬り落とされた魔王は、急いでその場から後ろへ跳び下がってスペスから距離を置いた。


 そんな魔王を無視して、スペスは三人を勇気付けるためにお茶らけた感じで話しだす。


「ハハ……おまたせ三人とも!」

「スペス君!?」

「……お前その――」

「神々しい姿はいったいどうしたのだ!?」

「はっ? な、何のことだ?」


 スペスが神々しい恰好をしていた事に気付いたのは、三人から奇異な目で見られた直後である。


「な、なんだこの恰好は!?」

「お、お前気付いとらんかったのか!」

「……相変わらず鈍い奴だな」

「あははー、でもそこがスペス君の面白いところでもあるしー!」

「ハハ……なんてこっただなー」


 元気なスペスを前にした三人はみるみる内に気力を回復させ、今では冗談も言い合えるほどであった。。


 その四人の間の抜けた姿を前にして、魔王の堪忍袋の緒はとうとうぶち切れる。


「おのれ……おのれ、おのれおのれおのれおのれおのれのれのれれー!!!!! 貴様らだけは……絶対に救済などしてやらぬぞおおおおおおお!!!!!」


 ぶち切れた魔王はみるみる内に姿を変えていき、仕舞いには十メートルを超える二足歩行の猛牛の様な姿へと変貌し、首には人間の髑髏でできた首飾りを付けていた。

 それから肉の天井全てを左手で軽々と吹き飛ばし、その右手には一気に十人の首を簡単に斬り落とせそうな程に巨大なデスサイズを装備していた。


「で、でかいな!」

「し、しかも腕も再生してますー……」

「……これが魔王の真の姿なのか、なんて野郎だ」

「みんな下がっててくれ! ここは俺がなんとかする!」


 スペスの言葉を聞いた三人は彼の後ろでジッと立ち、彼の背中に両腕をかざす。


「いや」

「……それは違うなスペス」

「み――みんな?」


 背中でじっと両腕をかざす三人を見てスペスは困惑する。


「そうですよ、スペスさん」

「あ……!」


 それから気絶していたサリファも何時の間にか目を覚まし、四人の元へと合流して三人と同じようにスペスの背中へ両手をかざしていた。


「ふふー、結局そうやって自分だけで解決しようとするその癖、一年前から治ってないんですからねー!」

「あははっ……すいませんマナ様」


 それからスペス以外の四人は目を瞑り、彼に自分の魔素全てを注ぎ込むイメージを浮かべた。


 すると光の刃が更に伸びていき、六メートルを超える長身になっていた。


「さあスペスさん――」

「わしらの魔素――」

「全部残さず受け止めて――」

「魔王を討ち取ってくださーい!」


 スペスはその四人の言葉を聞いて、肩の荷が下りた様に安らかな表情をしていた。


「……帰ったら美味い酒飲もうな、みんな!」


 スペスはそれだけ言い残して顔を引き締めると、真の姿をした魔王の上空へと翼を広げて即座に飛び上がった。


「フン、コザカシイマネヲシテクレルワ――」


 魔王はスペスの胴体目掛けて、デスサイズを上空に振った。


「たあっ!」

「ヌッ!?」


 だがスペスはそのデスサイズを光の剣で容易く払いのけ、次には魔王の右肩辺りへとすぐに移動し、光の剣を全力で右肩目掛けて振り下ろした。


「どりゃあ!」

「グワアアアア!」


 スペスの振り下ろした光の剣は見事に魔王の右肩を斬り落とし、巨大なデスサイズごと肉床へと落とされる。


「コザカシイワアアアアア」


 だが魔王は斬り落とされた右腕など気にも留めずに醜い口元を大きく開け、スペスの方へと顔を向けた。


「な、なんだあいつ――まさか、この俺を食べるつもりか!?」


 そんな冗談めいた事を言っていたのも束の間、開いた魔王の口から徐々に暗黒の気が溜めこまれていき、そこからスペス目掛けて漆黒の火炎が勢いよく吐き出される。


「ガアアアアアアア!」

「うおおお!?」


 スペスは急いで光の剣を前面に構えてその漆黒の火炎を防いでいたが、それでも防ぎきれずにそのまま漆黒の火炎にのみ込まれてしまう。



「す、スペスさーん!!!」


 真の姿の魔王と激戦していたスペスが漆黒の炎にのまれた姿を遠目から見て、思わずサリファは彼の名前を叫んでしまう。


「なんという!」

「……あまりにもでたらめすぎる」


 三人はスペスが苦戦していると思って焦っていたが、それでもマナは特に焦ることなく余裕の表情で見守っていた。


「ふふ、大丈夫ですよみなさん。スペス君の魔素はまだまだ元気まんまんですからー!」


 マナの口からそれを聞いた三人の表情は、電燈に灯りでも付いたかの様にパッと明るくなる。


「ガハハハ、そうだな!」

「……フッ、あいつは死んでも死なん男よ」

「そうですねっ!」

「その通りですー!」


  ――スペス君、わたし達はいつまでもあなたを待ってますよ?

 地面で見守る四人は冗談を言いながら笑い合っていたが、心の底ではひっそりとそう思うマナの様に心配していたことであろう。



 魔王の吐き出す漆黒の炎にのみ込まれたスペスは、その炎に耐え続けていた。


「あ、熱いな……」


 漆黒の炎の温度は二千度を超えるが、それでもスペスの体は焼け焦げる事はなかった。


「だけどまあ……マナ様のフラムに比べればこんなもの――屁でもない!」


 スペスは過去にマナから二千度を超える大きな火の玉――フラムをくらった事を思い出しながら、漆黒の炎を光の剣で掻き分け、魔王の口元へじわじわと近付く。


 それに違和感を感じた魔王は、スペスが近付いてくるに連れて焦りを増す。


「ナヌ……ワレノホノオガキカヌノカ?」

「ハハ――残念だが、お前の炎は思ったよりも熱くないんでね」

「ヌッ……コレハヒジョウニマズイナ――サクセンヲカエネバ」


 これ以上漆黒の火炎を吐いても無駄だと悟った魔王は、吐くのをやめて元のヒト型の姿へと戻る。


 そして深刻な表情のまま、近付いてきたスペスに話かける。


「な、なんだいったい!?」

「魔族の子よ。お前にはこれから本当の“地獄というもの”を見せてやる」

「な、何を言って……」


 スペスの言葉を無視して魔王が指を鳴らすと、二人の周囲で時空が歪み――そのまま姿を消してしまう。



「う、嘘でしょう……?」

「スペス君の魔素の反応が……スッポリと穴の開いたように消えて……!?」

「な、何が起こったというのだ!?」

「……吾輩には、さっぱり理解ができん」


 二人が消えた場所を見ていた四人は、何が起こったのか分からずに気を動転させてしまう。


「そ、そんな……! 一緒に帰るって……約束したのに!」

「わたし……スペス君なしで帰りたくなんて……ありません――!」


 サリファは目の前でいなくなったスペスを見て取り乱し、その場にペタリと座り込んで泣き叫ぶ。


 それにマナもすっかり放心して、肉床へと膝からへたり込んで泣いていた。


「スペスのバカ者が! お前が居なくなったら――誰が娘の面倒を見ると思って!」

「……スペス、お前とはまだ剣闘での決着が付いてない、勝手に消えることは許されん……」


 イグニスはその場で立ち尽くしながら(おとこ)泣きし、消えたスペスと自分の娘であるサリファの今後を心配していた。


 フォルテスは、半年前に個人的な決闘を挑んでスペスと全力でぶつかり、その途中魔物に邪魔をされて結局のところ試合を流してしまった過去を思い返し、静かに目を瞑った。



 四人のそれぞれが姿を消してしまったスペスとの記憶を思い返して悲しんでいると、突如としてスペスと魔王の消えた空間が歪み始める。


「……おいみんな、あそこを見てみろ」


 その違和感に初めに気付いたフォルテスは、放心状態の三人にスペスと魔王が消えた場所に注目するよう呼びかけた。


 するとフォルテス以外の三人が一斉に顔を上げ、その歪んだ空間に注目した。


 なんとそこから、スペスと魔王の二人が何ともなかったかのように姿を現したのだ。


「あ……あれはスペスさん!?」

「ほ……ほんとだ……っ、スペス君だー!!」

「なんだあいつ――これだけサリファの事を心配させおってからに!」

「……だが、どうもあいつの様子がおかしくはないか?」


 スペスの表情は、何かに絶望でもしたかのように放心していた。


「本当に……いったい何があったのでしょうか……?」


 サリファは放心状態のスペスを遠目で見て、ひどく心配する。


「分かりません……ですが、あの様子は尋常では……」

「おいスペス! 早くそんな奴は倒してしまって、帰って美味い酒でも飲むのだ!」


 マナが冷静にスペスの心情を把握しようとしていると、とつぜん大声でイグニスが叫んでスペスを呼びかけた。



 その声に反応してスペスは下にいる四人を見下ろし、覚悟を決めたかの様に放心した顔を引き締めて魔王を睨み付けた。


「分かったよみんな! ……俺は今すぐにでもこいつを……魔王を討ってこの世界に平和をもたらす!」

「ほう……つまりお前は“あちらの世界の住民”を……闇の時代に葬りさると言うわけか……」


 魔王はまるでスペスが自分を倒せないとでもいうかのように不敵な笑みを浮かべ、スペスにのみ聞こえる声でそう語った。


「俺には……俺の守るべき仲間達が暮らす場所があるから……!」

「フッ……構わんよ。どちらにせよ、我はもうお前に負けたも同然。あっちを選ぶかこっちを選ぶかはお前次第さ……“勇者様”よ」


 魔王はそれだけ言って十メートルを超える二足歩行の牛の化け物の様な姿へ戻り、ただひたすら勇者に漆黒の炎を吐き続けた。


「セメテサイゴマデ――ワレハアラガワセテモラウマデダ!」

「――はああああああ!!!」


 スペスは光の剣を両手で強く握り、最後の力を振り絞って漆黒の炎を掻き分けながら魔王の元へと距離を詰めた。



「またあの炎か!」

「お……おぞましい黒炎ですね……」

「……だが、どうやらスペスの方が押しているらしい」

「ですね――でもこれならスペス君の方が勝てそうですー!」


 すぐ目の前までスペスが距離を詰めると、魔王は炎を吐くのを止めて斬り落とされていない左腕で自分の頭を庇っているのを四人は目の当たりにする。



「でやああああ!」


 すかさずスペスは庇う左腕を光の剣で斬り落とした。


「グワアアアア!!」

「……これでトドメだあああ! 魔王!!!!」


 それからスペスは両腕を斬り落とした魔王の前方中心へ移動し、そこで更なる魔素を光の剣に込めて、十五メートルを超える巨大な光刃を創りだした。


 そして魔王の頭上からその光刃を振り下して魔王の体を綺麗に真っ二つする様に斬り裂いた。


「グオアアアアアアア!!!」

「これで終わりだな……魔王……」


 スペスが魔王の体を真っ二つにする頃には、神々しく光る鎧の様な物質は瞬時に消え、背中に生えていた翼も粉々に砕け散ってしまう。


「グハハ……オボエテオクガヨイ、ユウシャヨ――キサマガアチラノセカイヲ、ホロビノミチヘトミチビイタノダ――ソノコトデキサマハ、エイエインニクルシムガヨカロウ――」


 魔王はそれだけ言い残すと黒い砂へと化し、城外から吹く風にサラサラと吹き散らされた。


「わかっ……てるさ……」


 すっかりと力を使い切ったスペスは気を失い、そのまま肉床へ向かって真っすぐに墜落してゆく。



 魔王が息絶えたと同時に魔王城内が盛大に揺れ始め、肉壁や肉床のあちこちにヒビが入り始める。


 そんな状況の中で肉床へ墜落したスペスに向かって、サリファは我を忘れて叫んでいた。


「スペスさん! スペスさーん! 起きてください! 起きないと……死んでしまいます!」


 それでも目を覚まさないスペスに耐えかねたサリファは彼の元へと駆け出そうとしたが、イグニスに腕を掴まれて止められてしまう。


「バカ者! もう無理だ、巻き込まれる!」

「離してお父さん! スペスさんが……このままではスペスさんが死んでしまうの!!」

「無茶を言うな! わし達はもう、自分の足でこの城を抜け出すのが精いっぱいなのだ! だから――」

「だから放置しろと言うのですか!? 私……私はそんなこと絶対に許しません!!!」


 その間にも、遠くで気絶するスペスの周囲の肉床がどんどんとヒビ割れていく。


「……すまないサリファ、吾輩達が不甲斐ないばかりに」

「嫌です! 三人だけでも先に行って! 私はスペス君を抱えて運んでいきますから!」

「……無茶を言うな」


 フォルテスの言葉を聞いても、サリファはぶれる事無くスペスの元へ行こうとした。


「……わたしもサリファちゃんと一緒です! 絶対にスペス君は助けます!」

「なんと、マナ様まで――」

「マナちゃん……!」

「さあサリファちゃん、わたし達だけでも――」

「あっ! マナちゃ――」


 もうこれ以上の猶予は無いと判断したイグニスとフォルテスは、二人のうなじに手刀を入れて気絶させ、持っていた武器を捨ててでもイグニスはサリファを右肩に、フォルテスはマナを左肩にそれぞれ担いで城内にある階段に向かって駆け始めた。


「……すまないマナ様」

「わしらにはもうぐだぐだと言っておる時間なんてないのだ……罰なら後でいくらでも受けてやる」


 それでもスペスを放置する事に罪悪感を隠せなかった二人は、駆けながらもスペスの方へ振り向いてしまう。


「すまなんだスペス……本当にすまなんだ!」

「……お前のその勇姿、どの時代まで進もうとも伝え抜いてやるさ」


 イグニスは涙で顔をクシャクシャにしながら、フォルテスは自分に対しての憤る気持ちを必死に押えながら、それぞれ城の出口に向かって駆けていた。



 魔王城から遠い見晴らし台まで逃げ出したイグニスとフォルテスは、担いでいたサリファとマナをそれぞれ優しく地面へ下ろし、徐々に崩れ去っていく魔王城をただじっと眺める。


 するとその途中、マナとサリファも目覚めてその崩れゆく城を男二人と同じく、放心状態になりながらじっと眺めていた。


 そして魔王城が完全に崩れ去る頃には、四人の心の中にスペスと一年間旅を共にした楽しい記憶から悲しい記憶までが走馬灯のように想起される。


「くそ……わしらは結局スペスを見捨てて――!」


 イグニスは悔しそうに地面に全力で拳を打ち付け、いつまでも漢泣きを続けていた。


「私……スペスさんがいなともう……どうやって生きていけばいいのか……!」


 サリファはすっかりと生気を無くして、その場で蹲ってめそめそと泣き続けた。


「うええっ……うぅっうっ……スペスくぅーん……! わたし、わたしはあなたの事を一目見て忘れられなかったから一緒に旅に出たのに……こんな、こんな悲しい思いするのでしたら出るんじゃ……出るんじゃありませんでしたぁーっ……」


 マナは悲しい感情にのみ込まれ、地面に膝を付けてへたり込み嗚咽する。


「……スペス、やはりお前が最強だったよ……力も――その覚悟もな」


 フォルテスは騎士団長という役職から逃げたいと思っていたため、スペスが魔王を討ち取る為には自分の命を犠牲にしてもいいという自分との覚悟の違いに、自ら憤っていた。



 四人全員が思い思いにスペスの事で悲しんでいると突如としてサリファの体が白く輝きだし、蹲っていた彼女が立ちあがる。


「こ、これは!」

「いったい、なんなのですか……?」

「……これは――神の光なのか?」


 その眩しすぎる程の輝きに気付いたイグニスとマナは泣くのを止めて立ちあがり、フォルテスと共にサリファの方へと向き直る。


『……(わたくし)はあなた達の産みの親――フォルティナです』

「ま、まさか!」

「そんな奇蹟が――」

「……あると言うのか」


 その神聖な声を聞くだけで、三人の意識がハッキリとする。


『この長く困難な戦いによくぞ耐えてくれました』

「あ、ありがとうございますフォルティナ様!」


 イグニスはその場にしゃがんで右ひざを前に出してその上に左腕を置き、右手を腰の後ろへ回してから無礼の無い様に頭を下げた。


「……吾輩も感謝しております」


 フォルテスもイグニス同様に姿勢を正し、頭を下げていた。


 そんな中、マナだけは立ったままの姿勢で話を続ける。


「あ、あの――フォルティナ様! スペス君――スペス・ゲントは無事なのでしょうか……」

『――あの子の魔素はこの世界からは感じられません』

「……この世界から――」

「ですと!?」


 思わず驚愕して顔を上げたイグニスとフォルテスは、息を合わせてそう言った。


「――つまり、“別の世界”では生きていると……そう取ってよろしいのですね」

『ええ、ですがこの私にもその世界へ行くことは不可能です――』

「それには理由があるのですか?」

『はい、侵入を塞ぐ異界の門――アストラルゲートが私の行き来を邪魔しているからです』


 アストラルゲートという単語についてマナは考えたが、占星術に関する単語としてしか出てはこなかった。


「アストラルゲート……それを突破する方法はありますか?」


 だから駄目元で、マナはフォルティナに尋ねるしかできなかった。


『残念ですが――それを突破する(すべ)は現在のところ、この世界では存在しません』

「そうですか……」


 大方予想していた事ではあったが、予想通りに存在しないと言われてマナはひどく落ち込んでしまう。


『ですが――近い将来にはアストラルゲートを突破する方法を見つけられるかもしれません』

「そ、それは本当ですか?」


 その言葉を聞いて、マナに満面の笑顔が咲いた。


 話を聞いていた男二人も、物悲しそうにしていた顔を綻ばせる。


『ええ――ですがそれも、あなたの頑張り次第でしょう』

「わ、わたし精いっぱい……頑張ります!」

『頑張りなさい――私はいつまでも――あなた達の事を見守って――いますよ』

「……ありがとうございました!」


 マナは最後に勢いよく、頭をフォルティナにペコリと下げる。

 その姿を見て、フォルティナはニッコリと微笑んだ。


『この世界の未来を――護って――ください――』

「――はい!」

「仰せのままに!」

「……仰せのままに」


 それだけ伝えると、サリファの体からフォルティナの気配が消え去った。


「危ない!」


 そのまま力なく前のめりに倒れてしまいそうになったサリファの体を、イグニスは力強く受け止めた。


「ほっ……なんという奇蹟を起こすのだ、我が娘は」

「もしかしたらサリファちゃんは聖人という域を越えて――純粋な神に近い存在なのかもしれませんね」

「……そうだな」


 三人は、幸せそうに眠りに付くサリファの顔を見てホッと一息吐いた。


「さてと――」

「……吾輩らもそれぞれの居場所に――」

「帰るとしましょうかねーっ!」




 これからおよそ三百年後の未来――本当の物語が幕を開けることになる。

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