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upside down

作者: 燈雨

 私は今日も独り、他人と関わらず生きている。

世界のすべてに逆らって。

そんな私の事を、見てる人なんて誰もいない。

今までも、これからも。

私はただ、自分の享楽だけを追い求めて、ひたすら遊びまわる。

私は都会の汚れた空気も騒音も何一つ感じない。

この狭苦しい世界で、誰の目も気にすることなく、ただ孤独を謳歌する。

それだけで私は満足。

仲間とか、社会とか、そんなものに捕われてる人は大変だよね。

本当にそれが嫌なら、私の孤独を邪魔しないのなら、一緒にこの世界を放浪する?

…別にわざわざ私なんかに言われなくてもそれが出来たらとっくにやってるか。

みんなが気にしている事は、私にはちょっと理解出来ない。今まで孤独しか経験して来なかった私が、友情だの世間体だの言われて理解出来ると本気で思う?

別にわかりたいとも思わないけどね。

私は今日も遊びまわる。

すべてに逆らうという時を。


(……ねぇ…)


この素晴らしい孤独を。


(……れ…?…)


この歪んだ世界を。


(…君は誰?)


君と共に。

…君?


(…誰?)


ありえない。

そう思ったけど私はにやりと笑った。


(…何処にいるの?)


新しい思い付きが考えただけでも楽しくて。


(…笑ってるの?)


ダメだ笑いがとまらない。


(…楽しそうだね。)


こんなに笑ったのはいつぶりだろう。


(…いいなぁ。)


「君は楽しくないの?」


私は君に語りかける。


(…え?…うん。)


「楽しくなりたい?」


(……………うん。)


「じゃあ私と交換しよう。」


(…交換?……何を?)


「私と君を…。」


そう言って私は口元を歪めて笑った。







………ここは…どこ?

かろうじて赤と黒だと見わけられるようなチェックの世界。

暗く、人の気配が全くない。

世間から隔離された、孤独だけが充満する場所…。

そんなイメージが合いそうな、陰気な眺め。

ここにいたら、誰もいないこの空間に押し潰されてしまいそうだ。

そして永遠に忘れさられる。

…いや、違う。

僕はもう十分忘れさられている。

そうなりたいとずっと願ってきたのだから。

(…どお?孤独は楽しい?)


さっきまで僕と不思議な方法で会話をしていた少女が、やっぱり同じように僕の心の中から話しかけてくる。


「ここはどこ?」


さっきの疑問をそのまま彼女にぶつける。


(私の世界だよ。)


…さっきから彼女の言っている事は意味が全くわからない。この場所は彼女の土地だとでもいうのだろうか。


「君は何処にいるの?」


この質問は2回目だ。


(君がいた世界だよ。)


「どういう意味?」


(君の仲間や、家族や世間があるところだよ)


「………僕にはそんなものないよ。」


(そうかな?少なくとも私よりはあるんじゃない?)


「何でそんなことわかるの?」


僕は少し声を荒げた。

だけど彼女は少しも臆した様子はなく、話を続ける。


(君が今いる場所にずっといるからだよ。)


「こんなところで暮らしているの?」


僕は驚いた。


(そうだよ。)


「他に誰かいるの?」


(ううん。私が覚えてる限りずっと独りだよ。)


「…そっか。」


(…君の世界に戻りたい?)


「戻りたく…ない。でも…。」


(でも?)


「こんなところにいたくもないな。」


(そんなに孤独は嫌い?)


「独りでいるのは嫌いじゃないよ…でも…」


(いざ本物の孤独を目の前にすると怖い?)

少し嘲るような口調で彼女はいう。


「怖くなんかないさ。」



僕は強がって答える。


(じゃあこのままでいいよね。)


「このまま?」


(私と君を交換したまま…)


彼女の声が遠ざかるのを感じた僕は思わず叫んだ。


「え?ちょっと待って!」


しかしもう彼女からはなんの反応も無かった。


「置いていかないで…」


僕は絶望し、その場に崩れ落ちた。







あの不思議な少女の声が途切れてから、どのくらいたったのだろう…。

3日、1週間、3ヶ月、1年…。

もしかしたら、3分程しかたっていないのかもしれない。

どれにしろ、もう時間など何の意味もなさなくなった。

僕はゆっくりと自分が壊れていくような気がした。どんどん頭と心が空っぽになり、瞳にはもはや何も写っていない。ずっと何も口にしていないが、孤独で空虚なこの場所は、空腹感さえも吸い取ってしまうようだ。


(…おい)


声が聞こえる…。


(…おい!)


僕はついに幻聴が聞こえるほど狂ったのだろうか。


(…聞こえているのか?)


もはやそれはそれでどうでもいい。


(………やはり、限界が近いようだ。)


それにしても何を言っているのだろう。


(…とりあえず話を聞くだけでいいから聞いてくれ。)


やっぱり僕に話しているのか。


(彼女は記憶を失い、この場所…いや、孤独そのものを愛し、求めてきた。)


孤独を愛する?


(…彼女はこの場所で、世の中の孤独を少しずつ吸い取っていたんだ。)


彼女とはあの子の事だろうか?


(何を思ってやったのかはわからないが、彼女も交換した事にそろそろ飽きてきている。)


何が言いたい?


(本当はこの場所に来た者を、もとの世界に帰す事などありえないのだが…彼女が向こうで何をしでかすかわからない今、そんなことも言ってられない。)


何をしでかすかわからない?


(…もしかしたら、孤独を取り戻すため、殺戮を始めるかもしれない。そうなったら最悪の事態だ。)


殺…戮…。


頭が働いていない今の僕には、その言葉をすぐには理解できなかった。



(だから君には、もう一度彼女と入れ替わってもらうよ…。)


「…あ…んた……は…だ……れ…なん…だ?」


長く声を発していなかったせいか、上手くしゃべれないまま僕は尋ねた。


(………では、よろしくな…。)


僕の質問に答えないまま、そいつの声は聞こえなくなった。


「…また………ひとり、か…。」


今聞いた事を深く考える気にもなれず、僕は目を閉じた。







「…つまらない。」


目の前で恐怖で動けなくなっている男を見ながら、私は呟く。


「やっぱり孤独が一番…か…。」


残念そうに呟いた私の手には一丁の拳銃。

警察とか言うやつから奪ったこの玩具ですら、ただの暇つぶしにすらならない。

「ねぇ、本当の孤独を感じた事ある?」


拳銃を手の中で弄びながら、男に話し掛ける。


「た、たた、たすけ、て、くれ」


はぁ…。

ダメだ。こいつはさっきからそれしか言わない。


「やっぱり………孤独を作る、か。」


あぁ、めんどくさい。

なんでここにはこんなにたくさん人間がいるんだ。

私はあとどれだけこのつまらないゲームを続ければいいのか…。


「………あの場所に戻りたいな…。」


私は少しいらついた声で呟く。

あの少年とはなぜか全く連絡がとれなくなっていた。


「乗っ取り…楽しいと思ったのに…。」


こんなにも「普通の世界」がつまらないものだとは思わなかった。

今となっては、入れ代わる事を楽しそうだと思った過去の自分が信じられない。


「upside down…」


もう幾度となく呟いたそれを、もう一度呟く。

少年と入れ替わる時にふと心に浮かんだ言葉…。

普通に意味を考えれば、さかさまに…か。

私はそんなことを漠然と考えながら、ぼんやりと虚空を見つめていた。


その時、不意に何かがものすごい勢いで私に迫って来た。

それからは全てが一瞬だった。

気付くと私は左胸に銃弾をうけ、その場に倒れていた。

そういえばさっき銃声を聞いた気がする。

でも何より私を驚かせたたのは、私の中から聞こえた凄まじい叫び声だった。


(ぎゃぁぁぁぁああああああ!!!)


煩い。

私は恐怖も痛みも感じなかった。

そのかわり耳を塞いでも全く防げない、この体の持ち主の叫び声が体中を駆け巡る。


「煩い!煩い煩い煩い煩い煩い煩い!!!」


そして、私の叫び声と少年の叫び声の区別がつかなくなった頃、私は意識を失った。







少女に体を乗っ取られた少年が息絶えた後、銃を撃った男がその死体を見下ろしていた。


「これで彼女はまた記憶をなくし、孤独な世界に戻った。」


男は屈み込んで死体の顔を覗く。


「少年の魂もこの世界に戻り、死体は埋葬されるだろう…。」

男は血で死体の横に何か書き始める。


「もうこんな面倒な問題は起こさないで頂きたいね…。」


最後の一文字を書き終わり、男はすっと立ち上がる。


「…普通の世界と相容れない君には、この言葉がよく似合う。」


そしてゆっくりとその文字を読み、男は去って行った。



『upside down』





END...

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